日経書評のこと、横国での公開講座のこと

今日の日経新聞の書評欄の「この一冊」に、ぼくの書いた書評が掲載されている。ハーバート・ギンタス『ゲーム理論による社会科学の統合』NTT出版への書評だ。相当がんばって書いたので、日経をとっている方は是非お読みいただきたい。また、とってない方も、キヨスクなどでご購入の上、お目通しいただけると幸いである。書評では、本の内容の紹介に集中したので、ここではそれと棲み分ける形で、書評には書けなかった情報や、ぼく自身のパーソナルな感想文を書いてみたいと思う。

ゲーム理論による社会科学の統合 (叢書 制度を考える)

ゲーム理論による社会科学の統合 (叢書 制度を考える)

この本の書評を書くことができたのは、とても感慨深い。なぜなら、ギンタスについては、サミュエル・ボールズとの若い頃の共著アメリカ資本主義と学校教育』岩波書店を、訳者である宇沢先生にいただいて精読した経験があったからだ。この本は、市民大学で宇沢先生に教わっている頃に先生が訳出したものだが、当時一緒に市民大学に通っていたつれあいには、「あなたが今、ギンタスの本の書評を書くことになるとは感慨深いよね」と言われた。全くである。アメリカ資本主義と学校教育』岩波書店は、ぼくを経済学に誘った本の一つである。この本は「学校教育は、不平等を改善するどころか、むしろ階級の固着化に貢献している」と批判するもので、ぼくも彼らの主張を何度も自著に引用したことがある(たとえば拙著『使える!経済学の考え方』ちくま新書など)。この主張でわかるように、ギンタスは、非常に左翼的な思想を持つ人で、ラジカル・エコノミクスと呼ばれる派閥に分類される。ぼく自身は、そういうアメリカの共産主義思想の人だとしか理解していなかったのだが、今回、ギンタスが数学出身だと知り、しかもこの本で、ゲーム理論を数学理論として研究していることを知り、非常に驚いた。宇沢先生に教わっていたのは、もう20年以上も前のことだから、20年たって、ギンタスの真の姿に接したことになる。
 もう一つ奇遇だな、と思うのは、ぼくも最近、ゲーム理論の(共著の)本を刊行したばかりだからだ。(わざとらしくかこつけて、自著の紹介。笑い)。それは、松原望小島寛之『戦略とゲームの理論』東京図書という本。(内容について、詳しいことは、もうすぐ、新著『戦略とゲームの理論』が出ます! - hiroyukikojimaの日記参照のこと)。
戦略とゲームの理論

戦略とゲームの理論

もちろん、この自著がギンタスの本に比肩しうるなどと傲慢なことはいわないが、少なくとも同じ問題意識を共有していることに嬉しくなった。それは、現在のゲーム理論の姿に不満がある、という点だ。ゲーム理論の発生の背後には、明らかに「人が他人の思考について、どう推理し、どう自分の行動を選ぶか」という問題意識があったと思うのだが、均衡理論として精緻化するうちに、その初心を忘れてしまったように思えて、残念なのである。あたかも、均衡を数学的整合性をもって定義できるなら、現実の人間行動と食い違ったってかまわない、と思い込んでるようにさえ思える。ギンタスの本からも、そういう方向性に対する不満がひしひしと感じられる。ぼくと松原先生の本は、ギンタスのように新しい構想を披露できているわけではないが、同じ山頂を仰ぎ見ている気だけはする。(気のせい、といわれるかもしれないが)。
 ギンタスの本からは、彼の数学者オーマンに対する敬意がひしひしと感じられる。ギンタスの本で、非常に多くのページがさかれ、しかも未来に大きな可能性を秘める理論として検討されているのが、「共有知識」及びそれと逆向き推論との関係、それから「相関均衡」なんだけど、これらはみなオーマンの論文を発祥の地としている。実は、恥ずかしながら、共有知識と逆向き推論とナッシュ均衡に関するオーマンの論文は、もっているけどまじめに読んでなかったものの一つなので、精読しなきゃな、と心新たにした。また、相関均衡について、ぼくはこれまでギンタスのような解釈をしてなかったので、確かにそういう視点でみるなら、これはスゴイおもしろいものだな、と思えるようになった。
 とにかく、ギンタスの本を読み通すのは大変だった。へとへとである。なんせ、400ページもあるし、しかも、数学的にもきちんと記述されているので、数式を完ムシするわけにもいかず、ある程度理解しながら読み進めたので、読破するのに2週間以上かかってしまった。まあ、しかし、それは無駄どころか、むしろ有益でさえあった。なぜなら、ぼくの専門の中心部といっていいテーマの本だったからだ。研究にも活かせる書評の仕事がくることはめったにない。今回は役得といえる仕事だった。担当記者さん、ありがとう。
 で、最後に、ぼくの参加する横浜国立大学公開講座のお知らせ。詳しいことは、もう少ししてから書くので、今回は公示だけにしておく。

【講座A01】社会と数学−役に立つ数学 
      
根上生也横浜国立大学大学院環境情報研究院 教授)
今野紀雄(横浜国立大学大学院工学研究院 教授)
桜井 進(東京工業大学 世界文明センターフェロー)
小林正人横浜国立大学大学院国際社会科学研究科 教授)
宇井貴志(横浜国立大学経済学部 教授)
小島寛之帝京大学経済学部 教授)
   
2011年10月7日(金)〜2011年11月18日(金)
開催日:10月7日(金),14日(金),21日(金),11月4日(金),11日(金),18日(金)

詳しくは、【公開講座】社会と数学-役に立つ数学 - 公開講座のご案内 - 生涯学習 - 産学・社会連携 - 横浜国立大学に飛んで、それを読んでくださいませ。無料だし、(ぼくを除けば)オールスター超豪華キャストだよ。これを逃す手はない。