新著の目次+様相論理のお勧め本

 今週の後半から、新著『数学的推論が世界を変える〜金融・ゲーム・コンピューター』NHK出版新書が書店に並ぶはずなので、今日は、先んじて目次を紹介しようと思う。んで、おまけとして、前回(お勧めの数理論理の本を2冊+新刊の予告 - hiroyukikojimaの日記)に引き続いて、数理論理学の本をもう一冊、お勧めする。

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

この本の目次立てと各章のアイテムを簡単に紹介すると、次のようになっている。

『数学的推論が世界を変える〜金融・ゲーム・コンピューター』の目次
   
まえがき −数学的推論で時代を見通す−
  
第1章 数学でマネーを稼ぐ人たち −ギャンブルからアルゴトレーディングまで−
ブラックジャックの必勝法、ヘッジファンドクオンツ、アルゴトレーディング、リスクの制御
  
第2章 数学的推論とは何か −トレーディングを支える原理−
命題論理と述語論理、ヒルベルトと数理論理学、構文論、自然演繹の推論規則
  
第3章 コンピューターにできること・できないこと
コンピューターの計算、チューリングマシン、コンピューター・チェス、コンピューターと人間の違い、ハイデガーの<被投性>、コンピューターと金融市場
  
第4章 「正しい」とはどういうことか −「可能世界」から考える−
自然演繹の推論能力、可能世界、真理値、健全性定理、完全性定理
  
第5章 「知っていること」を知っている −ゲーム理論の推論−
動学ゲーム、逆向き推論、合理性の問題、オーマンの相互推論、ルービンシュタインのマシンゲーム、アルゴトレーディングの均衡
 
第6章 なぜリスクを根絶できないのか −「不完全性定理」から考える−
対角線論法チューリングマシンの計算不可能性、不完全性定理、リスク制御の問題
 
第7章 金融バトルを解きあかす −「新しい推論」は何をもたらすか−
通貨危機ジョージ・ソロスの哲学、共有知識と可能世界、様相論理、クリプキ意味論、グローバルゲーム
  
コラム1 ゲーデル数の作り方
コラム2 対角化定理の証明の概要  
参考文献  
あとがき

見てわかる通り、この本は、投機的な金融取引とゲーム理論とコンピューターというアイテムを、数理論理によって串刺しにしよう、というもくろみの本である。個々を解説した良書はあるけど、すべてを貫いている本はないと思う。これらのアイテムを使って、生々しくうさんくさく、だからこそエキサイティングな現実を解析しながら、副産物として、数理論理での証明可能性や完全性定理と不完全性定理ゲーム理論での逆向き推論と共有知識などを習得してもらおうという盛りだくさんな本なのだ。
 「様相論理」と呼ばれる新しい論理について、数理的な立場から解説した新書はこれまでほとんどないのではないか、と思う。とりわけ、ゲーム理論と様相論理の関係を正面から扱ったものは。
様相論理とは、「Xは必然である」(□X)と「Xは可能である」(◇X)という様相演算子が導入された論理のこと。□Xを「いつもX」と解釈すれば、「時間論理」という様相論理になるし、□Xを「Xを知っている」と解釈すれば、「知識に関する論理」となる。さらには、□Xを「Xは証明可能」と解釈すれば、ゲーデル的な不完全性定理の世界、「証明可能性の論理」となる。
 ぼくはここ10年くらい、ゲーム理論においてオーマンから始まった「共有知識」(プレーヤーAは「プレーヤーBが命題Xを知っている」ことを知っている、というような多層知識のこと)を勉強してきて、どうしてもすっきりとした理解に達することができなかった。それが、つい最近、様相論理のクリプキ意味論を勉強して、突然、共有知識がストンと腹に落ちることとなった。様相論理のような、もっと広く一般的な構造の中に、オーマンの発想を位置づけることで、急に視界が開けることとなったのである。不思議なものだ。「抽象化・一般化」は時として、わかっているはずのこともわからなくする。頭がついていかなくなるからだ。しかし、また時に、「抽象化・一般化」は「具体的なのに飲み込めてないこと」を理解するきっかけにもなる。共有知識については、後者だったのだ。
 そして、その「様相論理」を理解するのに最も役に立った本が、小野寛晰『情報科学における論理』日本評論社だったのだ。小野寛晰さんは、前回(お勧めの数理論理の本を2冊+新刊の予告 - hiroyukikojimaの日記)に紹介した『現代数理論理学序説』日本評論社の著者の一人だ。

情報科学における論理 (情報数学セミナー)

情報科学における論理 (情報数学セミナー)

この本は、数理論理を勉強するのに、実にすばらしい本だと思う。前回紹介した、鹿島亮『数理論理学』朝倉書店よりは、初心者にはすこしとっつきにくいかもしれないが、とてもよく工夫されている本であることは間違いない。鹿島本を読んだあとに挑戦するとよいと思う。
第一に、健全性定理、完全性定理、Cut除去定理という三大定理が、命題論理に関しては、実にすっきりと、短く、わかりやすく証明されている。(ただし、推論は、自然演繹ではなくシークエント計算が使われている。自然演繹とシークエント計算の違いについては、お勧めの数理論理の本を2冊+新刊の予告 - hiroyukikojimaの日記参照のこと)。述語論理に関しても、健全性と完全性が示されている(Cut除去定理の証明は省略されているが)。第二に、古典論理(我々が通常扱っている数理論理)でない、さまざまな論理が紹介されている。例えば、「真(1)」「偽(0)」以外に、その「中間(1/2)」を扱うウカシェヴィチの三値論理とか、述語記号も変数と見なして∀や∃を付与する二階の述語論理など。
しかし、この本の最も大きな利点は、「様相論理とは何であるか」が非常に具体性を持って理解できることである。様相論理については、三浦俊彦『可能世界の哲学』NHKブックスや、数冊の洋書を買って、理解しようと努めたのだけれど、なかなかわかった感覚に到達しなかった。この小野さんの本によって、初めて、溜飲が下がったのである。それは、具体例が実に的確に導入され、また、クリプキ意味論に関する説明がきわめて丁寧になされているからだ。したがって、この本を読まなければ、、新著『数学的推論が世界を変える〜金融・ゲーム・コンピューター』NHK出版新書における、クライマックスの第7章は、決して書かれることはなく、何か違う落としどころになったと思われる。
小野寛晰『情報科学における論理』日本評論社は、読み進むのに、多少の数学的な素養は必要だが、努力した以上の見返りが得られる本であることは疑いない。とりわけ、コンピューターと格闘しながら仕事をしている人には、何らかの未来へのテーマを与えてくれることになるだろう。