酔いどれ日記7

今日は、赤ワインを飲んでる。カオール。安いけど、なかなか美味しい。コスパで考えるとかなりいい。

今夜は、大学1年生の頃の一般教養の講義の話を書こうと思う。

一般教養の講義として何を履修したか、今となっては定かな記憶ではないが、東洋史、論理学、法学、近代経済学だったような気がする。どれも、大教室の講義で、どれもあんまり出席しなかった。教室に遅刻していくので、後ろのほうの席しか空いておらず、たいてい最後列に座った。

最後列なので、教員の視界には入らないだろう、ということで、ほとんど推理小説を読んでいた。それも、暇じゃないと読めないような大部の小説だった。四代奇書と呼ばれる推理小説を選んだ。中井英夫『虚無への供物』夢野久作ドグラ・マグラ小栗虫太郎黒死館殺人事件久生十蘭『魔都』だ。

これらの奇書は、浪人して予備校に通ってた頃に知った。予備校で親しくなった人がミステリー狂で、彼から推理雑誌幻影城を教えてもらった。当時の『幻影城』には、泡坂妻夫さん、連城三紀彦さん、竹本健治さんなどがデビューしており、新本格派というか変格派というか、そういうミステリーを知ることになった。彼から聞いて、四代奇書を知ったが、これらはみんな大作なので、浪人時代には封印し、「大学に合格したら読もう」と誓ったのだった。

だから、大学に入学して晴れて読み始めた。一般教養の講義の最後列で。

『虚無への供物』は、衝撃の超傑作だった。もう、講義が耳には入らないほどにのめりこんでしまい、帰宅してから一気に読んで、涙を流し、翌日は大学に行かなかった。翌日だけじゃなく、数日休んだかもしれない。

ハウ・ダニエットとしてもフー・ダニエットとしても優れているが、驚天動地なのは、ホワイ・ダニエットとしての推理小説だということだ。古今東西、こんな「動機」を考えついた推理作家がいただろうか。ここに来て、「虚無への供物」というタイトルの深い意味が飲み込めて感涙になる。

テレビドラマ『虚無への供物』も一応観たのだけど、深津絵里さんが主役をやっていてなかなかだったんだけど、ドラマ自体は原作を体現できてはいなかったと思う。まあ、やろうとしただけで立派だったとは言えるが。

調子にのって次に読んだのは、ドグラ・マグラだった。これもとんでもない小説であり、推理小説と呼べるのかどうかもわからない。この小説の真骨頂はやはり、「小説中小説」という仕掛けによって、「無限」を創出していることだろう。この点については、拙著『無限を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫で、ホルヘ・ルイス・ボルヘスアレフとともに論じているので、是非、読んでほしい。ボルヘスは、数学的な小説を多く書いた、というか、どの小説も数学的であることで有名な作家である。

黒死館殺人事件は、本当に物語の内容がわからなかった。講義中に読んでるから集中できなくてわからないのか?と思って、講義を休んで家で読んでみたが、相変わらず、さっぱりわからなかった。一文一文は意味が通るのだが、つなげると何を言っているのかさっぱりわからない。でも、それでも非常に魅力的で、結局、最後まで読んでしまった。小説の中では「意外な犯人」と主張されているのだが、何が意外なのか、理解できなかった。とは言え、この小説には悪魔的な魅力があり、四冊のうち、今もう一度読むとしたら、この黒死館殺人事件だろうと思う。いつか、再チャレンジするつもり。

『魔都』を最後に読んだのだけど、講談調の語り口調で、最も読みやすく、最もわかりやすく、ものすごく上手な小説であるが、四冊の中では最もインパクトが薄かった。

 一般教養の講義で最も思い出深かったのは、東洋史だった。左翼系の東洋史家の先生で、話がすごく巧かった。余談も多く、興味深い内容だった。ひとつ覚えているのは、「革命前の中国がいかに貧富の差がひどかったか」という話だった。庶民にとって塩が稀少財だったため、鍋のスープを全部飲まず、乾かして塩を抽出して再利用している一方、王は、好きな時間に命じて、好きな料理をいくらでも即座に作らせることができたという。「そんな貧富の差があれば革命が起きるのは当然だ」と先生は断じた。

ところが、何回か休んでいるうちに、なぜか途中で教室変更になり、久しぶりに行ったら教室はがらんどうだった。トンチキなぼくは、変更先の教室を発見するすべがなく、結局そのあと一度も出席しなかった。

 期末テストになったとき、ほとんど諦念の気持ちで教室に入った。驚いたことに教室には先生の姿はなく、すべての席に問題用紙が一枚ずつ置かれていた。空いている席について、問題文を見ると、「あなたとアジアについて、その関わりについて書きなさい」とだけあった。問題文を読んでぼくは「どうしたものか」と思案に暮れた。「あなたとアジア」というテーマに、ある種の書くべき指針を先生は講義中に示したのかもしれない。だとすれば、休み続けたぼくには何も書けない。どうしよう。

でもぼくは、どうせ受験に来たのだから、ダメ元で何か書いて行こうと考えた。

 ぼくとアジアの関わり??ぼくは回顧をめぐらせた。正直に書くとすれば、それは在日の人々との関係になるだろう。ぼくが少年時代を過ごした地域には、在日韓国人の人々や在日北朝鮮の人々がかなりいた。だから、友達にも少なくなかったし、睨みをきかせて敵対してくる近所の子供もいた。ぼくにとって、在日の人々は日常的な存在であり、子供ながらに何かを感じざるを得ない存在でもあった。

ぼくは、解答用紙に、そんな前置きを書いた上で、丸山薫の詩を引用することにした。その題名も「朝鮮」という名の詩だった。

それはこんな詩だ。姫が魔物に追われて逃げている。彼女が逃げながら、櫛を投げるとそれが山になって魔物を遮る。魔物は乗り越えて追ってくるので、今度は巾着を投げる。巾着は池に変わり、魔物の邪魔をする。けれど魔物は苦も無く乗り越える。それで、姫は靴を投げる。こんなふうに姫は身につけているものを次々に投げていく。ぼくは、この姫の姿が朝鮮の姿だ、と答案に書いた。

ぼくは書きたいことを正面から書いたけれど、単位を取るのは諦めていた。でも、意外にも、合格して単位をいただいた。しかも、最優秀のAという成績だった。なんとも言えずこそばゆい気持ちになった。

もちろん、その先生がどの答案も読まず、全員にAを付けた可能性も否めない。なぜなら、翌年にその講義をとった友人が、「`仏'だと聞いたから履修したのに、たくさんのD(不合格、学生はドラと呼んでいた)を出し、撃墜された」と言ってたからだ。その年は定年で退官する最後の年だったから、置き土産のつもりだったのだろう。とすれば、単にぼくにはツキがあっただけなのかもしれない。