リーマン予想から深リーマン予想へ!

 ぼくにとっての今年最大の衝撃は、「YUI完結」、になってしまったと思う。もちろん、彼女が来年、どのような形で音楽活動を再開するのか(あるいは、しないのか)にもよるけど、YUI以外の音楽を身体が受け付けなくなって、YUIの音楽だけをエネルギー源として生きてきたぼくは路頭に迷う可能性が大だ。頼むから、一部で報道されているような「事務所への不満」が原因で、それを振り切った形でよりパワフルな音楽活動を繰り広げてくれれば、と願ってやまない。
最近出たベスト盤2枚は、もちろん買った。すべての曲を持っているので、自分でituneで編集すれば同じものが作れてしまうのだが、迷いもなく購入した。それは、おまけの写真集が欲しいからだ。あたりまえだ。そして、あまりにすばらしい写真集だった。これだけに3300円を支払う価値がある。写真集だけがこの価格で販売されても購入しただろう。昔問題になった「おまけが欲しいから、チョコを買ってチョコを捨てる子供たち」の気持ちがよくわかった。笑い。(もちろん、CDは捨てたりしないけどね)。
最初、家のそばのTUTAYAで購入しようとしたら、「2枚とも買うと、お店によってはブックレットのおまけがさらにつくんですが、うちではつきません。それでも良いですか」と親切に聞いてくれたので、当然、「買うのやめます」と言った。翌日、タワーレコードに行って購入。特別のブックレットをゲットした。これもすばらしいおまけだったわい。(すいません、完全にばかをさらしてます)。
 今の話は単なる前置きで、今日は、数学啓蒙書の紹介だ。それは、黒川信重リーマン予想の探求〜ABCからZまで』技術評論社。これは、リーマン予想研究の日本における第一人者である黒川先生の最新作である。

リーマン予想の探求 ~ABCからZまで~ (知りたい! サイエンス)

リーマン予想の探求 ~ABCからZまで~ (知りたい! サイエンス)

