久しぶりにWebRonzaに投稿しました。

久しぶりにWebRonzaに記事を投稿した。テーマは、

「デジタルvs紙~どういう学習ツールが優れているのか?」↓

デジタルvs紙~どういう学習ツールが優れているのか? - 小島寛之|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

東京大学大学院総合文化研究所とNTTデータ経営研究所の共同研究の他、情報学研究所の新井紀子教授の主張と、東大経済学部の松井彰彦教授の主張とを紹介している。

全文読むには、購読者になる必要があるけど、興味ある人は是非読んでおくなまし。

 

 

 

 

剰余定理には、行列バージョンがあったんだ!

 年末ぐらいからNetflixにはまり、けっこうドラマを観ちゃっている。

 まずは、「クイーンズ・ギャンビット」。これはすごかった。あまりに傑作だった。なんと、全7話を三巡も観てしまった(笑)。

 物語は、親を失い、施設で暮らす女の子が、施設の清掃員のおじさんにチェスを教わり、チェスの天才へと成長していく、というもの。たぶん、現実に世界チャンピオンになったボビー・フィッシャーを女子に置き換えたんだと思うのだけど、シナリオがあまりによくできている。チェスの詳しい内容には踏み込まず、その代わり、アメリカ社会のいろいろな側面を投入した、みごとな青春ストーリーになっている。

 そして、最近観たのは、実写版「アカギ」。これは、アカギと鷲巣との伝説の一夜の闘いを完全に描いたもの。本郷くんのアカギもさることながら、津川さんの鷲巣がすばらしかった。マンガを読んだときは、次が知りたくて、ついつい手替わりとかおろそかにしてしまったけれど、このドラマではきちんと説明がなされるのでマンガよりわかりやすかった。

 もう一つ観たのは、実写版「咲」のドラマ4話と映画。以前は全く興味がなかったんだけど、最近、浜辺美波ちゃんの良さに目覚め、美波ちゃん目当てでこのドラマを観た。麻雀の内容もおもしろいが、とにかく当時、16歳ぐらいだった美波ちゃんの美少女ぶりがすばらしい。

 さて、これで終わったら「阿呆か」ってなってしまうので、数学のこともちょっと書こう。

 実は今、線形代数の復習をしている。なんで今頃、線形代数か。実はある疑問に肉薄したいからなんだけど、それは最後に書くことにして、今何を復習しているのかを述べる。それは、「ジョルダン標準形」なのだ。

 ぼくは、『ゼロから学ぶ線形代数講談社という本を刊行していて、けっこうロングセラーになっている。そんなのに「ジョルダン標準形」を知らないんかい、という突っ込みが来そうだが、そりゃ、知ってるさ。この本を書くときに、ちゃんと理解した。でも、その時の理解では、今肉薄したいぼくの疑問には届かないのだ。当時の理解は、草場公邦『線型代数』朝倉書房から得たものだったような気がする。これは、草場先生の本の特徴である、ものすごい明解な解説がみなぎっている。でも、今回の疑問に際して、読み直してみて、「なんか求めているものと違うな」という感触になったのだ。草場先生の本には、わかりやすく簡潔な証明が投入されているんだけど、言ってみれば「予備校の先生がやる別解名人芸」みたいなもので、「数学の深淵」とはちょっとズレている感じもするのである。

 そこで、今回は、杉浦光夫『Jordan標準形と単因子論』岩波書店を読むことにしたのだ。ぼくの疑問へのヒントがここにある予感がしたからだ。そして、この本を読んでよかったと思う。「行列の対角化」と「行列のジョルダン標準形」について、実に「深淵な」解説を展開している。

 今回は、その中から、「剰余定理の行列バージョン」を引用することにする。

「剰余定理」というのは、高校2年ぐらいで教わる多項式についての定理だ。多項式f(x)と1次多項式(x-\alpha)(\alphaは数)に関して、f(x)=(x-\alpha)Q(x)+Rを満たす多項式Q(x)と数Rが存在し、数R多項式f(x)x=\alphaを代入したf(\alpha)になる、というもの。この定理によって、「因数定理」とよばれる「f(\alpha)=0f(x)=(x-\alpha)Q(x)」が導かれる。この定理を行列に拡張したバージョンが存在したのである。有名なのかもしれないが、恥ずかしながら今の今まで知らず、杉浦先生の本で初めて知った。

 行列バージョンは次のように表現される。

tを変数とし、n次正方行列P_jたちを係数とする多項式P(t)=P_mt^m+P_{m-1}t^{m-1}+\dots+P_0がある。このとき、n次正方行列Aとn次単位行列Iに対して、P(t)=(tI-A)G(t)+Rを満たすn次正方行列G(t)Rが存在する。そして、R=A^mP_j+A^{m-1}P_{j-1}+\dots+P_0となる。

