医療ベース資本主義

 前々回前回に続いて、新著の宣伝をしよう。新著は、『シン・経済学~貧困、格差および孤立の一般理論』帝京新書だ。この本では、貧困と格差と孤立を解決(ないし、緩和)する経済政策として、宇沢弘文先生の「社会的共通資本の理論」を推奨することに主眼がある。

 

 

社会的共通資本とは、宇沢先生の言葉を借りれば、

市民一人一人が人間的尊厳をまもり、魂の自立をはかり、市民的自由が最大限に保たれるような生活を営むために重要な役割を果たす財や社会的装置

というものだ。宇沢先生の分類では、自然環境を表す「自然資本」、道路・下水道・湾岸などの社会インフラを表す「社会資本」、医療・教育などの「制度資本」となる。ぼくは、現在では、AIなどを表す「知的資本」を加えるべきだと考えている。前回は「自然資本」について簡単に解説したので、今回は「制度資本」について解説したい。

宇沢先生が制度資本として強調したのは、前述の「医療」と「教育」だった。そして、ぼくも全くその通りだと思っている。なぜなら、これらは通常の経済理論の枠組みから大きくはみ出す社会的存在だからだ。

まず、「教育」について語ろう。教育についての経済理論はいろいろある。出発点にあたるのは、「人的資本理論」というやつ。これは、人が高等教育を受ける意味は、自己の生産性を上昇させ生涯収益を上げるためだ、というもの。しかし、これはちょっと考えてみただけでも無理がある。大学教育が生産性を上昇させるものばかりだとは到底考えられない。そこで出てきたのが、「シグナリング理論」というものだ。これはスペンスという経済学者がゲーム理論の枠組みから提供した理論。要するに、学歴は就業希望者が企業に与える「シグナル」であり、別に直接的な生産性と密接に関係しなくてもかまわない、とするものだ。少なくとも日本の大学教育の現状を鑑みればある程度の妥当性は受け取れる。拙著では、これ以外に、ボウルス&ギンタスによる「対応原理」とか、デューイの「リベラル派教育論」とかを紹介している。でも、ぼくが拙著で強調したかったのは、「教育の自己言及性」という性質なのだ。これは一言で言えば、「教育の真の価値を知るには教育が必要だ」ということである。詳しくは拙著を読みといてくだされ。

それよりなにより、ぼくが社会的共通資本の中心テーマとして打ち出したかったのは、「医療」である。経済学には「医療経済学」という分野があることはあるのだけど、ぼくはその到達段階にあまり納得できていない。そもそも、人間の苦痛や生命にかかわる医療を、通常の新古典派理論(市場経済)で扱うのはあまりに無理があると思っている。むしろ、医療を出発点にして、経済制度を考え直すべきではないか、と思っている。それが、拙著で打ち出した「医療ベース資本主義」なのである。宇沢先生が常々主張していた「医を経済に合わせるのではなく、経済を医に合わせるべきである」という思想の言い換えだ。

経済政策のターゲットを「GDP」から「健康寿命」に変更すれば、日本もまんざら捨てたものではない、という結論を導ける。このところ、日本の一人当たりGDPは世界ランキングの30位以下に落ちてしまったが、平均寿命は世界ナンバーワンである。「医療ベース資本主義」の立場からは、日本は世界に誇れる国だと言えるのだ。医療についての分析については、細かいことは拙著で読んでほしい。

 以上のように、「教育」とか「医療」とかを経済分析の中心に据えるならば、現在の経済学の定番的なアプローチははなはだ力不足だと言わざる得ない。なぜなら、「教育」や「医療」は、人間の尊厳や基本的人権というものに抵触するものだから、「価格を付けた市場取引」という観点だけでは全く掌握しきれないからだ。逆に、「教育」や「医療」を正当に分析し得る経済学が完成させられれば、それこそが経済学が物理学と肩を並べる「科学」の座を獲得しうる瞬間なんだと思う。

 これらについてのもっと詳しい議論は、拙著『シン・経済学~貧困、格差および孤立の一般理論』で読んでいただきたいが、ぼく自身のレクチャーを聴いてみたいのであれば、ちょうど良い講座があるので紹介しておこう。それは、「早稲田大学エクステンションセンター」が提供する市民向けの教養講座だ。ぼくはここで、2月にレクチャーをすることになっている。リンクをはっておく。

宇沢弘文の社会的共通資本を考える | 小島 寛之 | [公開講座] 早稲田大学エクステンションセンター

レクチャー内容の要約は以下である。

宇沢弘文は日本を代表する経済学者で、ノーベル経済学賞に最も近いと言われていました。主流派の経済学で多くの業績をあげたあと、制度学派という分野において独自の「社会的共通資本の理論」を提唱しました。「社会的共通資本の理論」とは、一言で言うなら「カネよりモノ」という発想です。自然環境、社会インフラ、教育、医療など公共のものを中心に、社会を管理・運営する理論なのです。この理論を通じて、市民が豊かで幸せに暮らせる安定した社会とは何であるかを考えます。