「現実」はすべて統計的

今回は、現代思想』の最新号「統計学/データサイエンス」で巻頭対談しているので、そのことを宣伝するとともに、少しだけ統計学についてエントリーしようと思う。

 対談は、生物統計学者の三中信宏先生と。対談内容は、統計学の理解の仕方から、その思想的背景、利用の限界まで多岐に及んで討議している。

ぼく自身は統計学者ではないし、経済学の中でも実証分析を専門としているわけではないので、統計学とは一定の隔たりがある。とは言っても、経済学の中の「意思決定理論」という分野を研究しており、なかでも「ベイジアン意思決定理論」の論文を書いているので、統計学と近接的ではある。

ぼくは経済学者の立場と数学科出身者の立場の両面から、統計学について批判的な議論を提示したのだけど、生物学を専門とする三中先生とは、ずいぶんと統計学に関する認識が違うな、というのが正直な感慨だった。この感覚は複雑で繊細なものなので、それについては対談を読んで感じ取ってほしい。

対談をするにあたってぼくは、準備として、三中先生の本を三冊読破した(いつも、対談をする際は、お相手の著作を勉強するように心掛けている)。三冊とも良書だったが、中でも、『統計思考の世界』技術評論社はすごく良い本だと思った。

この本は、統計学の手法を非常に手際よく、わかりやすく紹介している。正規分布を基礎とする通常の統計学だけでなく、ロジット回帰や、AIC(赤池情報量基準)など発展的な内容も簡潔に解説しているのでお勧めだ。

 さて、生物学はそれこそ生命現象を扱っているから、物理学とは大きく違うのだろうと思う。ぼく自身は、物理学が統計原理の最も成功的分野だと思っている。統計原理(統計思想)とは、最尤原理「最も起こりやすいことが実際に起きていると考える」というものだけど、統計力学はその原理を基礎にして理論を構築している(例えば、マックスウェル分布とか)。ぼく自身は、最尤原理を今でも受け入れることができない(あたりまえだと思えない)が、統計物理だけは信頼している。なぜなら、実験結果と整合的だからだ。もっと言うなら、「圧力」とか「温度」とか、そう言った物理量が、最尤原理と偶然に親和的だからうまくいくんじゃないか、というのがぼくの最近たどりついた認識である。(経済学や生物学など)他の分野で最尤原理を基礎にするのは、そういう親和性の検証が不可欠なんじゃないかと思う。その辺のことは、以下のエントリーで読んでほしい。

統計力学が初めてわかった! - hiroyukikojima’s blog

これは、友人の物理学者・加藤岳生さんの統計物理の教科書について紹介したものである。統計物理に入門するのに、最適な本だと今でも思う。

ゼロから学ぶ統計力学 (ゼロから学ぶシリーズ)

ゼロから学ぶ統計力学 (ゼロから学ぶシリーズ)

  • 作者:加藤 岳生
  • 発売日: 2013/03/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 さて、現代思想 統計学/データサイエンス』の号には、ぼくが大学院で講義を受けた二人の先生が寄稿しておられる。一人は竹村彰通先生で、「ウィズコロナ時代の統計学」を寄稿している。現在、テレビやネット上に渦巻くコロナの病理について、統計学者の立場から、明確な論評を与えている。もう一人は、松原望先生で、「今承認される『世界性の統計学』」を寄稿しておられる。松原先生は、ぼくにベイズ統計学を指南してくださり、最も影響を受けた師の一人だ。今回の寄稿は、主観確率」としてのベイズ統計学を、その成立の歴史から説き起こしている。創始者トーマス・ベイズ牧師のこと、ベイズの研究に日の目を見させる努力をしたプライスのこと、ベイズとは独立にベイズ理論を発見し、同時にベイズの仕事も発掘した数学者ラプラスのこと、一度は批判によって瀕死に陥ったベイズ理論を復興させたサベジのこと、サベジの継承者となったリンドリ―のことなど。次の文章は当時の雰囲気を浮き上がらさせている。

このようにして、東海岸から個人確率を根底にした「ベイジアンリバイバル」の烽火があがった。残念なことに、サベジの挑戦はやはり難しすぎてそのままでは受け継がれなかった。亡くなった71年、私は総じてアンチ・ベイズの西海岸スタンフォードに留学中であった。お隣の有名校バークレーはアンチ・ベイズの中心で、「サベジの理論はいいが、サベジは(個人的には)嫌いだ」という嘆息が聞こえてきた。スタンフォードはそれほどでもなく、しっかりした頻度論を教育する一方、ベイズ統計学には目配りはよかった。

ぼくは、今でも数学という学問が好きで、だから「演繹的推論」が興味の対象である。それだから、経済学の中でも、「選好公理系から効用関数を導出する」という分野の研究をしている。そういうのがすこぶる性に合うのである。

でも、「現実」というやつは明らかに「統計的」だ。前提のすべてが明らかでそれから数理論理的に結論が導出できる、なんて場面は全くない。ぼくらは、常に、「世界の一部だけを数値という形で見ている」にすぎない。そこから「現実」を推測するには、どうしたって、「帰納的推論」が必要になる。数理論理の外側での「論理のアクロバット」が不可欠なのだ。その立役者が統計学なのである。

 最後になるが、ぼくは「ネイマン・ピアソン統計学」の教科書と、「ベイズ統計学」の教科書と、両方を書いている(だから、対談に呼ばれたんだと思う)。せっかくだから、最後に推奨しておく(というか、これこそが狙い)。

完全独習 統計学入門

完全独習 統計学入門

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2006/09/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

完全独習 ベイズ統計学入門

完全独習 ベイズ統計学入門