古風な経済学の講義から脱出するために

 YUIの武道館ライブの夢うつつから、まだ醒めない小島でござんす。あれは月曜日のことだったが、そのあと、自分が講義で何をしゃべったかの記憶がなく、(講義の半分くらいの時間を使って、YUIがどんなに好きかを力説していた記憶と学生の冷ややかな視線の感触はぼんやりとある)。ようやく意識を取り戻したのは、(美人) 編集者とサシで飲んだ金曜日のことだった。美人への二日酔いから醒めるには、迎え酒ならぬ、迎え美人、とこれに限る。その(美人)編集者に教えてもらったCREAヤングさんのブログがめっちゃおもしろいので、リンクをはっておく→http://ameblo.jp/creblo/theme-10006742211.html。(ちなみに彼女自身はCREAの出版社とは無関係)。
 YUIに夢うつつと言いつつも、朦朧とした状態ながら、いつのまにか、テイラー・スィフトの武道館ライブのチケットを入手している自分が怖い。この浮気性は一生治癒しない病だろう。今回のスィフトちゃんのアルバム「Speak Now」は、前作に比べてやや地味になって、カントリー色が戻ってきたが、これまた傑作だ。とりわけ、Enchantedを聴くと胸の震えが収まらなくなる。
 まあ、そんなことはどうでもよくて、今回紹介したいのは、イケメン経済学者、経済学会の貴公子・坂井豊貴さんの新著『マーケットデザイン入門』ミネルヴァ書房

