酔いどれ日記23

今夜はブルゴーニュピノノワールを飲んでる。LA Mountonniereというの。高価じゃないけど、なかなかの味わいだ。

今回はまず、最近ハマっているライブ映像について話そう。

それは、ずとまよ(ずっと真夜中でいいのに)のライブ・ブルーレイ「鷹は飢えても踊り忘れず」だ。これは、ずとまよが今年の4月に埼玉スーパーアリーナで2日間行ったライブを2枚のブルーレイに収めたもの。

いやあ、このライブはいろいろな面であまりにすごい。まず、舞台のセットがとんでもない美術だ。いつものようにボーカルのACAねさんの顔が見えない演出になっているけど、美術のすごさでそれが気にならない。しかもだ!なんと2日目は1日目とは舞台美術が変わっており、百年経過した、と言う体になっている。スタッフさんは一晩で設営したわけだから大変だったろう。

次にのけぞるは、サポートミュージシャンの豊富さ(大所帯)だ。ストリングスが入っているのは前のライブでもそうだったが、今回はホーン隊も投入されている。それも驚きなんだけど、もっと驚くのはツイン・ドラムであること!「ずとまよ、ついにやっちまったか」となった。もうこれは、ザッパというよりキング・クリムゾンだね。まあ、現在のクリムゾンはトリプル・ドラムだから、ACAねさん、つぎは3器でお願い。

さらに挙げたいのは、レトロなアイテムを使っていること。例えば、舞台に公衆電話ボックスがあって、しかも電話はダイヤル式だ。ACAねさんは途中で、この電話ボックスに入って、ダイヤルをまわして、受話器をもって歌うんだわ。すごすぎる。彼女はレトロなものがとても好きで、別のライブではオープンリールのレコーダーを使って演奏したりしてる。もしかすると、今の20代は70年代ぐらいのレトロに「幻想の郷愁」を抱いているのかもしれない。

ぼくが最も感動したのは、2日目のオープニングの曲で、ACAねさんが泣き崩れて歌えなくなってしまったシーン。ボーカリストが泣き崩れるのはさ、普通は、「初めての武道館公演の最終日のアンコール曲」なんすよ。YUIしかり、Aimerしかり、YOASOBIのイクラさんしかり。でも、ACAねさんは埼玉スーパーアリーナであることはさておき、オープニング曲だからね。まあ、どうしてそうなったかは、ブルーレイを買って知ってね。裏音声でACAねさんが理由をしゃべってるから。

 と、ここで終わっては、このブログらしくないので、(とってつけたように)経済学の本を一冊紹介しておく。それは津川友介『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』医学書だ。

著者の津川さんは医学部を卒業した医師で、その後、ハーバードで「医療政策学」を研究して博士号を得た人だ。医学と経済学の両方に通じている。

ぼくがこの本を読もうと思ったのは、言うまでもなく宇沢先生の「社会的共通資本の理論」を研究しているからに他ならない。医療は、宇沢先生が「制度資本」と呼ぶ非常に重要な社会的共通資本だ。

医療政策とか医療経済の本はあまり読んだことがないんだけど、ぼくが読んだ範囲では、感心できた本は一冊もなかった。だいたいが、細かい制度調査の羅列みたいな本で、科学的でも経済学的でもなかった。高校の社会科の教科書のように退屈極まりないしろものだった。でもこの本は本当にすばらしい内容だ。この本の特徴を箇条書きにすると、

1. 比較的新しい経済理論を使って医療を分析している。

2. 科学的エビデンスをきちんと提出し、出所も明記している。

3. 非常に多くの分野からのアプローチを導入している。

4.無駄に読解しにくい経済モデルなんかを書かず、非常にわかりやすく言葉で説明している。

という感じだ。

まず、1については、例えば、「情報の非対称性」という経済理論におけるモラル・ハザードとか逆選択から説明したり、契約理論におけるプリンシパル・エージェントモデルを援用したりしている。

2については、第1章:医療経済学、第2章:統計学、第3章:政治学、第4章:決断科学、第5章:医療経営学、第6章:医療倫理学、第7章:医療社会学、第8章:オバマケアからトランプケアへ、といった多彩ぶりだ。とくに、第6章でロールズが出てくるのは感涙ものだった。

3については、さまざまな統計データや実験結果がきちんとした評価の上で解説されている。例えば、医療需要の価格弾力性(医療の自己負担が1%増えると、医療の利用が何%減るか)の測定とか、実証研究で流行りの回帰不連続デザインとか。

ぼくは先日の京大での社会的共通資本の理論シンポジウムで、この本からの引用を行った。それは、医療というのを財・サービスと見なしたとき、通常の財・サービスとどう違うか、という点の説明だ。例えば、「病気の多くは予測不能なので、じっくり考えて、周りの人に相談して、慎重に病院を選択することができない」とか、「痛みや呼吸苦があると、冷静な判断ができない」とか、「時間的猶予がないから、遠くの病院を選択できない」とか。これらの特徴を考えて、この財・サービスがチョコレートやハンバーガーやスポーツジムのような財・サービスと同じものだと考える人はいないだろう。医療は、このように他の財・サービスと大きく性質が異なるから制度資本に分類されるのである。

ぼくが本書で最も感動し、共鳴したのは、最後のオバマ・ケアに関する章だ。ここでは、オバマ氏が大統領時代に行ったオバマ・ケア(医療保険制度の整備)とそれを崩そうとするトランプ前大統領のバトルのことをつぶさに分析している。法制度上のバトルである。トランプ氏は、上院で50票を集めることで「財政調整」というものを実行して、オバマケアを実質的に撤廃させようとした。しかし、それは可決されずに失敗に終わったのだ。なぜなら、2名の共和党員が造反して反対票を投じたからだ。そのうち一人は、2週間前に脳腫瘍の手術を受けたばかりの重鎮議員だった。この点だけでも、医療というものが他の財・サービスと決定的に異なる性質のものであることが実感できる。そして、「結局は政治がすべてなんだ」ということも、(経済学者としてむなしく)痛感する。

 最後に、我が教科書を販促するね。単に、タイトルの枕ことばが同じというだけ(笑い)。