酔いどれ日記4

  今日は赤ワインを飲んでる。シャトーヌフ・ドュ・パプを3杯目ぐらい。ぼくが論文を書いている分野にシャトーヌフ先生という大家がおられるので、この名前のワインはいつも拝みながら飲む。

 今日は、ヨルシカのブルーレイ『前世』を観ながら、エアロバイクをこいだ。ヨルシカのこのライブは、水族館で収録したもので、顔をさらさない彼らのライブとしてはとても良いアイデアだと思う。青く幻想的な世界の中での演奏を楽しむことができる。すべての曲がいいけど、とりわけ『言って。』のオープニングには痺れた。suisさんが「言って」と歌いだすまで、この曲だと気づかなかった。みごとなアレンジ。

 エアロバイクをこぐときは、ライブ映像をかけるんだけど、どれも何十回も観たものなので、音だけ聴いて本を読むことが多い。ここ数ヶ月ずっと代数幾何学の専門書ばかり読んできたので、ふと小説が読みたくなって、ここ二回は村上春樹『女のいない男たち』文藝春秋を一編ずつ読んだ。

一編目は『ドライブ・マイ・カー』、二編目は『イエスタディ』。どちらも面白い短編だったけど、『イエスタディ』のほうが好きかな。

『ドライブ・マイ・カー』は、三枚目俳優の主人公が、死んだ妻の不倫について、劇場までの送迎の運転手を務める女性ドライバーに話す物語。非常に細部を緻密に構成した物語だった。酔いどれ日記2に書いた通り、文学は(全部ではないかもしれないけど)非常に緻密な構成で書かれているものだ。この小説もその例に漏れず、お手本のような緻密な物語だった。

主人公が俳優であることが重要な役割を持っているし、その運転手の女性がなぜ運転が上手なのかもみごとに説明される。ただ、ぼくにとって少し残念だったのは、死んだ妻の不倫の理由がなんとなく予想出来てしまったことだった。別に伏線がはられていたわけじゃなく、長く生きてきたから、そんな感じだろうと、感づいてしまったんだね。

他方、『イエスタディ』のほうは手放しで楽しめた。大学生の主人公がバイト先で浪人生の男と友達になる。その浪人生は、東京育ちなのに関西に「語学留学」をしてまで完璧な関西弁を身につけた、というだけでもう爆笑で、その男がビートルズの「イエスタディ」を関西弁の歌詞で歌うオープニングなんか、もう絶妙である。

その関西弁男には、めちゃめちゃ綺麗な大学生の恋人がいる。幼なじみでずっと一緒にきたのに、大学入学のときに別々になってしまったのだ。その男女の恋の顛末に主人公が巻き込まれていくことになる。物語の展開は、村上春樹の常套手段という感じだけど、もともと村上文学のそういうティストが好きなので、十分に堪能できてしまった。

 村上春樹の小説を初めて読んだのは、大学生のときだった。当時の麻雀仲間だった友人の部屋で、ある女の子と一緒になった。その子はたぶん、友人のガールフレンドだったのだろうと思う。ガールフレンドの一人、と言ったほうが正確かもしれない。彼にはそういう子が数人いたらしいから。そのとき友人はなぜか外出しており、ぼくはなんだか、その女の子と彼を待っているはめになった。

沈黙に耐えられなくなったのか、彼女が唐突に「村上春樹の最新の小説を読みました?」とぼくに尋ねた。ぼくは、最近デビューした作家で、村上春樹という人が話題であることは知ってたけど、注目はしてなかった。「いや、読んでないけど、なんで?」とぼくは正直に答えた。そしたら彼女が「そう。わたし、読んで一晩中泣いてしまったんだ」とつぶやいた。

「一晩中泣いた」ということから安易に想像できるのは、「難病もの」のお涙ちょうだいの物語だった。でも、ぼくはなんかそういうたぐいじゃない予感がした。それはその女の子の持っている独特の雰囲気からの「予感」のようなものだった。

家に帰ってから調べると羊をめぐる冒険のことだった。記憶ではまだ単行本化されておらず。彼女は文芸誌『群像』に掲載されたのを読んだのだったと思う。ぼくは決意して村上春樹の小説を読みはじめた。まず、デビュー作『風の歌を聴けを読み、次に当然、続編1973年のピンボールを読み、そして満を持して羊をめぐる冒険を読んだ。

「打ちのめされる」とはこのことだった。こんなにすごい小説を書く若い作家が現れたなんてあまりに衝撃だった。当時はぼくはまだ小説家を目指していたから(鼻で笑いなさんな)、絶望的な気分になった。『羊をめぐる冒険』を読んだときは、一晩中とは言わないけど、感動の涙を流したのは女の子と同じであった。

それ以来、ぼくはできるだけ村上春樹の小説は読むようにしてきた。全部ではないけど、相当読んだ。そして、今も読んでいる。

 映画『風の歌を聴けも観た。この映画にはいろいろな意見があるとは思うが、ぼくはそれなりに評価している。なにより、真行寺君枝さんのフォルムがこの小説に出てくる女の子にぴったりだった。真行寺さんはぼくの好きなタイプの女優だった。「鼠」を演じた巻上公一さんは、ちょっときばりすぎだったと思うけど、こともあろうに「鼠」を演じるんだからしょうがない。巻上さんがリーダーのテクノバンド「ヒカシュー」も、多少聴いていたから、親近感が持てた。

最後に販促をさせてほしい。このブログはそのために書いているから。ぼくの村上春樹文学への批評(というよりはラブレターに近い)は、『数学的思考の技術』ベスト新書にしたためられている。

村上春樹トポロジー

1Q84」はどんな位相空間

暗闇の幾何学

の3章だ。興味がわいたら、是非、手にしてほしい。