なんつっても、サブタイトルの「ABCからZまで」ってのが気が利いてる。「Z」は、たぶん、ゼータ関数のことだと思うが、「ABC」は間違いなく、例の望月新一氏が解決を宣言したことで話題になった「ABC予想」のことである(abc予想が解決された? - hiroyukikojimaの日記参照)。実際、本書には「ABC予想」のことがかなり詳しく解説されている。
本書の特徴は、次の四点にまとめることができるだろう。
1。リーマン予想周辺の数学をかなり直感的に説明している。
2。リーマン予想へのアプローチの歴史がコンパクトにまとまっている。
3。リーマン予想をさらに深めたリーマン予想について、(たぶん)本邦初の解説がなされている。
4。整数と多項式の類似に焦点を当てる、という意味でABC予想についてのタイムリーな解説がなされている。
ぼくは、黒川先生と二度にわたって対談し、共著『リーマン予想は解決するのか?〜絶対数学の戦略』青土社も出している。だから、普通の人よりは黒川先生のことを知っているので言えるのだけど、本書は黒川先生が他の数学者と一線を画す部分が良い意味で全開の本になったと思う。対談してわかったのだけれど、黒川先生は、数学史(数論史)がみごとに整理整頓されて頭に入っている。対談のとき、何もみずに、数学者の業績を年号入りで整然と話されたからだ。数学者でこういう芸当のできる人を他に知らない。また、黒川先生は、現代数学に脈動する「思想」みたいなものを、自然言語で表現できる数少ない数学者だ。本書には、それらの特技が思う存分に活かされている。
例えば、導入部に「オイラー線定理」というのが紹介されている。これは、「三角形の外心・重心・垂心が一直線上に並び、間隔の比はこの順に1:2となる」という幾何の定理。マニアの中高生なら知っているだろう。(ちなみに、ぼくの中学生向けの受験参考書『解法のスーパーテクニック』東京出版に、この定理のちょっと自慢の証明が載っているので参照あれ)。黒川先生は、これをリーマン予想(ゼータ関数の虚の零点が直線上に乗っている)の喩えに使っていて、それには異論がある人もいるだろうけど、このオイラー線定理が1763年12月12日にペテルブルク学士院に報告された、という話は初耳で、さすが黒川先生と頷かされた。面白いことに、この幾何の初等的な定理が報告されたのは、オイラー積(=ゼータ関数)の発見よりずっと後のことなのであるのだね。
また、本書には、素数定理」の直感的な導出法が書かれている。素数定理とは、xまでの素数の個数(通常、π(x)と記される)が、x/log xで近似できる、というものだ(log xは、ネピア定数eを底とする自然対数)。黒川さんは、これを、素数の逆数の和がおおよそlog(log x)になる、というオイラーの結果を利用して、簡単な微積分の計算から導出している。なるほど、そう説明されると自然な結果だな、と思える。
そのあとは、例の如く、リーマン予想の核をなすゼータ関数が、いろいろな数学的対象に拡張されることを解説している。ラマヌジャンの発見した2次のゼータ。コルンブルクが有限体の多項式に拡張した合同ゼータ、セルバーグが群に対して拡張したセルバーグゼータ関数など。もちろん、これらは素人にはとても理解の及ばないものなのだけど、黒川先生は非常に簡単な例を用いて、おおよそどんな計算なのかを具体的に示してくれているので、わからないなりにもぼんやりとは姿形が見えるようになっていて嬉しい。
そして、メインディッシュは、リーマン予想をさらに深化(進化)させた「リーマン予想」という最前線のネタ。さすがにこれは、「何をやろうとしてるのか」「どうしてそんなに難しいのか」はさっぱりわからないが、最前線の香りだけはかぐことができ、「命の洗濯」になることだけはたしか。やっぱり、今を生きている証しとして、最前線の雰囲気に触れるのは嬉しいよね。
いろいろ本書の読みどころを紹介してきたが、一番のウリは「ABC予想」に関する解説だろう。ABC予想については、abc予想が解決された? - hiroyukikojimaの日記を参照してほしいが、基本的には、整数と多項式が類似した代数的な性質を持っていることからたてられた予想である。整数と多項式の類似性というのは、高校で習う「多項式同士を割り算して次数の低い多項式を余りとして出せる」ということに起因する。この性質によって、多項式にも素因数分解(素因子分解)の一意性とか、ユークリッドの互除法で最大公約式が出せるなどの、整数と同じ性質が成り立つのである。
本書では、「多項式に関するフェルマーの最終定理」のきちんとした証明が紹介されている。これは、1879年にリュービルが証明した、とのことである(さすが黒川先生!)。証明は、微分を駆使するもので、高校生なら簡単に理解できるだろう。微分の力が思い知らされる。
そして、「付録」において、ABC定理の証明が、複素係数多項式バージョンと一般の体を係数とする多項式バージョンの両方で載っている。また、整数バージョンのABC定理(ABC予想)を仮定すれば、フェルマーの最終定理の(ワイルズとは)別の証明が得られることもきちんと証明してある。
あと、思ったとおり、望月氏ABC予想に関するアプローチは、黒川先生がリーマン予想を攻略するために推し進めている「絶対数学(=F1理論)」を使ったもの、ということがわかって嬉しい。
 最後になるが、ぼくが本書で最も感激したのは、ラマヌジャンを讃えるコラムの中の次の一節である。引用しよう。

ラマヌジャンの資質は現代数学に希求されるものです。といいますのは、20世紀の後半からは、数学のいろいろな予想(ラマヌジャン予想やフェルマー予想や佐藤テイト予想は代表的なものです)が解けたのは良いのですが、実は、これは一方では困った状態を引き起こしています。それは、数学の問題解きを重視するという風潮です。たとえば、フィールズ賞の受賞理由がほとんど問題解決になっていることに端的に現れています。たしかに、数学の問題が解けることは数学の前進ではあります。しかし、これが、数学の新たな問題・予想を提出することをそれほど重視しない風潮に結びつくと、数学は退化していきます。実際、数学が生き生きとしている時代とは、おもしろい未解決問題が豊富にあるときです。この点では現代数学は危機を迎えています。このような時代に向けての予想・問題を提示する、新たなラマヌジャンが必要です。

うん、納得。すばらしい。
 もちろん、本書は、最前線の数学の解説書だから、記号も数式も概念もハイブローであることは否めない。でも、そういった難解なところをやりすごしながら、全体像を楽しむというのがカルチャーというものじゃないか、と思う。専門的に言ったら、音楽だって、スポーツだって、将棋だって、アートだってみんな難解だ。でも、我々はそれらは自分なりに楽しむことができる。数学だってそういうカルチャーの一つとして、気軽に楽しめばいいと思う。

リーマン予想は解決するのか? ―絶対数学の戦略―

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解法のスーパーテクニック―高校への数学

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