数学推理もの

デブリン&ローデン『数学で犯罪を解決する』ダイヤモンド社を読了した。山形浩生訳である。

数学で犯罪を解決する

数学で犯罪を解決する

これは、アメリカのテレビドラマ『NUMB3RS:天才数学者の事件ファイル』から生まれた本だ。このドラマは、数学者が、数学を使って事件を解決する、というもので、人気シリーズとなっているようである。そしてこの本は、 CIAやFBIなどが、実際に数学を捜査に使っていることを明らかにし、その実例を挙げている本なのである。
かなり読みにくい部分や、解説がまどろっこしい部分もあるのだが、全体としてはとても面白かった。おおざっぱにいうと、統計的な推定を犯罪捜査に活かしている、その方法論を網羅している、という感じだと思う。読了して、テレビドラマの『NUMB3RS:天才数学者の事件ファイル』のほうも見てみたくなった。今度DVDを借りてこようと思う。
ものすごく面白かったのは、「サイトプロファイラー」というソフトウエアの話である。これは、テロのリスクを解析するソフトで、世界中の米軍基地に導入されたものとのことである。何が面白かったか、というと、このソフトのテスト段階で、ソフトは「国防総省がテロの標的になる」というリスクを予測していたのだが、関係者はこれを「ソフトが予測に失敗している例外」と見なしてしまったとのことである。しかし、9・11では、現実にペンタゴンが標的にされていた。つまり、ソフトは正しい予測をしていたのに、それを受けとった人間が、機械のミスだという判断ミスを犯してしまった、ということなのだ。なるほど、どんなすばらしいツールを導入しても、それを扱う人間のおつむの精度を超えて機械が機能を発揮できるわけではない、という教訓になる、といってもいいだろう。これは、ベイズ推定をネットワーク的に利用する「ベイズネットワーク」というテクノロジーを利用したものである。(ベイズ推定については、拙著『確率的発想法』NHKブックス『使える!確率的思考』ちくま新書で知識を得てくださいまし。誇大広告に聞こえるだろうが、邦書でベイズ推定についてこれほど易しく書いた本は他にない、と断言できる。嘘だと思ったら何でもいいから他書と読み比べてごらんなさい。と、やや押し売り気味) 。
他にも、連続殺人鬼の犯罪現場のプロットから、統計学を使って、殺人鬼の居住場所をプロファイリングする数式とか、ロドニー・キング事件で起きたロス暴動での暴行事件の犯人を、不鮮明な画像の中の犯人の入れ墨を解析してそれをかなり鮮明な画像に修復して犯人を割り出した方法など、本当に興味深いエピソードに満ちている。
 実は、ぼくは、「犯罪を数学そのもので解決する」というフィックションにとても興味があり、自分でも書いたことがあった。
それは、東京出版の『中学への算数』という中学受験をする小学生(とその親)が読む雑誌に連載した一連の推理小説だ。例えば、次のような物語を書いた。円周角の定理を使って、占領された町をレジスタンスが解放する話。「オイラーの一筆書き定理」によって、犯人の犯行の現場を特定する話。「縮小写像定理」を使って犯人の居場所を割り出す話。はたまた「デザルグの定理」を利用して不可能犯罪を実行する話などなど。自分では、とても画期的な小説だと思っているし、とても気に入っているのだけれど、書籍化のチャンスが来ていないので残念である。書籍化されたのは、そのあとに連載したパラドックス事件簿シリーズ」というもので、博士と少年少女が、パラドックスを背景に起きる奇妙なできごとを解決していく、という物語である。3冊あって、例えば以下のものだ。
算数でホラー (パラドックス事件簿)

算数でホラー (パラドックス事件簿)

この作品も気に入ってはいるのだけど、やっぱり気合いを入れて物語を考えたのは、数学推理もののほうだから、なんとか書籍化できないかな、と期待している。どうせできないなら、このブログで公開しちゃうかな、などとも。
 ところで、ぼくはこの東京出版というところの雑誌で20年ほど記事を書かせていただいている。『大学への数学』『高校への数学』『中学への算数』三誌のどれにも連載を持ったことがある。これらの雑誌は、おおげさかもしれないけど、日本の数学文化を下支えしているものだと思う。どれだけ多くの少年少女が、これらの雑誌で、数学にトキメキ、数学と友だちになったことか。その影響力は計り知れない。その東京出版の社長であり、創始者である黒木正憲さんが、先週ご逝去された。享年86歳の天寿全うであった。昨日の告別式にぼくも出席してきた。ぼくは、東京出版から、『高校への数学 解法のスーパーテクニック』というのと『高校への数学 数学ワンダーランド』という二冊の中学生向けの参考書を刊行している。どちらもロングセラーになっている本だけど、両方の扉に黒木さんがすばらしい紹介文を書いてくださっている。その文章を読むだけで、黒木さんが、いかに数学を愛し、数学教育のことを深く考えておられるかがわかる。そういう意味で黒木さんは恩人に当たる人だけに、残念であった。フィールズ賞数学者の森重文さんから弔電が届いていることからも、黒木さんの日本数学界への功績がわかるというものだ。ご冥福を祈る。
解法のスーパーテクニック―高校への数学

解法のスーパーテクニック―高校への数学