このRは、行列係数の多項式P(t)の変数tに行列Aを代入したものだから(ただし、積の順序に注意)、まさに「剰余定理」と同じことを主張している。この定理の証明は、P(t)の次数に関する数学的帰納法で出来て、とても簡単なのだ。

 この定理の系として、「行列版・因数定理」も得られる。すなわち、多項式g(t)とn次正方行列Aに関して、

g(A)=O⇔「g(t)I=(tI-A)G(t)となるG(t)が存在」

という定理だ。この定理は、意外な定理の証明に利用できる。それは、あの有名な「ハミルトン=ケーリーの定理」である。この定理は、高校数学に行列と1次変換があった我々の時代には、生意気な受験生なら知っていた定理である。

「ハミルトン=ケーリーの定理」とは、

「n次正方行列Aとその固有多項式\Phi(t)=det(tI-A)に関して\Phi(A)=0となる」

というもの。(ちなみに、det(AI-A)=0は間違った証明、ということがwikipediaに書いてあるので、参照するように)。

 この「ハミルトン=ケーリーの定理」は「行列版・因数定理」によって次のように鮮やかに証明できる。tA-Iの余因子行列をG(t)としよう(行列Aの余因子行列\tilde{A}とは、detA\neq0のとき、1/detAを掛けると逆行列になる行列のことで、一般には、A\tilde{A}=(detA)Iを満たす)。すると、(tA-I)G(t)=(det(tI-A))I=\Phi(t)Iが成り立つ。したがって、「行列版・因数定理」から\Phi(A)=0となる。

草場先生の本には、もっとダイレクトな「ハミルトン=ケーリーの定理」の証明が紹介されているが、たぶん、本質的にはこれと同じ仕組みだと思う。そして、ぼくは杉浦版の証明のほうが好みだ。なぜなら、「剰余定理」「因数定理」という高校数学で馴染みの定理の発展形が成り立つことが本質だと教えてくれていて、「一貫した哲学」が感じられるからだ。

 さて、最後に、なんでぼくが今頃、「ジョルダン標準形」を勉強したくなったかを簡単に述べておこう。それは、「多項式因数分解における分岐」というのが、行列の基本形とか、対応する空間(一般固有空間)の性質を映し出す、というのがめっちゃ不思議だからなのだ。実際、n次正方行列Aの固有多項式\Phi(t)=det(tI-A)が、\Phi(t)=(t-\alpha_1)^{m_1}(t-\alpha_2)^{m_2}\dots(t-\alpha_r)^{m_r}

と素因子分解されるとき、指数m_kAの一般固有空間の次元となる。ただし、これだと、固有空間(Aが対角化できる)の場合と、一般固有空間(Aがべき零成分を持つ)の場合とが区別がつかず、それを分類するには最小多項式m(t)(Aを代入して零行列になる最小次数の多項式)を調べる必要がある。最小多項式m(t)は、固有多項式\Phi(t)を割り切り、しかも固有多項式の根はすべて根として持っていることが示される。これらを分析すると、Aが対角化できるのは最小多項式m(t)が分岐しない場合(単根の場合)だと判明する。

 このように、「対角化」と「多項式の分岐」と「固有空間」とが魔法の鏡のように互いを映し合っている。なんかワクワクする世界感である。実は数論を勉強してみると、似たような場面に遭遇する。代数体における素数の素イデアル分解に、分岐の性質(因子の素イデアルの指数が2以上)が現れ、どうも多項式や特殊な空間と関係があるようなのである。こういうこととの関係性を知りたくて、久しぶりにジョルダン標準形を新しい観点(単因子という観点)から理解したくなったのだ。

本文中に出てきた本は以下。(杉浦先生の本はアマゾンに見つからなかった)。

線型代数 (すうがくぶっくす)

線型代数 (すうがくぶっくす)

  • 作者:草場 公邦
  • 発売日: 1988/10/01
  • メディア: 単行本
 
ゼロから学ぶ線形代数

ゼロから学ぶ線形代数

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2002/05/10
  • メディア: 単行本
 

 草場先生の本は、ぼくの知りたい「哲学」には答えてくれないけど、達人のようにエレガントな解説をしている。ぼくの線形代数の本は、対角化については一般論を書いていないけど、「固有値が物理学的にどんな意味を持っているか」について、簡明な解説をしているので、役に立つと思う。是非読んでみて。

 

 

 

パワフルで不思議なテータ関数

また、ひと月ほど間が空いてしまった。最近では、いまどき音楽好きおじさんの例に漏れず、夜好性のミュージシャンにはまっている。ぼくのはまった順は

ヨルシカ⇒YOASOBI⇒ずとまよ(←いまここ)

である。ヨルシカについては、

ネコの物語が、こよなく好きだ - hiroyukikojima’s blog

で熱烈に語っている。

夜好性はどのバンドも、斬新な歌詞と楽曲と、女性ボーカルの声質に特徴がある。今、集中的に聴いているユニット「ずっと真夜中でいいのに。」は、歌詞も楽曲も斬新で、直後の展開が予想できないような進行をする。楽器の演奏もバカテクだ(King Gnuに負けず劣らず)。また、独特な声質の女性ボーカルの、高音部と低音部の使い分けが絶品で、癖になって何度でもリピートしてしまう。いやあ、こういう斬新な音楽に出会えるのは、長生きしているご褒美だと思う。

