至るところ微分不可能殺人事件

 坂口安吾の傑作推理小説に『不連続殺人事件』というのがある。
これは、たぶん、「連続殺人事件」という用語をもじったものなんだと思う。
推理小説としては、パロディではぜんぜんなく、非常にタイトな正統派のミステリーであり、
トリックも秀逸だから、未読なら大お勧めだ。
さすが、天才安吾である。


 でも、この「連続」→「不連続」というイノベーションを眺めるにつけ、
ついつい数学関係者として、ちゃちゃを入れたくなってしまう。
とりわけ、ぼくは、「大学への数学」という雑誌で、「数学パロディシアター」
というのを20年にわたって単発的に書いてきているほどのパロディ好きである。
最新作は、昨年の、「デルノート」というやつで、これは
「ノートに問題を書くと、それがそのまま入試に出る」
という死に神からもらったノートを使って合格を勝ち取ろうと
する受験生・天神頼(あまがみライ)と、それを阻止しようとする
謎のスイーツ好き天才少年エルレの死闘を描いたもので、
読者にとっても好評だったそうだ。


そんなパロディシャンの血が騒いで、
「至るところ微分不可能殺人事件」
というのを考えてみた。
こういうギャグに解説を入れるのは無粋なのだが、一応、入れてみると、
「至るところ微分不可能」というのは、連続(切れ目がない)曲線であるにも
かかわらず、ほとんどの部分に滑らかさ(微分可能性)がなく、いってみれば、
そこいらじゅうがカクカクと曲がってるとっても不思議な曲線のことだ。
歴史的には、ペアノ曲線とか高木関数とか、それから現在メジャーなもの
では、幾何ブラウン運動の軌跡などがそれにあたる。関係性でいうと、
「連続」→「至るところ微分不可能」→「不連続」
という感じになる。


この話を以前某所で書いたら、田崎さんが、
「高々加算個の点を除いて連続殺人事件」
という通好みのバージョンを考えてくれた。


もっとマニア向けには、
ディラックのδ殺人事件」
なんてのもありかもしれない。


というわけで、新年早々、おばかなネタであった。


追記:
 ちょっと考えてみて、「至るところ微分不可能殺人事件」の前段階として、

「一様連続殺人事件」

もありだったなあ、と思った。

もっと変態向けとしては、

「絶対連続殺人事件」

もある。(ここまで来ると病に近い)