またまた双子素数の研究が進んだようだ。

 つい先日に、またまた双子素数予想についての研究が進んだことがネット上で話題になった。
「双子素数予想」というのは、「差が2の素数の組が無限に存在する」というものである。3と5とか、29と31とか、間に偶数を一個だけ夾んだ双子素数は、探してみればわかる通り、非常に少ない。だから、大きな数では無くなってしまっても不思議ではない。他方、N以下にはだいたい(1/log N)の割合で素数があることが証明されている(この証明は、リーマン予想と深い関係がある)。これを「Nが素数である確率」だと解釈すれば、「NとN+2が両方素数である確率」は(1/log N)の2乗だと見積もれるから、確率はゼロにはならず、いつまでたっても出現してかまわない。もちろん、今の確率計算は、素数の出現を完全にランダムだと(つまり、独立事象だと)仮定している。だから、素数の出現に軽微でも何かの「癖」があれば、この判断は成立しない。結局、このようなアバウトな考えでは、双子素数予想には結論を出すことができない。
 この双子素数予想について、昨年、ザン・イータン(Zhang Yitang)が、画期的な結果を得たことは、このブログでも紹介した(双子素数予想に進展があった - hiroyukikojimaの日記)。それは、「隣り合った素数の隔たりが、7千万以下のものが無限組存在する(lim inf (p_(n+1)-p_n)<7×10^7」というものだった。「差が2」と「差が7千万以下」では雲泥の差だけど、「無限と有限の差」まで縮まったと考えればあまりに画期的な進歩であった。ザン以前の研究では、隣り合う素数の差は、単調増加関数でしか評価できなかったのだ。それが定数になったのは偉大なことである。
 一度こういうブレークスルーがあると、不思議なことに、研究というのは急激に進むものである。「ある方法でうまくいく」ということがわかりさえすれば、その方法を洗練することはそれほど大きな障壁ではない。一般に、「ある道筋でうまくいく・いかない」の判断がつかないときは、暗中模索になるので、その道筋を進む研究者がほとんどいないから、突破口が開けないのである。
今回は、ジェームズ・メイナード(James Maynard)という数学者と、テレンス・タオ(Terence Tao)という数学者によって、同時に独立に進展が与えられたようだ。メイナードのほうの論文を入手したので、ざっと目を通してみた。もちろんぼくは、数論の専門家ではないので、この論文を読みこなせるわけではないのだけど、要約のところを読んで、ざっとどんなことをしたのかは掴めたので、それを今回、エントリーしてみようと思う。
メイナードは今回、いくつかの定理を証明しただのけれど、最もわかりやすいのは、「隣り合った素数の隔たりが、600以下のものが無限組存在する(lim inf (p_(n+1)-p_n)<600」というものだ(定理1.3)。ザンが7千万としたものを、600まで一気に縮めたのである。これは大きな進展と呼んでいいだろう。メイナードはこの証明について、「根本的にザンの方法とは異なる証明法である」と説明している。
メイナードは、「素数と次の素数の幅」ばかりではなく、もっと一般に、「m個の素数が含まれる幅」についても結果を得ている。それは、「無限組存在するような、m個の素数が含まれる幅は、m^3e^(4m)で抑えられる(lim inf_n (p_(n+m)-p_n)<素数k組予想(Prime k-tuples conjecture)」と呼ばれる予想を緩めて、それを証明することらしい。この予想は、次のようなものだ。まず、与えられた整数の数列h_1, h_2, …,h_kが「許容的(admissible)」ということを次のように定義する。すなわち、「任意の素数pに対して、h_1, h_2, …,h_kをpで割った余りには、0,1,…,(p-1)で登場しないものがある」。この定義のもとで、「素数k組予想」とは、「数列h_1, h_2, …,h_kが許容的ならば、n+h_1, n+h_2, …,n+h_kがすべて素数であるような整数nが無限に存在する」というもの。
「許容的」という条件が必要なのは、ぼくの推論では次のことだろうと思う。つまり、数列h_1, h_2, …,h_kが許容的でなくて、ある素数pについて、h_1, h_2, …,h_kをpで割った余りに0,1,…,(p-1)全部が現れてしまうと、n+h_1, n+h_2, …,n+h_kをpで割った余りも、同様にして、0,1,…,(p-1)全部が現れてしまうから、必ずpの倍数が存在して、素数じゃない数が現れてしまう、ということ。
メイナードの証明は、許容的な数列h_1, h_2, …,h_kに対して、n+h_1, n+h_2, …,n+h_k全部が素数ということまで要求せずに、この中に何個素数が保証できるか、ということを評価している。例えば、「n+h_1, n+h_2, …,n+h_kの中に2個の素数が存在する」という許容的な数列h_1, h_2, …,h_kを何らかの形で見つけることができれば、「素数と次の素数の幅」を(h_k-h_1)で抑えることができる。
メイナードは、n+h_1, n+h_2, …,n+h_kの中の素数の個数を評価するために、「GPYの篩(GPY sieve;G,P,Yはこれを生みだした3人の数学者のイニシャル)というのを改良したものを使っている。これは、n+h_1, n+h_2, …,n+h_kの中の素数の個数から正数ρを引いた数に正の重みw_nを乗じて、それをN以上2N以下の整数nに対して加え合わせた指標S(N, ρ)を評価する方法論である。例えば、S(N, 1)が正だと証明できれば、n+h_1, n+h_2, …,n+h_kの中に素数が少なくとも2個含まれるnがN以上2N以下に最低でも1個はあることが保証される。
メイナードはGPYとは異なる重みを使って、今回の結果を得ている。メイナードによれば、この重みは、完全に新しい着想というわけではなく、例えば、セルバーグが双子素数を見積もるときに利用したものと類似していることも正直に指摘している。
指標S(N, ρ)を評価するための計算は、あまりに激しいものであり、ぼくにはとても追っていくことはできない。途中で、重積分などが登場し、解析的な評価をしているように見える。つまり、純粋に代数的な処理だけで結論を得ることができないようである。虫のいい希望かもしれないが、細かい技法はどうでもいいので、「どうして、解析的な計算で、素数の個数をおおざっぱに見積もることができるのか」というその根っこ原理、言い換えると、「素数だけを残す篩分け」のおおまかな原理を、誰かわかりやすく説明してくれないものか。
まあ、いずれにしても、「一定幅にm個の素数が含まれるものが無限組ある」ということが、定数で評価できるようになったのは信じられないくらい画期的なことである。長生きしていると、嬉しいことを知ることができる。がんばって長生きする甲斐がある、というものだ。
がんばって説明を書いたのだから、本の宣伝を一つぐらいさせてほしい。素数の個数の評価をするのに重要なのが、リーマンのゼータ関数なのだが、素数ゼータ関数の関係については、拙著『世界は2乗でできている〜自然にひそむ平方数の不思議』ブルーバックスで解説している。

とりわけ、冒頭に書いた「N以下にはだいたい(1/log N)の割合で素数がある」が、ゼータ関数から証明されるのだけど、そのことにも簡単に触れているので、是非、手にとってみてほしい。
 がんばりすぎて疲れたっす・・・