 さて、今回は、「ヤコビのテータ関数」について語ろうと思う。

「ヤコビのテータ関数」は、ネピア定数eのべき乗を無限個足してつくられる関数。これを勉強したのは、二つのきっかけからだ。

第一は、今、素数についての啓蒙書を書いているから。ぼくは以前に、『世界は素数でできている』角川新書を上梓しているが、今書いている素数本は、横組みでもっと詳しい内容のものだ。

その本には、素数と言えばお決まりの「リーマン・ゼータ関数」が登場するが、テータ関数とリーマン・ゼータ関数には深い関係があるから、勉強をしたのだ。リーマン・ゼータ関数には「関数等式」という美しい等式があるのだが(あとで解説する)、その証明にテータ関数が利用されるからである。

一方、関数等式の勉強をしながら、「そういえば、テータ関数は、4平方定理の証明に使われたよな」と思い出したのが第二のきっかけである。「4平方定理」とは、「すべての自然数は、高々4個の平方数の和で表わされる」というフェルマーの発見した定理だ。0も平方数に含めれば、「すべての自然数は4個の平方数の和である」と言い換えてもいい。

 ぼくは、だいぶ前に出版した『世界は2乗でできている』講談社ブルーバックスの中で、「4平方定理」の証明方針を3通り紹介した。第一はラグランジュの証明で、「無限降下法」を使う初等的なものだ(初等的ではあるが、めっちゃアクロバットではある)。第二は、「p進数に関するハッセ原理」を使うもの。そして第三が、この「ヤコビのテータ関数」を使うものである。以下を参照のこと。

ステキな4平方数定理 - hiroyukikojima’s blog

しかし、この本を書いたときは、テータ関数を使う証明だけは、あまり深堀せずに、表面的になぞっただけだった。今回は、もうちょっと詳しくその証明を理解しようと思い立って、次の数論の本で勉強した次第である(とは言ってもまるまる厳密に理解したわけではない)。

数論II 岩澤理論と保型形式 (岩波オンデマンドブックス)

数論II 岩澤理論と保型形式 (岩波オンデマンドブックス)

 

 ぼくは、このように、一つの数学ツール(関数や公式)が、全く別分野に見える複数の分野に応用できるとき、とてもほれぼれしてしまう。例えば、メビウス変換は数論にもゲーム理論にも応用される。あるいは、母関数は数論にも統計学にも登場する。同じように、テータ関数も「関数等式」と「4平方定理」とに登場するから、感動してしまう。

 ヤコビのテータ関数とは、zを変数とする関数で、eの指数を、(整数の平方)×\pi iとして、それを全整数について足し合わせたものだ(\pi は円周率、i虚数単位)。すなわち、

\vartheta(z)=\cdots+e^{(-2)^2\pi i z}++e^{ (-1)^2\pi iz}+1+e^{1^2\pi i z}+e^{2^2\pi i z}+\cdots(=\Sigma_{n=-\infty}^{\infty}e^{n^2\pi i z})

 この関数は、q=e^{2\pi i z}と置いて、qの無限次の多項式として書くことが多い。それは、

\vartheta(z)=\cdots+q^{(-2)^2/2}+q^{(-1)^2/2}+1+q^{1^2/2}+q^{2^2/2}+\cdots(=\Sigma_{n=-\infty}^{\infty}q^{n^2/2})

 という形式だ。ヤコビはこの関数を使って、母関数の手法で「4平方定理」を証明したのである。やり方はこうだ。

 テータ関数の4乗、つまり、\vartheta(z)^4を考えよう。これは多項式としては、\vartheta(z)を4個掛け算し、それを展開したものだから、

q^{n_1^2/2}q^{n_2^2/2}q^{n_3^2/2}q^{n_4^2/2}=q^{(n_1^2+n_2^2+n_3^2+n_4^2)/2}

という項たちの和となっている。したがって、\vartheta(z)^4多項式表現に、q^{m/2}の項が現れるならば(係数が0でないならば)、mn_1^2+n_2^2+n_3^2+n_4^2というふうに、4個の平方数の和で表わされることがわかる。しかも、q^{m/2}の項の係数は、「4個の平方数の和として何通りに現されるか(ただし、n_jが負の場合もカウントする)」までわかることになる。

ヤコビが証明したのは、次のことだそうだ。

q^{m/2}の項の係数=8×(mの約数で4で割り切れないものの総和)」

mの約数で4で割り切れないものとして、少なくとも1が存在することから、

q^{m/2}の項の係数≧8

が得られ、4平方定理が証明される次第だ。

例えば、m=2については、(\pm1,\pm1,0, 0)で4通り、これの\pm1の位置を変えたものを考えれば、4×6=24通りの表現がある。一方、8×(2の約数で4で割り切れないものの総和)=8×(1+2)=24だから、確かに一致している。

