ケインズ芸人と呼ばないで

 ケインズ関係で稼いじゃってる。まことにすいまメ〜ン。
 ある時期から、一貫してケインズ『一般理論』の批判者でいたつもりなのだが、いつのまにかケインズ擁護者、ケインズ一味になってしまってた。『容疑者ケインズ』プレジデント社が刊行された時期が、リーマンショック直前だった、というあまりのタイムリーが、この事態を招いてしまったのだろう。数学者の黒川信重先生が、先日の対談の折、「リーマン破綻! の大きな見出しが新聞の一面を飾ったときは驚いた」とかいう冗談をいったのが、可笑しくてたまらない。リーマン予想のことじゃないってば。リーマン予想が反証されたって、新聞の一面は飾らないってば。
 とりあえず、『容疑者ケインズ』プレジデント社のキャンペーン連載、2回目(http://president.jp.reuters.com/article/2009/03/08/DA4244E0-03E9-11DE-8AA7-DBBE3E99CD51.php)と3回目(http://president.jp.reuters.com/article/2009/03/15/99737DF8-085D-11DE-9E9D-6C273F99CD51.php)出ております。この連載は、4回目までは書き下ろしなので、『容疑者ケインズ』プレジデント社を既読のかたにもお楽しみいただけるぜよ。タダだし。そのあと、しばらく本からの抜粋が紹介されて、最後の数回がまた書き下ろしとなるので、乞うご期待。
それから、R25の昨日ぐらいから出てる号にインタビューが載ってる。http://r25.jp/b/honshi/a/ranking_review_details/id/1112009031904。これもタダなので、ご高覧あれ。あと、もうすぐ出る「プレジデント」誌にもけっこう大きなインタビュー記事がでる予定。
 いやあ、ミクロ経済学にしか業績のない経済学者がこんなでしゃばっていいのか、という一抹の申し訳なさもあるが、売文家として振る舞うことにしよう。申し訳なさついでにいうと、先週、自民党政調会の経済物価調査会に講師としてヒアリングに招かれた。最初はどうしようか迷った。なぜなら、ぼくは極度の政治アレルギーだからだ。政治は苦手だ。政治的な行動をする人も苦手。ネットで政治的プロパガンダをする人は、最高に苦手、という具合である。そんな重い政治アレルギーのぼくが、政党に行って意見を述べるなどもっての他。みるみる発疹が出たらどうしよう、などと右往左往した。しかし、主催者は、拙著『容疑者ケインズを熟読してくださり、それで呼んでくれたのだ。経済学を生業としていて、自分の知見を政策立案者たちを通して微少量なりにも社会に活かせるチャンスなのだ。だから逃げるべきではない、と我が身に鞭打ってお引き受けすることにした。主催者には、元金融大臣もいらっしゃることだし。と、ところがなんと、これが未遂に終わってしまった。事務方の時間伝達ミスによって、ぼくが到着したときはすでに散会となってしまったのだ。ほっとしたやら、拍子抜けやら。当日聴きにいらした方でこのブログを読んでらっしゃる方がおられましたら、(いないと思うけど) 、事情はそういうことだったのです!結局、またチャンスがあれば、ということになったが、たぶんチャンスはこないだろう。少し、ほっとしている。
 そのヒアリングでは、ケインズの理論と小野さんの理論を比較しながら、「需要の縮小」型不況に共通項として何がいえるか、それを論じようと思っていた。完全均衡(需要と供給がつりあった均衡)での経済についての理論は、精緻を極めてきていると思うが、それに比べて不完全均衡(=需要の縮小)の経済については、あまり分析が進んでいない現状だと思う。だから、言えることはあまり多くない。言えるとすれば、「どんなメカニズムで不均衡が起きているにしても、これは妥当するだろう」という程度のことだ。ぼくは、他のエコノミストさんたちのように、「こういう理由で不況になっている」とか「この政策は効くが、その政策は効かない」とか「日銀は保身的で無能だ」とかいうカッコイイことがいえない。なぜなら、「何からこの需要の縮小が起きているかというメカニズム」に確信が持てないからだ。それはぼくの能力のせいではない。さきほども書いたように、不完全均衡については、経済学はまだ完成からほど遠いところにあるのだ。
さて、そのヒアリングでは、レジュメだけは配布されたようなので、そのレジュメをせっかくだからここに公開して、少しは皆さんの役にも立てていただこうと思う。
もちろん、単なるレジュメなので、読みにくいから、ここで読むのを止めるのが華であろう。

[1] 今回の世界同時経済危機の原因
 経済パフォーマンスの低下の原因は、おおまかに言って「供給側」「需要側」の2通りがあるが、今回の危機の原因は、明らかに「需要側」である。

