新著『数学入門』が出ました!

今日あたり、新著『数学入門』ちくま新書が書店に並んだだろうし、アマゾンにも入荷されたようなので、そろそろ宣伝しようと思っていたら・・・

数学入門 (ちくま新書)

数学入門 (ちくま新書)

な、な、なんと! 小飼弾さんが、すでにレビューをアップしてくださっていた。まこと、ありがたいことである。
404 Blog Not Found:残り物には勝因がある - 新旧対決 - 数学入門/いかにして問題をとくかだ。まず、小飼さんの一番強烈なカウンターパンチを引用しよう。

それでも、旧書との「勝負」は、負けと判定せざるをえない。

それなりの年齢の数学通なら、すぐにわかると思うが、タイトル『数学入門』は、遠山啓先生の名著『数学入門』岩波新書にあやかったものである。あえていえば、「挑戦した」ものといってもいい。その「挑戦」に対して、小飼さんからは、「負け」の判定をいただいた、ということなのである。もちろん、小飼さんは、がんばった仕事に関しては、それなりのエールを贈ってくださるかただから、(芳沢さんの本といっしょに)次のような褒め言葉もいただいた。

「数学入門」も「いかにして問題をとくか 実践活用編」も、書名自体「旧書」と同じことからもわかるとおり、旧書を読んで育まれた著者たちが、旧書に対する最大限の尊敬を込めて著した「挑戦書」である。小島にせよ芳沢にせよ、現代日本の一般向け数学書の書き手としては第一人者で、本blogでも両者の手による本は事実上の常連である。それだけに私の期待も高く、両者ともその期待に見事にこたえてくれた。原著の著者たちもこれなら納得してくれるという出来だ。

実際、これだけで過分なお褒めであり、充分だ。また、敗者が多くを語ってはいけないのが、世の厳しい掟である。だから、ここでは小飼さんの判定は、あまんじて受け入れようと思う。世の中には、「意味のない勝利」というのもあるし、「未来を拓く敗北」だってあるさ。小飼さんのいわんとしていることは、すごくわかるし、それは本の読み手と書き手との真っ向勝負であるから、こちらにはこちらの戦略もあるのだ。それについては、多くを語るより、小飼さん以外の読者の判定に委ねるのが本筋だと思う。
でも、一つだけ言いたいことがある。本来なら、新著の内容紹介をするべきなんだろうけど、それはあとまわしにして、小飼さんのレビューへの感想の一点だけをさきまわしにしようと思う。
それは、小飼さんのこの感想だけは、事前に予想していた、ということ。

このスピード感で走ってるのにゴールに「オイラーの贈物」がないというのは寸止め感が強すぎる。これじゃめぞん一刻が14巻で打ち切りになっちゃったようなものですよ。

ぼくが、『めぞん一刻』は、最初の方しか好きでないことはさておき、小飼さんが(仮に、ぼくの新著を書評してくれたと仮定した場合には)、「オイラーの公式」を解説しないことに不満を表明するだろうことは想定内であった。実際、先週、ちくまの編集者の増田さんと打ち上げをしたのだけれど、そのとき、小飼さんに献本していただいたことを確認したうえ、「小飼さんは、きっと、複素数オイラーの公式を無視したことが気に入らないと思うよ」という予想を述べて、それを酒の肴に、しこたま酔っ払ったものだった。
ぼくが、今回、自分の『数学入門』ちくま新書で、複素数オイラーの公式を排除したのは、確信犯的な所業なのである。(実際、あとがきにそう書いた)。小飼さんを代表として、「オイラーの公式」、すなわち、ネピア定数eの指数を虚数単位×円周率(iπ)としたものの値が(−1)になる(e^(iπ)=-1)、という公式の熱狂的なファンが多いことはよく知っている。ぼくも、青年の頃はその例外ではなかった。でも、今のぼくは、ぜんぜんそうではない。オイラーの公式は、「複素数の積が、回転+拡大である」ことを形式的に表現したものにすぎない、と感じている。つまり、形式的表現の勝利なのであって、数学的に深淵な概念を表現したものではない、そう決めつけているである。(違うかもしれんけどね)。逆にいうなら、数学的にもっとステキな概念はたくさんある、ということだ。実際、複素数は、特定の行列代数(回転+拡大)と同一視できる。オイラーの公式は、あれば(微分方程式の解法などで)便利だが、なくたっていい。なので、ぼくは、自著では、オイラーの公式に進むのをきっぱり捨てて、複素数を「実係数の多項式の集合をイデアルで割った同値類」とみる現代的見方の解説にチャレンジすることにしたのである。これは、仕方なくではなく、確信犯としてやったことなのだ。
この「オイラーの公式」に関する「アンチ」は、たぶん、数学者・新井紀子さんと共有しているように感じる。彼女は、著作『生き抜くための数学入門』イースト・プレスに、「オイラーの公式」について、こう書いている。

