酔いどれ日記5

 今日はリースリングを2杯目。Zind-Humbrechtとかいうやつ。リースリングにしてはすっきりしている。

 昨日は、キングクリムゾンのライブを渋谷オーチャードホールで観てきた。

ぼくは、新型コロナが起きてから、「もうライブには行くまい」と決めたんだった。だから、今年から5限に講義を入れた。しかし、クリムゾンの来日で決意はもろくも崩れ去ってしまった。

 もう最終公演も終わったので、多少のセトリの話をしても邪魔にはならないだろう。今回のライブは、名曲オンパレードという感じで、「みんな、これが聴きたいんでしょ」という曲の連発だった。前回の来日では、「リザード組曲」を全編演ったり、「船乗りの話」をやったり、マイナーだけどマニアックでかっこいい曲を演奏してくれたけど、今回は本当に代表曲の嵐だった。ファンとしてどちらも嬉しいものだ。

 今回、一番聴き応えがあったのは、「ディシプリン」だった。ギタボの若いプレーヤーがギターの腕をあげたので、「ディシプリン」のずれていくミニマル音楽が非常に綺麗に再現された。とりわけ、トリプル・ドラムと合わさるポリリズムがあまりにかっこよく美しく演奏された。1981年に「ディシプリン」を発表したとき、ボブ・フリップの脳裏には、こういうトリプル・ドラムのリズムが鳴っていたのだろうな、と思うと、とてつもない音感だな、と思う。

 ぼくがクリムゾンのライブに行くのは、ボブ・フリップに会うためだ。もちろん、クリムゾンの音楽はいつ聴いても楽しいが、フリップ卿に会って、自分の座標を確かめるというのが大事なことなのだ。フリップが逝くのが先かぼくが逝くのが先か、否、フリップを見送ってからぼくも逝く、という覚悟。そういう気持ちがぼくの内面に厳然とある。

 ぼくがキング・クリムゾンの音楽と出会ったのは13歳と14歳の間のどこかだったと思う。13歳のぼくは友達の影響で、グランド・ファンク・レイルロードの「孤独の叫び」を買った。ぼくが買った初めてのロックのシングル・レコードだった。それからヒットチャートを聴くようになり、当時ヒットしていたELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)の「ナットロッカー(くるみ割り人形のこと)」が好きになった。それで、ELPの「トリロジー」というアルバムを買った。これがぼくが初めて買ったアルバムだった。ELPグレッグ・レイクに惹かれるあまり、ELPを結成する前にレイクが所属していたキング・クリムゾンに興味を持った。偶然、友人のお兄さん(高校生)が、クリムゾンのライブアルバム「アース・バウンド」を持っていて、それをカセットテープに録音させてもらい、収録されている「21世紀のスキッサイドマン」とか「船乗りの歌」にぞっこんになってしまった。それで、お金をためて、クリムゾンのデビューアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」を買ったんだ。最初は、「アース・バウンド」における「21世紀のスキッサイドマン」と演奏の違いに戸惑ったが、すぐに大好きなアルバムになった。「エピタフ」や「ムーンチャイルド」なども名曲だったからだ。

 それから、結局、活動休止までの7枚のアルバムを全部聴くことになった。すべてのアルバムがすばらしかった。

休止後は、フリップとブライアン・イーノの共作である「ノー・プッシーフッティング」とか、フリッパートロニクスのアルバム「レット・ザ・パワー・フォール」とかソロアルバムの「エクスポージャー」とか、パンクアルバム「リーグ・オブ・ジェントルメン」とか聴きながら、クリムゾンの活動再開を待っていた。

そして、1981年、待ちに待った新クリムゾンのアルバム「ディシプリン」が発表され、しかも!来日公演が行われたんだ。浅草で4日連続で公演を観た。本当に涙にむせんだ毎日だった。その日々のことは以前、こんなふうに書いた(もとはこれ)。

ぼくは、連続4日のクリムゾンのライブに行った。ライブはすばらしいものだった。アルバム「ディシプリン」と「ビート」の真ん中の期間で、名曲「ニール・アンド・ジャック・アンド・ミー」の初期バージョンの演奏がされ、もう涙がむせんだ。ぼくらは、ライブの前に浅草「藪そば」で酒を飲み、終わったあとは「神谷バー」で黒ビールと電気ブランを飲んだ4日間だった。

ああ、この頃も飲んでたね。笑。

フリップは、前から兆候はあったものの、このアルバム「ディシプリン」から、スティーブ・ライヒ流のミニマル・ミュージックに傾倒することになった。表題曲「ディシプリン」はギター2本がリフをユニゾンから徐々にずらしていく曲。高校生だったとき、友人が耳コピして、二人でアコギ2本でチャレンジした。1音ずつずれていくときは気持ちいいのだけど、相手のアルペジオに巻き込まれるともう終わり。大失敗となる。十数回のチャレンジで完璧に出来たときはものすごく嬉しかったものだ。ちなみに、日本のバンドで現在、この方法論を実践しているのは、Tricotだと思う(他にもいるのかもしれないけど)。

 ぼくは13歳か14歳からもう50年もクリムゾンを聴いている。これはすごいことだと思う。そんなバンドは他にはいない。「人生のバンド」とはまさにこのことだ。ぼくの人生の大部分は、クリムゾンとともにある。こんな奇跡的なことがほかにあるだろうか。