マーケットデザイン入門―オークションとマッチングの経済学

マーケットデザイン入門―オークションとマッチングの経済学

 まだ第1章「単一財オークション」しか読んでいないが、これはもう絶対傑作の本であると今の段階で断言する。間違ってて、駄作だった場合は、坂井さんにお代の返却を請求ください。(調子に乗りすぎか) 。
 この第1章は、「第2価格オークション」のことを解説してる。これは、「最も高い値を入札した人が、二番目に高かった入札額を支払って購入する」というオークション方式。このオークション方法を使うと「自分にとってのその商品の価値を正直にそのまま入札する」のが均衡となる。ちなみに、つり上げ式オークション(イングリッシュオークション)では、最後まで手を挙げていた人は、その前に手を下げた人(二番目に高い値をつけている人)のいい値よりわずかだけ高い価格で落札することになるので、第2価格オークションの仕組みで近似でき、このことは坂井さんの本にも詳しく書いてある。それだけじゃなく、ある特定の条件を満たすオークション方式はこの第2価格オークションしかない、というスンゴイ定理の証明までわかりやすく書いてあって感動だ。具体的数値例からまずイメージを作り、インセンティブの側から証明を書く、という、経済理論の説明のお手本のような惚れ惚れする書き方だ。
 坂井さんの解説の手腕のみごとさったらない。さすがすぎる。坂井さんの学会発表を聴くと、どんな理論でもちょちょいのちょいのように思え、こんな簡単なら自分にも論文が大量生産できちゃうじゃんなどと意気揚々となって帰宅するものの、帰ってその論文を読んでみると、ぜんぜんわからなくて毎回めっちゃ煩悶するはめになるから怖い。坂井さんは、自己啓発とかスピリッチャルの方面に行ったら、一財成した人じゃいかと確信している次第。
 なんで出たばかりのこの本をこんなに慌てて読んでいるか、というと、それはぼくが大学の講義で試みていることに深い関係があるからだ。ぼくは、ここ数年、大学ではミクロ経済学マクロ経済学の入門編と初級編を講義してきたんだけど、思うところあって、新しい題材を模索中である。その「思うところ」というのは、「消費者の行動を無差別曲線から説明する方法論は、もう古すぎるんちゃう?」ということだ。
 無差別曲線というのは、2財の消費量の組み合わせで同等の効用を与える点を結び曲線にしたもの。これと予算制約線が接する点が、選択される消費点だと解釈する。まあ、これはこれでいいモデルではあるんだけど、すべての経済学部生が履修しなきゃならないほど大事だろうか。
 もちろん、卒業後、経済学の大学院に行って経済学者になるような学生がわんさかいる大学なら、これを教える意義はないではないかもしれない。しかし、うちの大学のように、ほとんどの学生が卒業後、実業界に行くようなところで、こんなこと教えても、刺身のツマにもならんと思うのだよ。
 だいたいからして、このようなモデルは100年以上前に考え出されたもので、経済学が黎明期の産物だ。正直、ぼくは学者になってから、このモデルを利用したことはないし、直接的に役に立ったという実感もない。もちろん、ロワの定理とかスルツキーの代替なんかは、偏微分の応用としてはめっちゃみごとなんだけど、現実の経済を理解したり、分析したりするとき、少なくともぼく自身には、何かの鋭い洞察力をもたらしてくれることは皆無だった。
 じゃ、これをやめて、どうやってミクロ経済学を教えるのか。それを、ここ数年、模索中なのである。ぼくが試みているのは、もっと新しいツールを使って、もっと直接的に市場経済の仕組みを描写することだ。新しいツールというと、古いモデルより難しいと思われるかもしれないが、それは理論全体をとればそうだけど、ツール自体はそうとは限らない。中身は複雑でも、入れ物そのものはシンプルということはありうる。そんなシンプルな入れ物だけを利用して経済学を講義することはできないか、それを試行錯誤しているのだ。
 例えば、1年生向けの「入門ミクロ経済学」では、無差別曲線のことは全く講義しない。代わりに、「選好」の記号を使って、人々の好みを表現し「交換経済」を描写する。もちろん、選好理論全体を講義すると、東大生だって多くの人は落ちこぼれることになるけど、選好の記号を利用するだけなら誰だってついてこれる。そして、そのあと、物々交換の困難性を説明する。(専門的には、欲望の二重の一致の欠如、というやつ)。で、それを解消するのが、「貨幣」と「市場」だともってく。そのあとは、それこそあれだ、市場システムの最も簡単なものとしての「オークション」の解説に突入する。選好を使って、「内面的価値」を定義して、オークションにそれがどんな風に表出するかを具体的数値例で説明する。オークションは、イングリッシュオークション(つり上げ式)とダッチオークション(つり下げ式)と両方を例示する。学生たちの多くは、ヤフーオークションに参加したかしようと思っているかするので、実感をともなって話を聴けるみたいだ。(YUIのチケットのことをぼくが騒いだりするので、それも効果的。笑い)。そして、このシステムを使えば、「余剰」の概念を提示するのも、そこから均衡の効率性を与えるのも難しくはない。どうせ、需要と供給を教えるなら、古くさい消費者の理論と企業の理論から遠回りのしかも実感の伴わない方法ではなく、わりあい新しい理論である、ゲーム理論、マーケットデザイン理論、契約理論などに使われるツールを使って記述したほうが、学生にとってはリアリティが増すように思うのである。(もちろん、それらの固有の理論に立ち入ると、誰もついてこれないから踏みとどまらなきゃならないけどね)。
 以上が前期の内容。で、後期は何を講義してるか、というと、これがまたマニアックに「協力ゲーム」をツールとして使う。前期が、「個人の合理的な経済行動」だとすれば、後期は「集団の合理的な経済行動」だということだ。そして、どちらでも、「需要と供給の一致で取引が行われる」ことを終着駅としている。つまり、二つの別の山道ルートを使って、同じ山頂に登る、っつうわけ。
 このような試みをしてきたので、今回の坂井さんの本はとても役に立ちそうに思う。せっかく、前世紀後半ぐらいから、経済学はより柔軟でよりリアルなツールを開発してきたのだから、経済学の教育も、今や、新しい段階に入らなければならないじゃないか、と思うのだ。願わくば、坂井さんも、素人もがんばれば読めるけど結局は専門的な本書、のような本だけではなく、経済学部の新入生が読んで「経済って面白い」と思える教科書の執筆なんかやってくれると嬉しく思う。ちなみに、ぼくの試みは、来年か再来年には、新書にまとめる計画が進行中。