もうひとつの考えかたとしては、人間の考えというものはとっぴで独創性にとんでいるように見えるものでも、どこかでつながっていて循環せざるをえない、という考え方です。

ぼくは、これを読んだとき、(本当は彼女のいいたいこととはズレているかもしれないけれど)、胸のすく思いだった。彼女のいう「循環」が、仮にぼくの思っていることと同じであるとするなら、それは、「オイラーの公式」が単なる様式美(形式美)にすぎないもので、そんなに深淵なものではない、という感触を共有しているように思ったからなのだ。(新井さんのこの著作についてのぼくのレビューは女子系数学書の誕生〜「式で書けること」と「計算できること」は違う - hiroyukikojimaの日記)。まあ、そこはそれ、数学感性の違いとして、とにかく、小飼さんのレビューにはとても感謝している。本当にありがとうございました!(まいどあり〜)。
 さて、前置きが長くなったが、新著『数学入門』ちくま新書の紹介だ。
この本は、数学を、「ああ、わかるわかる、そんな感じね〜」とごまかすのではなく、「本当にがんばって独習したい」と思っている人に向けて書いた、一つのアプローチである。章立てとそのアイテムは以下。

第1章 ピタゴラスの定理からはじまる冒険ピタゴラスの定理三角関数、図形と方程式、ベクトルと内積
第2章 関数からはじまる冒険:文字式、比例関数、1次関数、双1次関数、行列
第3章 無限小世界の冒険:局所比例関数、局所近似、微分係数導関数極値、無限小解析
第4章 連立方程式をめぐる冒険連立方程式、クラメールの公式、行列式、平行6面体の体積、高次元のクラメールの公式
第5章 面積をめぐる冒険:変化の総和、中消し算、放物線の求積、リーマン和、微積分学の基本定理、無限級数
第6章 集合をめぐる冒険:集合、集合の記号表現、確率、同値類、数を作る、複素数、実数、自然数位相空間連続写像

今回は、すでに長くなってしまったので、あとは「まえがき」の一部を引用するに留めよう。

『数学入門』ちくま新書、まえがき
新しい組み立て、新しい切り口、そして、スピード感ある数学への入門 
本書は、中学から大学初年級までの数学を再構成した本である。それこそ、正負の数の計算や文字式の意味みたいな初歩的なことがらからスタートして、関数の微分積分を経由し、最後には、集合や位相空間などの現代数学の入り口まで到達する、という大変欲張りな内容になっている。
 本書を今、本屋さんで手に取っているあなたは、今までに、「よくわかる」、と銘打たれた数学の解説書を読んできたに違いない。そういう本は、だいたい二種類に分類できると思う。一つは、教科書では省略されている計算をちくいち懇切丁寧に解説しているもの。もう一つは、図版やイラストやマンガを使って視覚的な解説を試みているもの。もちろん、そういう工夫は、ないよりあったほうがいいに決まっている。でも、ここであなたにお尋ねしたいのは、
そういう「お手軽本」で、本当に数学がわかるようになりましたか?
ということだ。そして、この本であなたに提案したいのは、
そういう「わかった気にさせる本」で自分をごまかすのはもうやめて、そろそろ本格的な数学入門を果たしませんか?

ということなのだ。
 確かに、中学や高校で数学がダメになる人が多い。それはその人の責任ではない。問題は、教科書の構成の仕方にある。教科書では、具体的な意味が不明のまま定義を覚えさせる。その上で、一つの単元を教わるとたっぷり練習、そして、次の単元を教わって、またたっぷり練習、そういうふうに積み上げられて行く。これは、「教育」が持つ裏の目的、つまり、「向いている人とそうでない人を選り分ける」ためには適切だろう。でもそれは、ごく少数の幸運な人を除く大部分の人に、苦痛と挫折感と嫌悪感を植え付けてしまう。そういう不幸を被った人の癒やしのためには、「わかった気にさせる本」はいいかもしれない。「ああ、教科書でやっていたのは、こういうことだったのか」、という免罪符を与えられるからだ。でも、それでは、数学そのものを身近にすることにならないだろう。そして、未来への活力にもならない。数学を身近にし、未来への活力にするには、数学をもう少しだけ本格的に理解しなければならない。そのためには、一度、きちんと数学と向き合う必要があるのだ。それも、教科書とは異なる方法で。
 本書は、そういう、本格的に数学と向き合いたい人のために書いた。ポイントは次の三つ。
* 細かい不要なアイテムはバサバサ切って、学んだアイテムを忘れないうちに次のアイテムへ、というふうにビュンビュン進んでいけるようにした。だから、数学全体の関連性がよく見える。
* 各アイテムについて、教科書とは異なる組み立てと見方を提供した。だから、全く新鮮な気持ちで数学に向き合うことができる。
* 中学・高校の数学も、ずっとずっと遠方では現代数学の脈動とつながっている、ということを提示した。だから、数学の生命感が味わえ、最新の科学への登山口に立つことができる。

他の追加的な情報は、また次回、ということで。

生き抜くための数学入門 (よりみちパン!セ)

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