お勧めの数理論理の本を2冊+新刊の予告

 下の方に、付記を書きました(11月24日) 
 来月に刊行される新書を書くためと、ゲーム理論の研究のためとで、ずっと数理論理の勉強をしてきた。このブログでも、何冊かの数理論理の本を紹介してきた(例えば、ゲーデル本食い歩き - hiroyukikojimaの日記など)。そんな中、最近読んだものの中に、お勧めの本が2冊見つかったので、今回はそれを紹介しようと思う。
一冊目は、鹿島亮『数理論理学』朝倉書店だ。

数理論理学 (現代基礎数学)

数理論理学 (現代基礎数学)

この本は、序文に「千葉大学の古森雄一先生とディスカッションして書いた」というようなことが書いてあったので、信頼できる本だろうという予想の下で購入することとしたのだ。(古森先生については、ロックバンドZFC48を構想する! - hiroyukikojimaの日記を参照のこと)。
いやあ、全部読んだわけではないが、読んだ部分においては、この本が最も良い数理論理学の入門書に違いない、と感じた。その理由は以下のようなものである。箇条書きにしよう。
1.ゲンツェンの自然演繹をベースに解説している。
数理論理の体系には、大きくいって、次の3種類がある。すなわち、ヒルベルトの体系HK、ゲンツェンのシークエント計算LK、ゲンツェンの自然演繹である。証明能力はみな同じなのだけど、見かけの姿は違っている。ヒルベルトの体系HKは、推論規則(演繹のための導出図)は少ないが、その代わりに公理が多い。他方、シークエント計算LKは、公理は1つだが、推論規則がたくさんある。自然演繹は、公理はなく、すべてが推論規則。これらそれぞれは、数理論理について(メタ的に)何を証明したいかによって、その効率が違う。
この3つの中で、最も我々が日常的に行う推論(とりわけ、学校数学での証明に使う推論)に近いのはどれかと言えば、それは自然演繹なのである。だから、「推論とは何か」を初学者が学ぶには、自然演繹が最も適切だと思う。しかし、多くの数理論理の本は、ヒルベルトの体系かシークエント計算を基礎に展開されている。だから、それらを読む者は、「数理論理の定理を理解する」ことに加えて「論理の体系」も新たに理解しなければならないので負担が大きい。対して本書は、自然演繹を基礎に組みたてているので、後者の負担が(少ししか)なくて済むのがありがたい。
そればかりではない。自然演繹というのは、「かつ」「または」「でない」「ならば」「〜が存在する」「すべての〜について〜」という論理記号の使い方をそれぞれ個別に規定するものである。だから、自然演繹の規則を理解することで、普段はあまり意識することのない論理記号の真の意味を「使用法から理解する」ことができるので素晴らしい。高校ではこれを教えるべきじゃないか、とさえ思う。
2.完全性定理を、「前提から結論を導く推論」という形式で記述している。
この本では、完全性定理を、「与えられた前提が真となるいかなる構造においても与えられた結論が真、であるなら、それらの前提からその結論を導く推論が自然演繹に含まれる」という形式で与えている。もっとぶっちゃけて言えば、「どの世界でも真から真を導く推論は、自然演繹で作り出すことができる」という風に与えているのである。多くの専門書では、この定理を「トートロジーは証明可能」という風に、トートロジー(恒真命題)に対する定理として記述している。このほうがすっきりしていて、本質的だからなのかもしれないが、ぼくは「前提から結論を導く推論」の形式のほうがありがたいと思う。なぜなら、多くの科学分野の推論はこういう風に展開されており、トートロジーが扱われることはほとんどないからだ。少なくとも、ゲーム理論ではそう。また、普通の数学においても、証明というのは、「仮定から結論を導く」形式になっているから、こっちのほうに馴染みがある。 
3.不完全性定理の証明が、おそらく、類書の中で最もわかりやすい。
不完全性定理は「PA(自然数の形式体系)を含むいかなる無矛盾の公理系においても、φもその否定¬φも証明できないような閉論理式φが存在する」というもの。この定理は、基本的に4つのアイテム、計算可能性とゲーデル数と表現定理と対角化定理、を使って証明するのだけど、これらの準備の下でφの存在を証明する部分が、ぼくが読んだ他のどの本よりも明晰だと思う。他の本は、どれも、ω無矛盾性とか、1無矛盾性とか、ロッサーの定理とかを加えて証明するのだけど、この本ではそういうことはしていない。また、先に挙げた4つのアイテムについて、解説や証明ははしょってるけど、そのはしょりかたが抜群で、雰囲気だけは伝わり本質は損なわないようになっている。
ただ、これらの点については、誰でも同じ印象を持つかどうかは自信はない。ぼくは、これまでに、数冊の本で不完全性定理の証明を読んできたので、完全に理解している自信はないけど、おおまかなイメージはできあがっていた。そういう中で、本書の記述を読んだからストンと腹に落ちたのかもしれない。初めて読んだのがこの本だった場合、本当にわかりやすかったかどうかはナゾである。 
4.自然数とは何か、という問いには、基本的に答えがない(という哲学的な)ことを理解させてくれる。
我々が素朴に知識として持っている標準的な自然数と、真偽という点では全く同じ性質を持ちながら、異なる構造を持っているものが存在する、ということが解説されている。素朴な自然数論と「成り立つ論理式」という意味では区別がつかないが、同型でないモデルが存在する、ということ。 
 