このヤコビの公式を証明するために、上記の本では、(ヤコビの方法ではなく)、デデキントゼータ関数(有理数虚数単位iを付加した2次体のゼータ関数)とラマヌジャンが1916年に編み出した計算法を用いている。簡潔に書いているが、相当に複雑な計算となっている。さすがラマヌジャン

 もう一つの応用である「リーマン・ゼータ関数の関数等式」のほうに話を移そう。

リーマン・ゼータ関数とは、ご存知のように、自然数s乗の逆数を総和したものである。

\zeta(s)=\dfrac{1}{1^s}+\dfrac{1}{2^s}+\dfrac{1}{3^s}+\dots

 この関数は、オイラーが研究して、リーマンが複素数全体に拡張したものだ。この関数は、負の偶数全部を零点として持っているので、邪魔なそれらを消すために、\pi^{-s/2}\Gamma(s/2)を掛ける。すると、「完備ゼータ関数\hat{\zeta}(s)になる。これを使って、関数等式を表現すると、

\hat{\zeta}(s)=\hat{\zeta}(1-s)

となる。これは、完備ゼータ関数の値が、s1-sで一致することを述べている。例えば、\hat{\zeta}(2)=\hat{\zeta}(-1)のようになる。s1-sとは、1/2から反対側で等距離にあるから、「s=1/2に関する対称性」を表していると言える。未解決の難問「リーマン予想」は、\hat{\zeta}(s)=0となる零点sがすべて実部が1/2となる(\frac{1}{2}+b iという複素数)、という予想だ。もしも、実部が1/2でない零点があると、1/2に関する対称点も零点だから、2個ずつ零点が増える。関数等式は、「リーマン予想」の秘密の一端を担っている予感がある。

さて、関数等式の証明を次の2冊から要約しよう。

リーマンと数論 (リーマンの生きる数学)

リーマンと数論 (リーマンの生きる数学)

 
素数とゼータ関数 (共立講座 数学の輝き)

素数とゼータ関数 (共立講座 数学の輝き)

  • 作者:小山 信也
  • 発売日: 2015/10/24
  • メディア: 単行本
 

 ガンマ関数\Gamma(s)は、e^{-x}x^{s-1}を変数xについて0から∞まで積分して得られる変数sの関数である。

\Gamma(s)=\int_{0}^{\infty}e^{-x}x^{s-1}dx

これは、確率論や統計学など多くの分野で頻出する関数で、そういう意味で、ほれぼれするパワフルツールの仲間だ。

 この関数は、複素数全体に拡張する(解析接続する)ことができ、sが負の自然数のとき、値が∞になる。つまり、負の自然数がぜんぶ極となる。したがって、\Gamma(s/2)は負の偶数を極とするから、\zeta(s)の零点と打ち消し合いが起きて、完備ゼータ関数\hat{\zeta}(s)では負の偶数が零点ではなくなるのだ。

この\Gamma(s/2)\pi^{-s/2}自然数s乗の逆数n^{-s}を掛け算した積分は、

\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(s/2)n^{-s}=\int_{0}^{\infty}\pi^{-\frac{s}{2}}e^{-x}x^{\frac{s}{2}-1}n^{-s}dx

 この式で、y=\pi^{-1}n^{-2}xと変数変換して、置換積分をすれば、

\int_{0}^{\infty}e^{-\pi n^2y}y^{\frac{s}{2}-1}dy

となる。ここで、e^{-\pi n^2y}e^{n^2\pi i z}z=i yを代入したもの。したがって、テータ関数の1つの値だと見なせる。そこで、全自然数n=1,2,3,\dotsについて足し上げれば、次の式が得られる。

\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(\frac{s}{2})(\dfrac{1}{1^s}+\dfrac{1}{2^s}+\dfrac{1}{3^s}+\dots)=\int_{0}^{\infty}(e^{-\pi 1^2y}+e^{-\pi 2^2y}+\dots)y^{\frac{s}{2}-1}dy

テータ関数を改めて、\vartheta(x)=e^{-\pi 1^2y}+e^{-\pi 2^2y}+\dotsと(面倒だから同じ記号で)定義し直せば(つまり対称な和の片方を同じ記号で書いている)、

\hat{\zeta}(s)=\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(\frac{s}{2})\zeta(s)=\int_{0}^{\infty}\vartheta(x)x^{\frac{s}{2}-1}dx

という公式が得られる。これはリーマンの第二積分表示と呼ばれるものだ。この公式を使うと、ゼータ関数の関数等式が証明できる。上記の小山先生の本から引用しよう。

 この積分を0から1までの部分と1から∞の部分に分け、前者のx\frac{1}{x}に変数変換すれば、1から∞までの\vartheta(\frac{1}{x})に関する積分に変わり、それを、「テータ変換公式

