ムペンバ効果と経済

 さっき、楽しみに待っていた雑誌RikaTanが届いた。以下のものだ。

RikaTan (理科の探検) 2008年 10月号 [雑誌]

RikaTan (理科の探検) 2008年 10月号 [雑誌]

今月号には、田崎晴明さんと田崎真理子さんが「ムペンバ効果」について解説記事を書いていると、田崎さんのHPの9月25日にところに書いてあるので、取り寄せた次第だ。
ムペンバ効果効果」とは、「お湯と水を冷蔵庫に入れると、お湯のほうが先に凍る」という現象で、古くから知られてはいたらしいが、高校生のムペンバ君が再発見して広まったそうな。これを最近、テレビ番組が取り上げて、有名物理学者がそれに噛みついたので、話題になったのだ。確かに、素人でも、そんなバカな、と直感的に思うだろう。それに対して、田崎晴明大先生が、こういう現象があっても自然なことだ、ということを小学生にもわかるような易しい解説をしてくださっている。読んでいて楽しかった。久しぶりに、物理にわくわくしたな
ムペンバ効果」に対する強力な反論とは、次のようなものである。「例えば、60°Cのお湯と20°Cの水の凍るスピードを比べてみよう。60°Cのお湯は、さめていくと、いずれ20°Cになる。そっから先は、20°Cの水が凍るのと同じだ。したがって、最初に20°Cになるのにかかる時間の分だけ、お湯のほうが凍るのは遅い」。
うん、しごくもっともだ。これに気がついた人は、してやったりと得意満面になるだろう。ところがどっこい、必ずしもこの論法は正しくはない、ということを田崎さんが記事で書いている。営業妨害になるので、これ以上はかかないから、是非雑誌を読んで欲しい。ただ一言付け加えるなら、お湯とか水とかっていうものは、何かの単体ではなく熱学的な巨大なシステムだ、ということを忘れてはならない、ということである。
 そう、単体とシステムとは異なるロジックで動く。
感動したついでに、ムペンバ効果を、経済というシステムに応用する阿呆な喩え話を考えてみた。例えば、次のような感じだろうか。「大きなバブルから経済が不況に落ちるスピードは、小さいバブルから不況に落ちるスピードよりも速い」。うん、これはみんなが今実感していることだろう。え?こっちはアタリマエじゃん、ってか。そうかそうか。でも、ある意味、ぼくの単純なオツムでは、理屈はムペンバ効果と同じものに思えなくもないのだ。経済が巨大な熱学に似たシステムだ、ということである。
熱学と経済のアナロジー? またまた、小島がばかなことを言ってる、と思っている読者も多いだろう。でも、経済を熱学的に扱おうとしている研究もぼちぼち進みつつある。ちょっと前にある院生から教えてもらったもので、熱学におけるエントロピー理論を経済学に応用した(経済物理には属さない)ステキな論文があるのだ。経済に新しい均衡を定義し、より現実的な資産分布(指数分布的なもの)を導いた論文だ。それは、ダンカン・フォーリーという人の論文で、Statistical Equilibrium、という均衡概念らしい。ダウンロードしただけでまだ読んでないから、偉そうなことはいえないが、ぼくもいつかモノにしたいと思ってた方向性なので、なみなみならぬ興味がある。
ダンカン・フォーリーは、非常に多岐にわたる仕事をしている人で、ビールを公平に分ける方法 - hiroyukikojimaの日記で紹介した「無羨望条件」を最初に導入した人らしい。それから、稲葉さんが、2008-10-04で紹介してるけど、数理マルクス経済学の先鋭的な論文を書いている人でもある。ほんとに多芸多才だ。
 田崎さんたちの記事の中で、とっても気に入ったフレーズを最後に引用しよう。

リカ 
「ややこしい」なんて、非科学的ですよお。科学だったら、きちんと原因とか法則とかをはっきりさせるべきなんじゃないんですか?
博士 
それは科学についての誤解じゃぞ、日常的な現象のほとんどは、様々な要因が複雑に影響しあって生じておる。それをシンプルに一言で説明してしまうのはかえってインチキじゃ。

うーん、すばらしい。経済については、ネットで竹を割ったような議論をしてらっしゃる諸センセイが多くて、そういう人はみんな声が大きい。(ネットで声が大きいとは??)。他方ぼくは、今回の金融危機も含めて、ほとんどの経済現象の原因も先行きもわからず、まったく路頭に迷っている。どのようなロジックをつむいでも、すぐに自分に都合の悪い反論をみつけてしまうのだ。確信を持てるような結論にたどりつけることは滅多にない。やはり自分は(そういう諸センセイがたに比して)頭がイマイチなんだなあ、と悲観することもあるが、この博士のことばは勇気百倍であった。田崎博士、ありがとう!関係ないが、田崎博士の奥様は、記事に描かれている挿絵のようなかたなのだろうか。ちょっと萌えた。