楽しい問題集

 いやあ、めちゃめちゃ忙しくて、ずっとブログを更新できなかった。
やはり、4ヶ月で4冊の本を刊行する、という計画が無茶だった。ゲラがとっかえひっかえやってくる。ターミネーターみたいに、やっつけてもやっつけてもまだまだやってくる。各ゲラを2、3回ずつ回すので、合計するとすごい回数になる。合間をぬってブログを書けないわけではないのだが、このブログは担当の編集者も読んでいるので、「そんな暇があったら、ゲラを早くやれ」とか「原稿書け」とか「電話に出ろ」とか言われてしまいそうで気兼ねしてしまう。実名で、仕事でないブログを書くディメリットを実感した次第。
そんなわけでこれからしばらくは、販促をかねて、ブログを書くことにしよう。それならいいよね、編集諸氏。
まず、8月10日頃に、ちくまプリマー新書から『キュートな数学名作問題集』というのが刊行になる。次に、8月25日頃に角川ソフィア文庫から、『無限を読みとく数学入門〜世界と「私」をつなぐ数の物語』を刊行する。そして、最後は10月にちくま新書から経済学の本(タイトル未定) をたぶん刊行する。これに既刊のリーマン予想は解決するのか?』(黒川信重さんとの共著)を加えて4冊である。
ちくまプリマー新書『キュートな数学名作問題集』は、ぼくとしては久々の「問題集」の刊行である。ぼくの最初の本は、東京出版の雑誌『高校への数学』での中学生向けの連載をまとめた『高校への数学 解法のスーパーテクニック』という問題集であった。これは、1989年に刊行された本で現在19刷のロングセラーだ。非常に難しい問題ばかりなので、こんなに売れ続けるとは思っていなかったが、意外にもある層が一定数買い続けてくれるカルト的な本になった。

解法のスーパーテクニック―高校への数学

解法のスーパーテクニック―高校への数学

実際、編集者の中にこの問題集で勉強した、という若い人がいるので感慨深い。その人は、東大にすごい人数合格する私立校の出身なのだが、「先生の問題集は、学校でちょっとしたブームになった」と言っていた。でも彼は、「問題は解かず、余談のところばかりを読んでいた」そうだ。当時から、「編集者気質」だったと思うと笑ってしまう。確かにこの問題集は、各項目の枕と最後に、与太話が書いてある。今読むと若気の至りの感じがないでもないのだが、それがめぐりめぐって、ぼくと編集者をつないでくれたりするのでバカにならない、と思う。例えば、以下のような感じである。

数学者や物理学者はいつも不変な式あるいは法則を追い求めています。それは、うつろいやすくはかないこの世の中で、決して変わらないものを発見したいという強い要求からくるのでしょう。絵画や彫刻、小説や詩も同じでしょう。時を止めて、変わらぬ何かを残したいという欲求ーーそれは、必ずいつか死んでいく人間のはかない神への抵抗なのかもしれません。

こんな歯の浮くようなことをよくもまー問題集の中に書いたと思う。『高校への数学』には今も連載を続けており、今年で22年になる。22年分の中学3年生に向かって、上記のような熱くてクサい台詞を語り続けているのである。でも、時々、多感な中学生からファンレターが来るから嬉しい。数学小説を連載したときは、ある女子は、感動を伝えるために、自作の詩を送ってくれた。とても瑞々しいすばらしい詩だった。また、神戸震災のときは、神戸に住む男子から、「今もご遺体を運ぶヘリコプターの音が聞こえてきます」という暗い手紙が来て、心配になったぼくは、一生懸命に励ましの手紙を書いたものだった。
もうすぐ発売になるちくまプリマー新書『キュートな数学名作問題集』は、今までの『高校への数学』での連載や、塾に勤務していた頃に院生たちと議論しながら作った問題を30問収録してある。基本的に、「解きたくなる問題」「解いていて楽しい問題」「解答を読んだあとに感動が残る問題」のようなものを集めた。もちろん、熱くてクサいメッセージもいっぱい入れてある。内容については、刊行された頃に紹介しようと思う。
ぼくは、中高生の頃は数学の問題集を解くのが嫌いだった。数学の問題集には詰まらなくて、無味乾燥な問題ばかりだったからだ。唯一好きだったのは、雑誌『数学セミナー』の「エレガントな解答求む」という応募問題だった。これはキュートな問題が多かった。ぼくは、中高生の頃、3回ほど名前を載せたことがあり、これは今でも自慢である。後に、このコーナーの出題者になったときは、とても嬉しかった。『キュートな数学名作問題集』にも、「エレガントな解答求む」の古い問題を2題ほど入れてある。
社会人になってから、大きな影響力を受ける問題集と出会った。それは、ニューマン『数学問題ゼミナール』という本。

数学問題ゼミナール

数学問題ゼミナール

著者はフィラデルフィアテンプル大学の教員で、パットナムという試験(アメリカの大学生の数学コンテスト)の出題者。とにかく非常にユニークな問題ばかりが収録されている。現在版切れなのが残念である。例えば、「ビールを2人で公平に分けるにはどうすればいいか」(ビールを公平に分ける方法 - hiroyukikojimaの日記に書いた)もこの問題集からとったネタである。それから、母関数に関する問題は、秀逸なものがたくさん載っている。中でも傑作だと思ったのは、

次のようなサイコロを考案せよ。その形は立方体で各面に正の整数があり、2個を同時に投げたときの目の和の出方が普通のサイコロと全く同様である[和が2になるのは1通り、和が3になるのは2通り、など]が、しかし普通のサイコロではない

答えはあえて書かないが、こういうサイコロはありうるのである。試行錯誤で求めてもいいが、賢い人なら、6次多項式因数分解することで解を得ることができる。
 数学などの学問ができるようになるには、やはり問題を解くことが必要だけど、無味乾燥で殺風景な問題集を解くのでは、やる気がわいてこない。それでがんばれるのは、よっぽど我慢強い、ある意味、Mな人だけだろう。笑い。そんなわけで、今回の『キュートな数学名作問題集』では、できるだけ魅力的で、楽しい中学数学の問題を紹介するようにした。大人も子供も、シルバー世代も若者世代も、女子も男子も、猫も杓子も夏休みの暇つぶしのお伴にどうぞ、という感じである。