1+2\vartheta(\frac{1}{x})=\sqrt{x}(1+2\vartheta(x))

を使って書き換えると、

\hat{\zeta}(s)=\int_{1}^{\infty}\vartheta(x)(x^{\frac{s}{2}}+x^{\frac{1-s}{2}})\frac{dx}{x}-\frac{1}{s(1-s)}

 が得られる。複雑で頭がくらくらするかもしれないが、欲しいのはs1-sとに関する対称性だから、ちょっと観察すれば、簡単にそれがわかる。s1-sに置き換えると、x^{\frac{s}{2}}x^{\frac{1-s}{2}}が入れ替わるが、x^{\frac{s}{2}}+x^{\frac{1-s}{2}}は不変。s1-sが入れ替わるが、\frac{1}{s(1-s)}は不変だ。したがって、

\hat{\zeta}(s)=\hat{\zeta}(1-s)

が示されることになる。詳細は小山先生の本で勉強してほしいが、テータ関数の不思議なパワーがここにも炸裂しているのだけは伝わるだろう。

いやあ、数学って、ほんとに奥が深く、不思議・深遠な森である。最後に最初のほうで登場したぼくの本を宣伝しておく。

世界は素数でできている (角川新書)

世界は素数でできている (角川新書)

 

 この二冊である。どちらも読者を数論にいざなう内容だ。黒川先生の本や小山先生の本にアタックする前に、この二冊でウォーミングアップしておくと良いと思う。

 

 

ラグランジュ乗数と帰属価格

 今、都内某所で、地方自治体主催の市民講座に登壇しており、そこで現実問題を経済学で分析するレクチャーをしている。そのレクチャーでは、現代の(広く認められている)経済理論を援用しながらも、そこかしこに宇沢弘文先生の「社会的共通資本の理論」を刷り込むサブリミナルを仕込んであるのだ(笑)。

 それで環境問題をテーマとする回に、宇沢先生の地球温暖化へのアプローチを紹介しようと思い立ち、今までちゃんと勉強しなかった宇沢先生の温暖化についての理論と初めて向き合った。読んだのはこの本。

 この本での宇沢先生の最終的なアプローチは、動学的最適化理論を使う分析である。二酸化炭素の排出量制約のもとでの、消費の通時的最適化を求めている。これをもとに、「最適な炭素税とは各国のGDPに比例させる課税である」ことを主張している。

 この動学モデルで重要な役割を果たすのが、「帰属価格(imputed price)」という概念だ。帰属価格とは、数学で「ラグランジュ乗数」と呼ばれているものと全く同じである。それが、経済学においては、「価格の一種」として登場するわけなのだ。これは実に面白いし、ラグランジュ乗数法をイメージ化する上で格好の材料だと思う。

 宇沢先生のアプローチを緻密に理解するため、ラグランジュ乗数のことをもう一度勉強し直そうと思いたった。ラグランジュ乗数の数学的仕組み、それを経済学的に「価格」として解釈する仕方、さらには、それが動学的最適化モデルの中でどう働くか、それらもろもろを考え直したくなったのだ。

 ぼくはラグランジュ乗数法のことを、すでに拙著『ゼロから学ぶ微分積分講談社で解説してる。この説明はかなり自慢のものだ。そして、レビューでも、多くの読者たちから一定の評価ももらっている(と理解している)。

ゼロから学ぶ微分積分

ゼロから学ぶ微分積分

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2001/04/23
  • メディア: 単行本
 

 たぶん、この本でのラグランジュ乗数法の解説は、現存する類書の中で最もわかりやすいに違いない。それでもなお、また考え直したいのは、もっと「直感的」でもっと「経済学的」な理解に達したくなったからなのだ。それで、最適化理論の本(オペレーションズ・リサーチの本)をいくつか読み、変分法の本もいくつか読み、それを自分の頭で咀嚼し直した。この勉強によって、前より進んだ理解に到達し、さらには、副産物として、不等式制約の「クーン・タッカーの定理」、それと動学的最適化における「ハミルトニアン」の直感的理解も手に入れることができた。

 ラグランジュ乗数法というのは、制約付き最適化の方法論だ。

例えば、座標平面上の円x^2+y^2=b上の点(x , y)に対する2変数関数f(x , y)=2x+3yの値を最大化する(bは定数とする)、みたいな問題の解法である。言い換えると、「制約x^2+y^2=bの下でのf(x , y)=2x+3yの最大値を求める」、ということだ。

愚直にやるには、x^2+y^2=bからy=\sqrt{b-x^2}と解いて2x+3yに代入して、1変数xの関数として微分すればよい。(受験数学的には、もっと巧い、もっと簡単な解法があるが、ここではスルーする)。ラグランジュ乗数法とは、このように陰関数を解かずに、多変数関数のまま通常の「微分法」に持ち込む解法なのである。

