古典をひもとく(including 新著の宣伝)

またまた、更新がかなり空いてしまった。
本を読んでいれば、紹介のエントリ−が書けるのだけど、最近は紹介できるような本を読んでないので、それも無理だった。
でも、もうあと2週間ほどで新著『数学的決断の技術〜やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』朝日新書が刊行されるので、その宣伝もかねて、少し何か書こうかと思う。
実は、音楽のほうもずっと新しいお気に入りがみつからず、Automatic Loveletterばかり聴いてたんだけど、最近、突然に、はまってしまったバンドがある。それは、Tricotという日本のバンドだ。これは、TSUTAYAでDVDを物色しているとき、店内のDJでプッシュされており、たった30秒ほど曲がかかっただけなんだけど、耳にした瞬間、雷に打たれたような激しいショックを受けた。そんで、帰ってすぐにyoutubeで何曲か聴いて、すぐにアマゾンにアルバムを注文した。
Tricotは、ガールズポップにプログレがトッピングされた、ぼくにとってはこのうえなく理想的なバンドだ。ギタボとギターとベースが女子で、ドラムだけが男、という組み合わせ。とにかく、変態的(変拍子的)リズムの展開がかっこよすぎる。ぼくはきっと、こういうバンドを心待ちにしてたんだと思う。年末に行われる、ストレイテナーとの対バンのライブのチケットを入手した。ストレイテナーも好きなバンドだから、ものすごく楽しみなんだけど、今、Tricotのギタリストが体を悪くしてライブが続々と中止になってて、それが心配だ。
さて、新著『数学的決断の技術〜やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』朝日新書の宣伝を少しだけ。

この本は、優柔不断でいつも迷ってばかりでなかなか決められないあなたへ、決断を数学で行う方法を伝授する本だ。詳しくは、もっと刊行が近くなってから紹介するけど、学問的なジャンルとしては、「意思決定理論」という分野に属する成果を集めてある。意思決定理論とは、数学と統計学と経済学とオペレーションズリサーチにまたがった学問分野なのだ。
この本を書くために、ぼくはこのところ、ずっと専門書ばかり読んでいた。しかも、古典ばかりである。ぼくら、経済学の理論家は、(他の同業者に尋ねてまわったわけではないが)あまり古典は読まない。著名な論文を読めば、だいたい古典的結果は要約されて書いてあるからだ。だからぼくもこれまで、意思決定理論の古典と呼ばれる本はほとんど読んでなかったのだけど、今回は一般向けの啓蒙書を書く、ということで、せっかくの機会だからひもといて見たのである。もちろん、全部読むわけではなく、必要な一部を読んだにすぎないのだけど。
まずは、レオナルド・サベージの名著『The Foundation of Statistics』。
The Foundations of Statistics (Dover Books on Mathematics) (English Edition)

The Foundations of Statistics (Dover Books on Mathematics) (English Edition)

この本は、1954年に刊行されたもので、統計学の歴史を覆した本と評価されている。とりわけ、ベイジアン理論を再構築した功績は偉大である。ベイズ確率は、18世紀頃に考え出された「逆確率」を使った推定の方法だったけど、20世紀の初め頃に統計学者フィッシャーの激しい批判によって淘汰されてしまい、その後は、フィッシャー=ネイマン流の統計学が主流となった。その流れを再び覆したのがサベージのこの本だったのである。サベージは、この本で、確率は心の中にあるもの、とする「主観的確率理論」に数学的・公理論的基礎付けを与えた。この本以降、ベイズ確率は息を吹き返し、ベイズ統計学という新分野を切り開いた。とりわけゲーム理論ミクロ経済学への影響が大きく、現代ではベイジアンがこの二つの分野を席巻していると言っていい。
ぼくは、ベイジアンの手ほどきを、統計学者の松原望先生から受けたけど、そのとき松原先生は、この本のことを「ひどく難解」と評しておられた。それで敬遠してたのだけれど、実際に読んでみると、読める部分もある。今回、ぼくは新著に導入するために、サベージの提案した最大機会損失・最小化基準(サベージ基準とも呼ばれる)の部分をこの本で読んだ。がんばって読んでみると、読めないことはなく、この部分だけは理解できた。
二冊目は、フランク・ナイトの名著『Risk, Uncertainty and Profit』。これは1921年に刊行された本だ。
Risk, Uncertainty and Profit (Dover Books on History, Political and Social Science)

Risk, Uncertainty and Profit (Dover Books on History, Political and Social Science)

この本は、「ナイトの不確実性」という概念を打ち立てた本。ナイトは、確率のわかるような環境を「リスク」と呼び、確率さえわからないような環境をそれと区別して「真の不確実性」と呼んだ。「リスク」はサイコロやコインや物的確率などごく限られた状況しかなく、歴史的事象や経済環境では「真の不確実性」が本質的だと主張している。この概念は、長い間、単なる「キャッチフレーズ」に過ぎないものだったが、1980年代にシュマイドラーとギルボアがサベージ的な数学的公理論的基礎付けを研究してから、きちんとした数学概念として扱えるようになった。ぼくは、実は、「ナイトの不確実性」についてのギルボア=シュマイドラー理論の論文を書いているので、本家本元であるナイトのこの本はいつか読まなければ、と考えていたから、この機会に読んでみたのである。
ナイトの本は、サベージの本や、このあと紹介するシャックルの本に比べ、格段に読みやすかった。英語が平明なばかりでなく、概念の説明自体もすっきりしている。今回は、まさにその「ナイトの不確実性」を説明した部分だけを読んだ。
最後の紹介するのは、ジョージ・シャックルの1949年の著作『Expectation in Economics』
Expectation in Economics

Expectation in Economics

シャックルは、この本において、人々の不確実性下の行動選択を、確率論ではない方向から記述しようとした。それは、「サプライズ」という概念によるものだった。つまり、人が行動選択の基準にするのは、「期待値(確率的平均値)としてどのくらいの利益や効用が得られるか」ではなく、「それがどのくらい想定外か」である、とする非常に奇抜な理論なのである。ある意味で、意思決定理論の異端と言っても過言ではない。
ぼくは、かなり前に、シャックルという学者が「サプライズ」という概念を基礎にして意思決定理論を組み上げたことを知ったのだけれど、文献が少なくて詳しく読むことができなかった。ところが、なんとグッドタイミングにも、昨年にペーパーバックとして再刊されたので、入手可能となり、今回満を持して一部読んでみたわけである。読んだのは、シャックルが古典的な確率的意思決定理論を批判している部分。ここは驚くほど、ナイトの言っていることと酷似していた。もしかすると強い影響を受けているのかもしれない。
しかし、シャックルの本の英語は、本当に(ぼくのような英語が不得手な人間には)読みにくい、わかりにくいものであって、ほんの数ページを読むのも難儀だった。でも、原典に触れることができたのは、それなりの成果であった。
 以上、洋書の古典を3冊紹介した。古典(原典)からは、その後の学者の孫引きとは違うインサイトを得られることがあるから、ばかにしてはいけない作業だと実感した。
 ところで、この3冊をバックボーンにしていることで、ぼくの新著『数学的決断の技術〜やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』朝日新書を、ひどく難しい学際的な本と誤解する人がいそうだから、前もって防御しておく。もちろん、これらの古典を踏まえて書いてはいるが、それはあくまで隠し味であって、この新書は表層的には、キャッチーな本だと宣言する。まあ、詳しいことは、刊行が近くなってから、ということで。