[2] 不況の原因に関する学説
 需要側による不況の研究はあまり進んでおらず、一般性・現実性の高い理論は以下の2つしかない。
ケインズの不況理論(『雇用、利子および貨幣の一般理論』)→以下[ケ]と略記
小野善康・阪大教授のデフレ不況理論→以下[デ]と略記

[3] 需要不足不況理論としての対比
     物価   ポイント      不況の原因         数理モデル
[ケ]   固定的  投資不足  貨幣(流動性)への固着による利子高    不完全
[デ]   デフレ  消費不足  貨幣(流動性)への固着によるデフレ    完全
今回(および平成不況)はデフレを伴っているので、[デ]がより説得的だと思われる

[4]  バブルから不況への遷移メカニズム
[ケ] 好況→資産市場への素人の参入+投機家の投機的行動→バブル→投資の有利さの消滅の発覚→バブルの崩壊→貨幣(流動性)への執着→失業増→将来への不安→貨幣(流動性)へのより強い執着→金利高→投資不足→消費不足→慢性不況(あるいは恐慌)
[デ] 好況→証券の過剰流動性→過剰消費→バブル→高い証券価格への疑念・不安→バブル崩壊→証券の流動性の消滅→流動性欲求の貨幣への集中→過小消費→失業増→デフレ→資産価値の相対的増加→増加価値がすべて貨幣(流動性)保有に吸引→慢性不況(あるいは恐慌)

[5] 財政政策の効果
普遍的に言って、財政政策はもちろん「雇用対策」としては有効である。また、需要不足から不況が来ているのだから「需要の追加」としての意義はある。減税、所得移転、財政政策はどれも「国民間の購買力の移転」を意味しているから、「モノ」が生み出される財政政策が最も社会的効率性を持っている。財源(増税国債増発、財源用途変更)は問題ではない。環境破壊的事業などの社会的非効率性を伴わない限りにおいて「副作用」は考えにくい。
[ケ]  減税、所得移転、財政政策のうち、財政政策が最も有効。GDPの増加があるので「景気対策」となる。どんな「モノ」を作るかに依存しない。「乗数効果」と呼ばれる(→論理的な誤謬が指摘されており、実証的にも否定的な結果が多い)。財政政策では民間消費は変化しない(景気対策ということと矛盾している)。3つの政策はすべて、「富者から貧者への移転」であるなら効果的。効果は施行時のみに限定される。
[デ]  減税、所得移転、財政政策のうち、財政政策のみが有効。雇用増加によるインフレ(デフレ緩和)圧力で消費が刺激されることによる。政府消費が追加されるだけでなく民間消費も増加する。消費水準の上積みは限定的なので緩和程度の効果。景気対策と考えず、失業者や遊休設備を使って将来に残す社会インフラの低コストでの建造という捉え方をすべき。3つの政策はすべて、「富者から貧者への移転」であるならばデフレ緩和圧力による消費刺激として効果的。

[6] 金融緩和政策の効果
[ケ] 低金利誘導は投資の刺激に有効。貨幣供給量の増加は利子率を下げ、投資の刺激によって有効需要を押し上げる。しかし、「流動性の罠」にはまりこむと金融政策は効かなくなる。
[デ] 低金利誘導は、銀行の不良債券の解消という意味で有効。貨幣供給量の増加は、一時的である限り無効。恒常的な貨幣量拡張は、デフレを緩和して消費を刺激するが、完全雇用水準を回復するためには大きなインフレ(スタグフレーション)を伴う。このような乱暴な貨幣拡張は、貨幣の信頼を損ない流動性の毀損・逃避をもたらす副作用がある。貨幣拡張を止めたとたんもとのデフレに戻ってしまう。

[7] 銀行の救済の効果
[デ] 預金通貨は、流動性の一種であるから、銀行不安は流動性の減少を追い打ちし不況を深刻化させる。流動性の維持という意味で、あくまで銀行選択的な範囲内でなら有効。

[8] 賃金の切り下げ(経営の合理化)の効果
[ケ] 賃金の切り下げ促進は、消費を減退させデフレスパイラルを招き、不況を深刻化させる。
[デ] 賃金切り下げ促進は、デフレの速度を速め、貨幣保有をより有利にすることで消費をより萎縮させ、不況を深刻化させる。

[主な参考文献] 
小島寛之『容疑者ケインズ』プレジデント社
小野善康『景気と経済政策』岩波新書

容疑者ケインズ (ピンポイント選書)

容疑者ケインズ (ピンポイント選書)

景気と経済政策 (岩波新書)

景気と経済政策 (岩波新書)