 まず、(最大化したい関数)-\lambda(制約関数)という式を作り、これをLとおく。つまり、L=(2x+3y)-\lambda(b-x^2-y^2)ということ。これをx, y,\lambdaの3変数関数とみて、それぞれの変数で偏微分して、それらが0となるという連立方程式を作り、それを解けばいいのである。このように問題を変形することで、もとは従属していた変数x, yを独立変数として扱うことができる。陰関数を求めることも、マニアックな受験テクもいらず、「(偏微分)=0」という素朴な条件で解けるのである。

 ここに登場する\lambdaが「ラグランジュ乗数」と呼ばれる。しかしこれだけだと、まるで「おまじない」「魔法」の類にしか見えない。経済学(あるいはOR)を勉強することで、現実的な意味が見えてくるようになる。

 \lambdaは、ざっくり言うと「制約が陰に備えている価格」なのだ。これを経済学では「帰属価格(imputed price)」と呼んでいる。

例えば、x, yを生産に投入する要素で、ぎりぎり使えるのがx^2+y^2=bを満たすx, yだとする。生産要素をx, yだけ使うと2x+3yの量の生産物ができるとすれば、この生産者は制約x^2+y^2=bを守りながら2x+3yを最大化するのが、経済的に最適ということになる。

このとき、最適化させるラグランジュ乗数\lambda^{*}は、「制約が陰に備えている価格」に対応する量となる。その意味は、制約bを緩めるとあたかも1単位あたり価格\lambda^{*}が付されているごとくに生産の増加が生じる、ということだ。より詳しくは、制約bを微小量dbだけ緩めると、最適産出量2x^*+3y^*\lambda^*dbだけ増える、ということ。これが、「ラグランジュ乗数は価格の一種」ということの意味である。大事なのは、制約bを微小量dbだけ緩めるとき、生産者は改めて最適な投入量x, yを計算し直し、その上で増加する生産量が\lambda^*dbだということだ。

こういうイメージが得られれば、ラグランジュ乗数も血の通った概念に見えてくるだろう。

 以上のことを直感的に理解するためには、厳密性は欠くが次のように局所分析をしてみればよい。

 一般の2変数関数f(x, y)において、x, yが微小量(dx, dy)だけ変化するとき(dは微小量につける記号)、f(x, y)の変化dfは、f_xdx+f_ydyで与えられる。ここで、f_xfx方向における偏微係数(\partial f/\partial x)である。要するに、xx+dxに増やすと、f(x, y)f_xdxの量だけ増えるということ。df=f_xdx+f_ydyという公式は、点(x, y)から点(x+dx, y)に移って、f_xdxだけ増え、次に点(x+dx, y+dy)に移動して、f_ydyだけ増える、ということだから、きわめて自然だ。(曲面を平面で近似して考えているということ)。

 ここで重要なのは、f_xdx+f_ydyをベクトル(f_x, f_y)とベクトル(dx, dy)内積と見なす見方である。(ここから先が、拙著『ゼロから学ぶ微分積分とは異なる説明)。高校数学で勉強するように、2つのベクトルの作る角が90度以下のとき、内積は0以上になる(内積は長さにcosを掛けたものだから)。つまり、点が移動する向き(dx, dy)がベクトル(f_x, f_y)と90度以下であるなら、内積≧0だから、df=f_xdx+f_ydy≧0となって、f(x, y)は増加することになる。

 さて、制約b=g(x, y)のもとで、f(x, y)の最大(または最小)を求める制約付き最適化問題を考えよう。

制約b=g(x, y)から、関数g(x, y)は一定値だから、制約を守る方向に動く限り、dg=g_xdx+g_ydy=0となる。上記に述べたことから、ベクトル(g_x, g_y)と制約を守って移動する方向のベクトル(dx, dy)との内積は0となる。したがって、もしも点(x, y)においてベクトル(f_x, f_y)とベクトル(g_x, g_y)が平行でないのなら、制約を守って移動する方向のベクトル(dx, dy)はベクトル(f_x, f_y)との内積は0でない。すると、ベクトル(f_x, f_y)とベクトル(dx, dy)内積、または、ベクトル(f_x, f_y)とベクトル(-dx, -dy)内積、のいずれか一方は正になる。これは、f(x, y)が増加する方向が存在する、ということだから、(x, y)が最適点でないことがわかる。

 以上から、ベクトル(f_x, f_y)とベクトル(g_x, g_y)が平行、ということが、最適点では成り立っていなければならない、ということが示された(必要条件)。これは、ある\lambdaが存在して、(f_x, f_y)=\lambda(g_x, g_y)ということである。したがって、任意の移動方向(dx,dy)に対して、ベクトル(f_x, f_y)とベクトル(dx,dy)内積は、ベクトル\lambda (g_x, g_y)とベクトル(dx,dy)との内積と一致している。これは、ラグランジュ関数L=f(x, y)-\lambda g(x,y)のどの方向の偏微係数も0であることを意味している(つまり、極大点や極小点の必要条件)。

