数学はいかにして世界を変えるか

今日は、ぼくが関わる8月の刊行物を紹介しておこうと思う。それは、雑誌『現代思想』9月号拙新著『天才ガロアの発想力』技術評論社の二つなのだ。どちらも月末には店頭に並ぶ。実は、この二つには、絶妙な関係性があるので、クロスオーバーしながらお話してみたいと思う。
 まず、現代思想』9月号(青土社)。著者校正も終了したし、編集者の許可も得たので、書いてしまおう。特集名は、(変わる可能性もあるだろうけど今のところ) 、「現代数学の思考法〜数学はいかにして世界を変えるか」。この特集には、ぼくは企画の段階から協力させていただき、記事も2つ参加している。一つは、リード文の「代数学の抽象化・物質現象認識の抽象化」という短い論考で、もう一つは、物理学者二人との鼎談。鼎談の相手は、な、なんと、学習院大学田崎晴明さんと、東大物性研究所の加藤岳生さん!!。
遂に、田崎さんと初めてお会いしてしまいました。このブログにも何度も登場しているし、よく読んでくださっている人は、ぼくと田崎さんが「ネットの知り合い」「メル友」の関係であることはご存じだと思うが、やっと、出会い系、してしまいましたよ。しかも、仕事での初対面ですからね。もちろん、この鼎談はぼくが提案したもので、加藤さんは親友だから引き受けてくれるだろうと思ってたけど、田崎さんにはダメもとで依頼してみたら、ものすごくお忙しい中、快くお引き受けくださった。引き受けてもらっていうのも何だけど、無理だと思ってたんでびっくりした。田崎さんは、思っていた以上にとてつもなく頭が良い人で、おまけに自然言語的能力にも長けていて、そして予想外に細やかな気遣いをして下さる人だった。
タイトルはまだ未定だけど、「数学的思考と物理学的思考のあいだ」という感じになると思う。要するに、「物理学にとって数学とはいったい何であるか」というテーマなわけ。加藤さんには、塾の時代からずっと、このテーマな感じのことを議論してもらってきたけど、今回は、数理物理学者でもある田崎さんの懐を借りて、このテーマにアプローチできたことは本望だった。やはり、物理学にとっての数学のあり方は、純粋数学とはかなり違うことがわかった。同じ理論物理学者でも、実験寄りの加藤さんと数学寄りの田崎さんでは、びみょーに考え方・感じ方に違いがあることも明らかになり、エクサイティングな議論だったと思う。しかも、前々から抱いていた統計力学についてのいろいろな疑問を、二人のほんちゃんの専門家に質問としてぶつけて、真剣に答えていただいたのは冥利に尽きた。ここで体得した直感は、自分の経済学の研究に激しく活かせる予感がする。とりわけ、田崎さんは、ぼくの(ある意味で、しょーもない、と切り捨てられそうな)質問を、好意的に解釈し直して、高尚な問題に巧妙にすり替えて応えてくださったので、すごく奥の深い鼎談になったと思う。内容については、刊行される頃にまた、ということにしとくけど、いやあ、スリリングで、面白くて、役に立つ鼎談になったと思うぞ〜。
 さて、もう一本の論考、「代数学の抽象化・物質現象認識の抽象化」は、数学が19世紀、20世紀とどんどん抽象化されていった、その「抽象化」とはどんなことをいうのか、それを導入的に解説したもの。とりわけ、ガロア理論を題材にしてこのことを解説している。なぜガロア理論を選んだのか、といえば、この半年ずっと拙新著『天才ガロアの発想力』技術評論社を書くために、ガロア理論と格闘・死闘を繰り広げてきたから、それで頭がいっぱいになっていることが大きい。ただ、もう一つ理由をいうと、この本のプロットにたどりついたのは、やはり『現代思想』が深い関わりを持っていたことも同じくらいに大きいのだ。それは、2008年11月号の特集「<数>の思考」で友人の数学者・伴克馬さんが書いた論考「ガロア理論の世界観」が重要なヒントになった、ということ。実は、この特集の企画の段階でぼくは伴さんの名前を挙げたのだけど、それは、飲み会で伴さんから教示してもらった「ガロアの定理」の理解の仕方が、あまりに衝撃的で、その内容を世に知らしめたかったからなのだ。飲み会でぼくは、酔っぱらって、草場公邦『ガロワと方程式』朝倉書店がいかにすごい本だったかをまくしたてた。(それは、ガロアの定理をわかりたいならば - hiroyukikojimaの日記参照) 。すると伴さんは、「ガロアの定理のポイントは、方程式の解が代数的には見わけがつかないということにつきるのですよ。それは、虚数単位√(−1)が(xの2乗+1=0)の2つの解のどちらの解のことであるかがどうしたって原理的に決定できない、つまり、この方程式の解には太郎、花子と名前をつけて区別できない、ことと同じなんです」とさりげなく教示してくれた。これは、あまりの衝撃で、この一言でぼくはガロア理論の理解の最後の一撃を得たような気分になった。それで『現代思想』の特集に推薦したのだった。今回のぼくの新著のプロットは、まさに、この伴さんの一言に端を発しているのである。プロットは、「対称性とは''動かしてもわからない''ということである。数学的対象物に、この''動かしてもわからない''という性質があると、そこから群が抽出できる。その群の性質を調べることで、対象物に潜む対称性が浮き彫りになる」ということ、それがまさにガロア理論の思想だ、というのが今回の本のウリなのだ。
 さて、新著『天才ガロアの発想力』技術評論社の見本が手もとに届いた。

天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)

天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)

感無量である。なぜなら、現代数学っぽい本格的な数学啓蒙書を書いたのは初めてだからだ。微積線形代数の教科書は書いた。でもこれは、純粋数学っぽいものではなく、完全に応用数学な立場だった。それから、『数学オリンピックにみる現代数学』という本には、整数論とか集合論とかの解説も書いた。でもこれは、せいぜい数学オリンピックの問題レベルのものだった。でも今回は、まさに純粋数学で、本格的にガロア理論なのだ。しかも横組みだ(笑い)。このところ、どの編集者も「縦組みでお願いしますよ」の一点張りで抵抗できなかっただけに、久々の横組みが許されたのは嬉しい。とは言っても、数式ばりばりな本では全くない。どのページもおおよそ日本語で埋められているから、怖れなくても大丈夫。内容のことは、刊行される頃にまた詳しく紹介するので、今回は大きな目次建てだけさらしておくことにするね。

『天才ガロアの発想力〜対称性と群が明かす方程式の秘密』
第1章 方程式の歴史をめぐる冒険
第2章 2次方程式ガロア理論をざっくり理解
第3章 「動き」の代数学〜群とは何か
第4章 群は対称性の表現だ〜部分群とハッセ図
第5章 空想の数の理想郷〜複素数
第6章 3次方程式が解けるからくり
第7章 5次以上の方程式が解けないからくり
第8章 ガロア群論のその後の発展