映画『くちびるに歌を』は日本版「ギルバートグレイプ」

 もうすぐ夏期休暇も終わり、ということで、観ておきたいDVDを二枚レンタルして観た。
一枚は、映画くちびるに歌を、もう一枚は、映画『リトルフォレスト2冬春篇』だ。どちらも、すばらしい映画で、邦画のレベルは高いなあ、と改めて思った。
 まずは、映画くちびるに歌を

これは中田永一の胸キュン青春小説が原作で、当ブログでも、胸キュン小説をあなたに - hiroyukikojimaの日記で紹介している。
名作小説だけに、ものすごく期待していたんだけど、期待に違なわない、いやそれ以上の傑作となった。これなら、映画館で観るべきだった、と後悔しきり。まず、良かった点を箇条書きで書き留めよう。8個もあるぞ。
1.原作の中で最も重要なプロット「自閉症」にきちんとフォーカスを当てている。
2.主演ガッキーこと新垣結衣さんが、めちゃめちゃ綺麗。
3.原作の中の、小説的には重要なプロットも、二時間の映像では活かしきれないものはばっさり切っている。
4.ガッキーが魅惑的すぎる。
5.原作において、小説だから可能にみえるプロットも、なんとか映像的に活かすシナリオを工夫している。
6.主役の一人、女子高生なずなが、見慣れるとかわいい。
7.映画『ギルバートグレイプ』へのこのうえないオマージュになっている。
8.ガッキーがすばらしい演技。
 ここで、『ギルバートグレイプ』とは、ジョニー・デップとレオナルド・デュカプリオが主演の1993年の名作ハリウッド映画である。とりわけ、美少年デュカプリオ(当時)が知的障害を持った少年を演じたことで話題だった。これは、観ないで死んでいくにはあまりにもったいない映画なので、みなさまがたには、是非とも一度は観ていただきたい映画である。
 ただ、ぼくのうがった感想では、ある意味では、『くちびるに歌を』は『ギルバートグレイプ』を超えたのではないか、とさえ思う。それはいろいろなところでそう思わされるのだけど、一番重要なのは、『ギルバートグレイプ』では、知的障害があるのは主人公の弟なのだが、『くちびるに歌を』では主人公の兄になっている、という点である。これだけ聴くと、「そんなことをおおげさに」と思うだろうけど、そうではない。ものすごく、本質的に異なるのである。そこが原作者・中田永一の天才たる所以である。それと、『ギルバートグレイプ』は、ある意味、「閉塞的な地方に縛られた若者」をテーマにしてるんだけど、『くちびるに歌を』のテーマは、そうではないというのもポイント。
 『くちびるに歌を』は、長崎県五島列島の高校で、合唱部に属する高校生の男子・女子が繰り広げるあれやこれやを描いている。高校生の男子・女子については、(ざっぱり切ったネタもあるものの)基本的には原作を活かしている。その高校に、都会から、美人の音楽先生が赴任してくるところから物語が始まる。この先生が来たせいで、それまで女子だけだった合唱部に、たくさんの男子生徒が入部する、という始まり方。これだけでも、めっちゃウケる。その美人・音楽教師が、我らがガッキーなのである。この美人・音楽教師のキャラは、原作を大幅に変更してある。原作では、単なる脇役的な役割なんだけど、映画では、主役の一人に昇格している。こういうことをすると、普通はぶちこわしになるんだけど、この映画は例外だった。この変更は、「映画的には」大成功だったと思う。まあ、ガッキーへの当て書き?みたいなもんだから当然かもしらんけど。
 でもまあ、この先生にまつわるエピソードは、映画的には見応えがあるけど、原作の本質はそこではない(とぼくは思う)。原作の本質は、「自閉症の兄」なのである。この自閉症の兄を、原作よりも大きな比率で描いているところが、この映画の「買い」どころだ。それで、「ああ、この映画は、きっとギルバートグレイプへのオマージュなんだな」と理解した次第。原作は胸キュン小説として書かれているんだけど、込められたテーマは、日本版「ギルバートグレイプ」なんだと思う。それから、映像で観てみると、舞台を長崎の五島列島にしたことにはいろいろな意味があることもわかった。こういうところは、文章より映像のほうが説明能力が高い。
 原作を読んで、こういう出来のいい映画を観ると、やはり「中田永一さんは天才だなあ」と改めて思う。中田永一さんは、推理作家乙一さんの別ペンネームなのだけど(乙一 - Wikipedia)、乙一さんほど妬ましい作家はいない。高校生のときに書いたデビュー作『夏と花火と私の死体』ですでに驚異の才能をほとばらせている。大人だし、物書きのキャリアもあるぼくだけど、高校生のときの乙一さんにさえ逆立ちしてもかなわない。もちろん、その後に書いたたくさんの推理小説も、みな驚天動地で、すばらしすぎるのである。いつもいつもトリックに快く騙されてしまう。
 その乙一さんが、中田永一名義で書いている一連の胸キュン小説(胸キュン小説をあなたに - hiroyukikojimaの日記で紹介を書いた)には、それぞれにテーマが設定されている。基本的には、今の若者が陥りがちな自己否定とか卑下とか逃避の気持ちに対して、暖かいメッセージを送っているのである。多くの人に(とりわけ若者に)読んでもらいたい小説だ。
 次に、おまけとして、映画『リトルフォレスト2冬春篇』の感想も付け加えておこう。この映画は、ちょっと前に公開された『リトルフォレスト夏秋篇』の続編・完結編にあたる(yuiとユイのすばらしいコラボ〜フラワーフラワー『色』 - hiroyukikojimaの日記で紹介した)。この映画についても箇条書きで感銘を受けた点を書き留める。
1. 主演の橋本愛が美しすぎる。
2. YUIが率いるバンド・フラワー・フラワーの主題歌がすばらしすぎる。
3. 農村部の映像が丁寧で美しい。
4. 主演の橋本愛が美しすぎる。
5. 料理される食べ物の一部は本当に美味しそう。
6. 主演の橋本愛が美しすぎる。
この映画は、岩手の寒村の生活を春夏秋冬、ひとしきり描いたもの。基本的には、収穫のシーンとそれを料理するシーンで成り立っている。正直言って、ぼくにはこの映画がテーマとすることがよくわからない。この映画は、少なくとも「自然賛美」をテーマにしているわけじゃないんじゃないかな、と思えてしまう。ぼくだけなのかもしれないが、この映画を観ても、同じ生活をしてみたいとは全く思わない(というか、むしろ、できればしたくない)。でも、どこか興味深い所があり、退屈せずに観てしまう。ぼくの中では、ある種、SF映画のように処理されているのかな、と思う。もちろん、主演の橋本愛さんのファンであることが強く作用していることは言うまでもない。でも、それを除いても、どこか映画として、見応えのあるものだと思う。撮影が丁寧なのと、ほんのわずかにある台詞と人間関係が、よく工夫されているのも大きい。
 何か、行き詰まったり、心のダメージを受けている人は、ものは試しに観てみると良いかもしれない。