 この分析法から、「帰属価格」へアプローチしてみよう。

関数f(x,y)の制約b-g(x,y)=0における最大値を、bの関数と見なして分析してみる。最適化の解x^*,y^*,\lambda^*は、すべてbの関数となっている。ここで、bが微小量dbだけ変化したとき、最適化された生産量f(x^*,y^*)がどのくらい増加するかを見てみよう。f(x^*,y^*)の増分は、ベクトル(f_x, f_y)と制約を守った移動ベクトル(dx^*,dy^*)内積だが、この移動ベクトルは(x^*,y^*)bに関する微係数のベクトルの延長である(dx^*/db,dy^*/db)dbだから、

f(x^*,y^*)の増分=((f_x, f_y)(dx^*/db,dy^*/db)内積)×db

である。一方、制約b=g(x^*,y^*)から、

1=g_x\times dx^*/db+g_y\times dy^*/db=((g_x, g_y)(dx^*/db,dy^*/db)内積)

よって、前に述べた最適化の平行条件から、

((f_x, f_y)(dx^*/db,dy^*/db)内積)×db

=(\lambda^*(g_x, g_y)(dx^*/db,dy^*/db)内積)×db

=\lambda^* db

つまり、制約をdb緩めると、その\lambda^*倍が生産にはね返る。つまり、これ制約が陰にもっている価格にあたる、ということなのだ。(数学的にきちんとした証明は、拙著『ゼロから学ぶ微分積分を参照のこと)。

 ちなみに、宇沢先生の地球温暖化に関する分析では、V_tを大気中の二酸化炭素の量として、それがdV_t/dt=v_t-\mu V_tという微分方程式にしたがって変化すると仮定される。ここでv_tは生産の要素投入a_tからv_t=ca_tによって決まる二酸化炭素排出量であり、\muは海水に吸収される二酸化炭素の割合を表す。もうひとつの制約は、投入要素に関するK=fa_tである。この制約を満たす要素投入a_tによって、x_t=Ba_tの生産物ができると仮定される。これらの制約の下で、関数u(x_t)\varphi(V_t)を最大化する問題を考えるのである(各変数はみなベクトル量。面倒なので細かい説明は省略している)。

ラグランジュ関数は、次のように与えられる。

u(x_t)\varphi(V_t)-p_t(v_t-\mu V_t)+r_t(K-fa_t)

ここで、p_tは、二酸化炭素に関する制約を緩めることによってもたらされる不効用の増加であり、「二酸化炭素の帰属価格」にあたるものである。ただし、このラグランジュ関数は動学化されているし、制約が微分方程式になっていて、一般にはハミルトニアンと呼ばれる形式になっているので、上記の説明よりずっと複雑化した手法だ。

 帰国後の宇沢先生のことを「新古典派的な手法を捨ててしまった」とか「文化論的になった」とか言う人が多いが、先生は最後まで数理的解析を続けた人だと思う。ただ、数理言語によるアプローチの一方で、「思想の自然言語による表現」も加えたのである。

 

 

 

 

「エビデンス」のエビデンスを知るための本

 今回は遂に2か月も間が空いてしまった。オンライン講義の仕込みに時間をとられたせいもあるし、某大学での非常勤でベイズ統計学のオンライン講義を引き受けてしまったせいもある。押し詰まっているが、なんとか年内にもう一つエントリーをしようと思う。

 今回は、マンスキ―『データ分析と意思決定理論 不確実な世界で政策の未来を予測する』(奥村+高遠・訳)ダイヤモンド社を紹介したい。この本は、ざっくり言えば、実証分析のメソッドとそれに付随する限界、注意点を解説する本だ。

 

 

 なぜこの本を紹介したいのか、その意図は二つある。

 第一の意図は、コロナ禍の現在、テレビにもネットにも「エビデンス」という言葉が飛びかっていることだ。専門家も政治家も素人も二言目には「エビデンスはあるんか?」と、口角泡を飛ばす。このときの「エビデンス」は、単に「証拠」という語彙である場合も、単なる「データ」である場合も、また、「ちゃんとした実証の手続きを持つ裏付け」という場合もあるようだ。これらの「エビデンス」には温度差があり、どの程度「真実性が担保されている」のかがかみ合っていない風情がある。せっかくの機会だから、「エビデンス」について、みんながもう少し認識を共有する必要があると思う。

 第二の意図は、国の方針で、「データサイエンス」の研究と教育が奨励さている現状があることだ。ぼくには幸い、著作『完全独習 統計学入門』『完全独習 ベイズ統計学入門』(いずれもダイヤモンド社)があるため、複数の機関からレクチャーを依頼されて、今年と来年に引き受けることになった。いうまでもなく、「データサイエンス」とは、実証のための科学的メソッドの学問である。しかし、「データサイエンス」を推進するのはいいが、それが単にExcelやRに数値を入力できる、というスキルを意味するのだったら、そんなことで国家の科学的な未来なんて来やしないと思う。大事なのは、データをどのように「エビデンス」に仕立てるか、その「エビデンス」を背後で支える科学的理論は何か、「エビデンス」から政策を決めるにはどうするべきなのか、それらをきちんと普及させることだと思う。

