ドラマ「相棒」の監修をしますた

 9月はいろいろ忙しかったのと、ネタがなかったことで、1回しかブログを書けなかった。
10月の今月も似た状況なんだけど、今回は、いくつかご報告をしようと思う。
まず、最初にアナウンスすべきことは、な、なんと、ドラマ「相棒」の1回分の監修をしますた! ということ。7月の終わりに、助監督のかたから電話でオファーがあって引き受けることになり、8月に2週間ほど、どっぷりそれに取り組んでいたのだ。
放映日はまだ教えられてないので、想像でしかないんだけど、たぶん、第2話目だと思う。シナリオにそう書いてあったので。だとすれば、第1話が10月16日の2時間スペシャルで放映されるので、第2話は10月23日あたりになるんだろうと思う。はっきり放映日がわかったら、このブログで告知することにしたい。
ぼくが監修したのは、数学がかかわる殺人事件で、「数学監修」という役割なんだけど、推理ドラマという性質上、ぼくが何をしたのかを具体的に今書くことははばかれる。放映が終わってから、後日談として書くことにしたい。
ぼくが監修を引き受けることにしたのは、最近、ドラマ「相棒」の熱狂的なファンだったからだ。見始めたのは、今年ぐらいからなんだけど、夕方に毎日再放送をやっているので、それを録画して夜中に見ているうちに、ほぼ全シーズン全話を見終えてしまったと思う(再放送がされていないものはこの限りでない)。いろんな作家がシナリオを書いているので、玉石混淆なことは否めないのだけれど、きょうび、こんなに平均的なクオリティが高いドラマは珍しいと思う。中でも、とんでもない名作、というのがいくつかあって、それはドラマ史に残るほどのクオリティに達している。
例えば、前クールに放映された「バースディ」という話(子供店長の加藤清史郎くんが主役で出てるやつ)は、めちゃくちゃすごいストーリーだった。見終えて、号泣してしまった。「あまちゃん」も、「半沢」もすばらしいけど、「相棒」も決して負けてはいないぞ。
で、ぼくが監修した、と聞いて、それじゃ収録にも潜入したのか! と期待した読者もおられるだろうが、実は収録には参加しなかった。だから、右京さん(水谷さん)にも、カイトくん(成宮さん)にもお会いしていない。ほんとは収録には立ち会ってみたかったんだけど、助監督のかたが「お忙しいでしょうから、いらしていただなくて大丈夫です」と、いらぬ気を利かせてくれちゃったのである。シナリオには、まだ、主役級の役者の名前しか入ってなかったので、誰が出演者かはっきりはしらないのだけど、もしもぼくがファンの女優が出てたら、あとで助監督をわら人形で呪ってやるぞ。笑い。
 あと、もう一つ、ご報告したいのは、図書新聞10月5日号に、ぼくと黒川先生の共著『21世紀の新しい数学』技術評論社のでかい書評が載った、ということ。

評者は、高谷唯人さんという方。これは、とてもよく書けている書評だった。この方が、とても真剣に、そして何度も、ぼくらの本を読んでくださったことがはっきりわかる。書評というのは、不思議なもので、単に斜め読みして書いただけのものはバレバレになってしまう。高谷さんの場合は、とてもきちんと読んでくださったことが如実に伝わってくる。
営業妨害になるので、全文引用はできないが、一カ所だけ引用するとしよう。

耳学問としての概説という視点で捉えたとき、本書は格好の素材となっている。素材を生かす為にも、スパイラルに読む―― 一度目は気楽に読み流し、二度目はどの概念がどの概念と結びついているかという「関係」に着目して、さらに余裕があれば三度目として概念「自体」をインターネット片手に調べる ――という方法を試みたい。

この評者、きっと、そういう風にお読みになったんだと思う。そして、この読み方こそ、まさに、ぼくが読者にお勧めしたい数学書の読み方であり、また、そういう読み方に耐えられるような数学書がぼくの目指すものなのである。アマゾンにあがったぼくの本へのレビューを読むと、ときどき、「自分にとって難しくてわからない」ことを、批判の対象とするような評を見かけ、悲しくなってしまうことがある。もちろん、ぼくの書き手としての実力不足ということもあるだろう。でも、万人にわかるように数学書を書くなんてどだい無理だ。高谷さんのように、「わからないこともわかることと同じくらい楽しめる」度量があったほうが、人生がどんなにか楽しいのに、といいたい。
評者・高谷唯人さんの肩書きは「予備校講師 エッセイスト」となっている。それでがてんがいった。予備校の先生には、学者よりもずっと文章がうまく、広範な知識欲を持っておられる方が存在する。そして、自分の教える受験分野だけではなく、きちんと学問的な勉強を継続しておられるかたも存在する。(もちろん、ほとんどの予備校教師はそうではないけれど)。高谷さんは、そういう方なんだろうな、と感じた。そういう人に評されて、この本も幸せだと思う。