値段のないもの価値
いよいよ、ぼくの新著『シン・経済学~貧困、格差および孤立の一般理論』帝京新書が書店に並び、アマゾンにも入荷されたので、満を持して販促することにしよう。
その前に、ショックだったことをひとつ。それは、チバユウスケさんが亡くなったこと。彼の音楽のすごいファンだっただけに、早すぎる死には衝撃を受けた。
チバユウスケさんのライブを観たことは少なくて、たったの3回だった。1回はミッシェルで、1回はロッソで、1回はバースディで。どれもバンド初期のライブだった。
ミッシェル・ガン・エレファントを観たのは、「世界の終わり」でメジャー・デビューした直後だったと思う。客席は若い女の子でいっぱいで、みんなキャーキャー騒いでいた。そしたら、ステージからチバさんが「うるせ~」って怒鳴ったのが印象的だった。あまりにかっこよかった。
ロッソを観たときは、もっと鮮烈だった。ぼくとつれあいは、マーズ・ボルタというアメリカのプログレバンドを観るためにライブハウスに行った。そのとき、前座で、知らないバンド「ロッソ」が演奏した。スリーピースのバンドで、ステージに出てくると、なんの挨拶もなく、突然演奏を始めた。「態度悪いな」と思ったが、その直後、音楽に引き込まれた。名曲「シャロン」を演ったからだ。「このかっこいい曲は、いったいなんだ!」とぼくは目を丸くした。すると、つれあいが「あれって、チバユウスケじゃない?」ともう気が気じゃない様子で言った。そう、チバユウスケの新しいバンドのお披露目ライブだったのだ。彼らは3曲ぐらい演奏すると、挨拶も感謝も、そしてマーズ・ボルタへの賛辞もなく、帰っていった。ぼくとつれあいは、あまりのことにびっくりして、メインのマーズ・ボルタの演奏はほとんど記憶に残らなかった。
チバユウスケさんは、バンドを変えるごとに、新しい音楽にチャレンジする才能ある人だった。その死は、あまりに大きな損失だと思う。
さて、拙著の紹介をしよう。
この本は、バブル崩壊後の日本経済の低迷と、それに起因する貧困・格差に対し、その原因を小野善康さんの不況理論から説明し、解決策として宇沢弘文先生の社会的共通資本の理論を推奨するものだ。
さらには、経済学を現実を説明できる理論に進化させるための方策として、熱力学を模倣すべきだと提案している。
今回はこの本の第5章「値段のないものの価値」の内容について、多少の紹介をしたいと思う。
ぼくは、京都大学の寄付講座「人と社会の未来研究院・社会的共通資本の未来」のレクチャーに招待してもらって、宇沢先生の「自動車の社会的費用」について解説したり、さらに先生の「地球温暖化に関する炭素税」のアプローチをレクチャーしたりしている。そうしているうちに、気がついたのは、宇沢先生が「帰属価格」という経済概念を多用していることだった。このことはこれまであまり意識したことがなかった。
「帰属価格」というのは、一言で言えば、「値段のないものの価値を測る」数学的な技術のこと。宇沢先生の説明によれば、メンガーが導入した概念らしい。メンガーは19世紀末の経済学者で、「限界革命」の立役者の一人だ(他の二人は、ワルラスとジェボンズ)。
とは言っても、数学的にはもっと以前から使われていたもので、いわゆる「ラグランジュ乗数」というものに他ならない。ただし、数学でラグランジュ乗数法を習った人でも、それが「帰属価格」という経済概念であることを知っている人は少ないと思う。ラグランジュ乗数法とは、制約付き極値問題を解くために使われる便法だ。例えば、の制約の下で、関数の極値を求めたいときは、をに関する微分がすべて0となるようにすればいい。このがラグランジュ乗数。そして、経済学では帰属価格にあたるというわけなのだ。
大事なことは、パラメーターを限界的に1だけ緩めると、最適化されたにはだけ跳ね返ることになる、ということ。つまり、は「制約が影に備えている価格もどき」だということになる。したがって、これを経済的な最適化の中で用いれば、「制約が秘めている価値を効用水準で計測する」というような使い方(あるいは解釈)ができる。詳しい数学的な解説は、以前のエントリー、
ラグランジュ乗数と帰属価格 - hiroyukikojima’s blog
を読んでほしい。
ラグランジュ乗数について、たしか、経済学部の大学院のミクロ経済学で教わったけど、それが帰属価格というものであることは、明示的には教わらなかったと思う。しかも、かなり広範に用いられている技術である、ということは宇沢先生の論文を読むようになって初めて意識したことだった。
帰属価格について意識するようになって、宇沢先生の「自動車の社会的費用」が、帰属価格の概念から発想されたのではないか、と思うようになった。宇沢先生は、自動車の社会的費用を1台あたり200万円という、とんでもない値に算出したのだけど、これが帰属価格だと理解すれば、そんなに驚くべき数値ではないと思えるようになった。(詳しいことは拙著を読んでくれたまえ)。
そうしてみると、ラムゼーの最適成長理論も、小野さんの長期不況動学も、宇沢先生の最適炭素税も、すべて帰属価格から解釈できることがわかった。これは、大学院を出てずいぶん経過した今頃になって到達した境地である。(特定の研究分野の人にはあまりにあたり前のことかもしれないが)。
そんなわけで、この第5章では、帰属価格を中心に据えて、自動車の社会的費用、最適成長理論、長期不況理論、最適炭素税を解説している。知らなかった人には、有益な知識になると思うので、是非読んでほしい。