新著『数学的推論が世界を変える〜金融・ゲーム・コンピューター』が出ました!

 前回(新著の目次+様相論理のお勧め本 - hiroyukikojimaの日記)に目次を紹介した、ぼくの新著、『数学的推論が世界を変える〜金融・ゲーム・コンピューター』NHK出版新書が、アマゾンにも入荷し、そろそろ書店にも並ぶと思うので、満を持して紹介したいと思う。

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

数学的推論が世界を変える 金融・ゲーム・コンピューター (NHK出版新書)

いやあ、この本の見本刷りが先週、編集者から届いたときは驚いた。だって、帯のキャッチコピーが「数学はカネになる!」なんだもん。
ぼくの本の場合には、タイトルとかサブタイトルは編集者に任せるけど、決定の際にはぼくの意見も一応述べられるようになっている。でも、帯は、基本的に編集者の領分であり、今回のように見本刷りを手にしたときに初めて見る場合が多い。そのたび、「なるほど、そう来たか」と思わされるわけだが、今回のはかなりたまげた。「数学はカネになる」・・・う〜ん、数学関係者に叱られないか心配だ。笑い。
まあ、とはいっても、第1章が「数学でマネーを稼ぐ人たち〜ギャンブルからアルゴトレーディングまで」だし、そういう意味ではこのキャッチコピーはウソではない。実際、この章では、ロトシックスやブラックジャックやルーレットにおいて、運ではなく戦略によって稼いだ人たちのことを書いている。
 この本は、前回(新著の目次+様相論理のお勧め本 - hiroyukikojimaの日記)にも紹介した通り、金融取引の戦略と、ゲーム理論と、コンピューターとをクロスオーバーさせ、それらを数理論理で貫く、というコンセプトの本だ。そういう意味では、(たぶん)類書が存在しないテーマの本ではないかと思う。タイトルの「数学的推論が世界を変える」における「世界を変える」の意味だが、これは良い意味と悪い意味と両方の意味で使っている。数学的推論(数理論理)を理解することは、個々のプレーヤーとしての金融市場参加者には濡れ手に粟の利益をもたらす可能性がある。これが良い意味のほう。一方、そういったロジカルな戦略によるコンピューター取引の絡み合いが金融危機通貨危機のような経済の混乱を頻発させる可能性がある。それが悪い意味のほう。
 それでは、いつものように、序文をさらすことにしよう。

        まえがき−数学的推論で世界を見通す
 この本のサブタイトルは「金融・ゲーム・コンピューター」だが、この3つはいったいどういう関係にあるのだろうか。
 それを即座に理解できるいい事例がある。2010年5月6日に、アメリカのニューヨーク証券取引場で起きた「2時45分のクラッシュ」と呼ばれる現象だ。2時40分からのたったの5分間にダウ平均株価が573ドルも急落したのである。これは、アメリカの全株式資産が5分間で5パーセント消滅したことを意味する。そして、安値を記録した2時47分からの1分半に今度は543ドルも急騰した。ほんの10分弱のできごとのため、「フラッシュ・クラッシュ」と命名された。
 このフラッシュ・クラッシュの原因は、今も不明とされているが、疑われているのはアルゴリズムの衝突」という現象ではないか、ということである。「アルゴリズムの衝突」とは、金融商品を取引するためにコンピューターに組み込まれたアルゴリズム同士が、なんらかの複雑な共鳴的絡み合いを起こし、人間には理解不能な取引を実行する現象のことだ。
 このフラッシュ・クラッシュこそが、金融とゲームとコンピューターの間柄を明確に教えてくれる事例なのだ。第一に金融市場で起きている。第二に、コンピューターによる取引が引き起こしたと考えられている。第三に、コンピューターによる取引は、言ってみれば、ゲームをプレーするように実行されている。
 では、メインタイトルの「数学的推論」とは何だろうか。それは、まさに、金融・ゲーム・コンピューターの3つを貫くことのできるツールのことである。
 ここでいう「数学的推論」とは、いわゆる数理論理のことだ。高校数学で教わる、例の、「かつ」「または」「でない」「ならば」などで組み立てられた記号論理、である。その数学的推論が、金融・ゲーム・コンピューターをいったいどうまとめ上げるというのか。
 まず、現代の金融取引は非常に高度化しており、多くの取引がコンピューターによって自動化されていることに注目しよう。このようなコンピューターによる取引はアルゴトレーディングと呼ばれる。組み込まれたアルゴリズム通りに取引が実行されるからである。本論の中でじっくり解説するが、アルゴリズムとは、実は、つまるところ数学的推論と同一のものなのだ。
 次に、このようなアルゴトレーディングにおいては、コンピューターは、ゲームのプレーヤーのようにふるまい、純粋に戦略的な行動をとるので、金融取引が単なるゲームと化する。したがって、アルゴトレーディングのメカニズムを分析するには、ゲーム理論という数学分野が直接役に立つ。一方、ゲーム理論では、プレーヤーたちが他のプレーヤーの行動に関して「論理的な推論」を下して戦略をたてると想定して分析を行う。まさに数学的推論の活躍する場である。
 このように、数学的推論は、金融・ゲーム・コンピューターを一本で貫くことでのできる鋭利な剣なのである。
 それでは、本書を読むことで何が得られるのだろうか。
 最もあざとく言うなら、「数学を使って金融市場で儲ける」方法論が理解できるかもしれない、ということだ。ただし、それには経済、数学、コンピューターについての総合的な専門知識が要求されることになるから、本書だけでは足りないだろう。
 そういう「ラクして儲ける」必勝法の伝授は本書では不足だとしても、少なくとも、現代の金融社会を読みとく視座をえられることだけは保証しよう。頻発する通貨危機や、リーマン・ショックのような金融危機のメカニズムには、リスクの問題やゲーム理論的様相が背後に潜んでいる。このような新しい種類の混乱と危機を、人類は今後も繰り返し経験することになるだろう。それを理解し見通すのに、本書は十分に役にたつ。
 また副産物として、数理論理学の成果をおおざっぱに理解することもできる。本書では、「論理とは何か」という基本からスタートして、20世紀数学の偉業の一つとされるゲーデルの「完全性定理」と「不完全性定理」という高度な数学までその急所のところを解説している。
 章の構成は次のようである。
第1章で、「数学を使ってギャンブル市場で儲ける方法」をまとめたうえで、現代のアルゴトレーディングのありかたについて解説した。
第二章、第四章、第六章で数理論理学の本質的な部分を解説している。「論理による推論」について、第二章では形式的な立場から、第四章では意味論的な立場からまとめた。そして、第六章で不完全性定理の証明の概要とその意義を与えている。
また、奇数章では具体的な事象に即した解説を試みた。第三章では、コンピューターと論理との関係、そしてコンピューターの限界について概説した。第五章では、ゲーム理論を具体例で説明したうえで、ゲームにおける推論の問題を論じた。最後の第七章では、金融・ゲーム・コンピューターをすべてクロスオーバーさせた分析を試みた。通貨危機を解明するグローバルゲームを例として取り上げ、その根本に横たわる論理が「様相論理」と呼ばれる新しい論理学であることを指摘したうえで、21世紀の金融社会の本性に迫った。
最後に、本書のウリを大胆に端的に述べるなら、「金融とゲームとコンピューターの本質を会得し、この21世紀というエキサイティングな時代を見通すための足場が築ける本」、そういうことになるだろう。

内容が気になったかたは、是非、本屋さんで本書を手に取り、ぱらぱらとページをめくっていただければ幸いである。