 もう一冊は、冒頭に名前を出した古森雄一先生が小野寛晰さんと共著で書いた『現代数理論理学序説』日本評論社。これは、まだ一部分しか読んでおらず、読んだ部分にも理解できていないことがあるので、紹介できる段階ではないのだが、せっかくだから現段階での紹介をしておこう。
現代数理論理学序説

現代数理論理学序説

この本がスゴイと思えるのは、組み合わせ論理の体系CLwというのを軸の一つとして数理論理を展開していること。少なくとも、ぼくが読んだ数理論理の入門書や教科書には、組み合わせ論理は出てこなかった。
この本では、まず、形式的体系として組み合わせ論理を紹介することから始まる。そうすることの意図を著者は次のように述べている。

私たちは意味内容を考えずに何かを取り扱うことに慣れていません。どうしても、それぞれの記号で表されるものはどのような意味なのだろうか、などと考えてしまいます。形式的体系の性質を、意味内容を考えずに単なる記号列の関係として調べる方法を構文論的(syntactical)な方法といいます。構文論的な方法に慣れるまでは、意味内容がよく分からない体系を扱うほうがよいと考え、組み合わせ論理の体系CLwを最初に扱う形式体系としました。

この著者の考えには諸手を挙げて賛成だ。拙著『数学でつまずくのはなぜか』講談社現代新書にも書いたことだが、中高生が「証明とは何か」「論理とは何か」がよくわからないのは、中学で幾何学を題材にして「証明」を教え、高校で「論理」を意味論(真偽の立場)から教えるからだと常々思ってきた。「正しい・正しくない」という観点にとらわれると、どうしても、論証というのは理解しにくくなる。だから、論証は、意味論からできるだけ分離して、単なる形式、単なる規則の適用として教えるべきだと考えてきた。それで、ぼく自身は、ホフスタッターのMUゲームを使った。知ってみると、本書のCLwのほうが教育的により優れているようにも思える。また、本書では、上記のような意図から、意味論(論理式の真理値)が扱われるのは、けっこう後回しになっている。こういう書き方も大賛成である。普通の数理論理の教科書では、始めのほうで真理値を解説するので、学習者は頭の中で構文論と意味論がごっちゃになってしまって混乱することが多い。それに比べると本書の書き方は模範的だと思う。ぼくの今度の新書でもこのような書き方をした。
さらにこの本では、CLwに出てくるCL項という概念を付け加えて、ヒルベルトの体系HKを説明している。こうすると、ヒルベルトの体系HKにおける推論は、CL項を組み立てていく操作と同一視でき、そこにもある種の法則があることが明確になる。そのうえで、ラムダ計算という方法論が導入される。とりわけラムダに関する「抽象」という操作を導入して行う演繹定理の証明はめちゃくちゃ面白かった。演繹定理とは、「論理式の集合Γと論理式Xから論理式Yが証明できるとき、Γから論理式X→Yが証明できる」というもので、非常に使い勝手がいい。実は、上のほうで解説した自然演繹は、演繹定理がそのまま推論規則として導入されているので、とても健やかな体系となっているのである。
ただ、この本は、親切な部分と不親切な部分が分離してて、後者のところはとても理解しにくい。例えば、CLwとHKが並行して論じられるのだけど、そのはっきりした関係性が(読んだ範囲では)明瞭には語られていないから、モヤモヤした感じが否めない。まあ、もっと先まで読むとわかるのかもしれないけど。
とはいえ、とにかくこの本は、類書のないアプローチであり、大きな知的興奮が得られる。ヒルベルトのHKとゲンツェンのLKと自然演繹の能力が同じであるきちんとした証明が載っている(まだ読んでない)ので、それを理解するには一番の本となるだろう。
何より、ときどき書かれている著者の論理というものに対する理解が、「そういうことだったのか」感を多々与えてくれるのが嬉しい。
 付記(11月24日):このブログ記事を古森先生にお知らせしたら、メールでご回答をいただきました。それによると、
1.3章のラムダ項の型付の体系が自然演繹に対応しているように, HK は CL 項の型付の体系に対応している。
2.CLwの reduction は HK の推論図の簡略化になっているが, それ以上簡略化できない(それを正規な推論図という)推論図から得られる情報はあまりない。一方, 自然演繹の正規な推論図からはいろいろな情報が得られ LJ の cut除去定理も得られる(これは上記の本の49ページにある)。
とのことでした。(古森先生、ありがとうございます!)。上では、説明しそこねているのですが、ゲンツェンの自然演繹には「仮定の解消」という独特の(でも、我々の推論では普通の)操作が入っています。例えば、「Xを仮定してYを導出できたら、仮定Xを解消して(消し去って)、論理式X→Yを導出図の最後に付加していい」など。このような操作は、ラムダ項を使うととてもうまく記述できるわけです。
HKとCLwの関係がモヤモヤしているのは、今の2の理由からのようで、ある意味仕方ないのですね。

 さて、こんなに時間と手間をかけて数理論理を勉強してきた最大の理由は、来月に出る新書『数学的推論が世界を変える〜金融・ゲーム・コンピューター』NHK出版新書を書くためだった。アマゾンにはアップされているようなので、リンクをはろう。

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

これは金融と数理論理とゲーム理論とコンピューターをクロスオーバーさせた本。アイデアから執筆まで数年かかった仕事である。数理論理については、相当部分を鹿島亮『数理論理学』朝倉書店に負っている。うまく、正しく書けたかはわからないが、とにかくできるだけの努力はしたつもり。内容については、刊行がもう少し近づいてからにしよう。
乞うご期待。
 
数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)

数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)