 本書、マンスキ―『データ分析と意思決定理論 不確実な世界で政策の未来を予測する』は、そのヒントを与え、勉強の道筋を示してくれる本だと思う。

 本書は2部構成であるが、第一部は「どんな分析であれば信頼できるのか?」、第二部は「不確実な世界では、どんな意思決定をすべきか?」となっている。ちなみに、第二部の「意思決定理論」は、まさにぼくの専門でもある。

目次建ては以下となっている。

第一部 データ分析編

第1章 「強い結論」欲しさに政策分析の信頼性が犠牲にされている

第2章 政策の効果を予想する

第3章 新しい政策に対する人々の行動を予測する

第二部 意思決定理論編

第4章 単純な状況下で部分的な知識に基づいて意思決定をする

第5章 複雑な状況下で部分的な知識に基づいて意思決定をする

第6章 データ分析の「消費者」へ

 本書には具体例がふんだんに投入されていて、いろんなケーススタディをすることができる。二つほど紹介しよう。

第一は、まさにコロナ禍でワクチンの治験が実施されている現状にぴったりの次の一節である。

製薬会社が新薬の承認をFDAから得るために実施するランダム化臨床試験(治験)について見ていこう。こうした治験に自発的に参加する人たちは、新薬の対象となる患者の代表とは言えない可能性がある。自発的な治験の参加者は、製薬会社が提供する金銭的なインセンティブ、医学的なインセンティブに反応した人たちである。

金銭的なインセンティブとは、治験に参加すれば謝金がもらえる、あるいは無料で治療が受けられることを指す。医学的なインセンティブとは、治験に参加しなければ手に入らない新薬を入手できるといったことを指す。

 治験に自発的に参加したグループの反応の結果が、自発的に参加するわけではない人たちの結果と異なっているのであれば、治験の母集団は新薬が対象とする患者の母集団とは実質的に異なっていることになる。FDAが治験のデータをもとに医薬品を承認するとき、患者の反応は治験の被験者の反応と似通ったものになるという暗黙の仮定を置いている。この不変の仮定がどの程度正確かはわかっているとは言えない。

これがどの程度、新型コロナウイルスのワクチンの治験にあてはまるかはわからないが、「エビデンス」を理解する上で欠かせない論点には違いない。

 もう一つの例は、ぼくの関心から選ぶ。それは、有名な経済学者フリードマンの論説についてのものだ。フリードマンは、学校教育の「バウチャー制度」を提唱した。バウチャー制度とは、学校を好きに選んで教育を受けることのできるクーポン券を配布することである。それによって、教育を受ける人の「選択の自由」を保証し、学校に競争原理を導入する、ということだ。裏側には公教育の否定と解体が込められている。著者はまず、フリードマンの議論を引用する。

 「近隣効果」を根拠にした教育の国有化を支持する説に、そうしなければ社会の安定に不可欠な共通の価値観を醸成することができないとする議論がある・・・この議論はかなりな力を持っている。だが、この議論が明らかに正当だとはいえない・・・

 教育を社会統一の原動力にするために政府による公教育が不可欠であるとする考え方の根拠の1つに、私立学校の階層の格差を助長しかねないとする説がある。わが子をどの学校に通わせるかを選べる自由度が大きいと、似たような親同士で固まる傾向があり、バックグラウンドが決定的に異なる子供同士の健全な交流が妨げられるという。この議論が原則として妥当かどうかはともかく、主張されたとおりの結果になるというのは明白とは到底いえない。

このようなフリードマンの議論に対して、著者は、次のように批判を展開する。

この文章は興味深い。フリードマンは近隣効果に関して実証的証拠を一切挙げていないし、このテーマについての調査を求めているわけでもない。単に近隣効果があるからといって公教育を保証することが「正当だといえない」、「明白とは到底いえない」と述べているだけである。

 フリードマンのレトリックでは、証明する負担を無料の公教育に負わせ、反証がないのだからバウチャー制度は好ましい政策であると主張しているのだ。これはみずからの主義主張を押し通す主義主張のレトリックであり、科学のレトリックではない。

フリードマンのレトリックは、現在のネット上の議論・批判にも頻繁にみられるものだ。そういう意味で、本書を読むことで、こういう不毛な似非議論に巻き込まれない判断力が培われるだろう。

 本書には、他にも、刺激的な「実証的テーマ」が満載である。例えば、「コカインの消費量の削減経費」とか、「過去の犯罪歴と再犯の可能性の関係」とか、「IQは「生まれ」と「育ち」のどちらで決まるか」とか、「死刑の殺人抑止力効果」とかである。これらの社会的に重要な問題から、読者は「エビデンス」の在り方を学ぶことができる。

 また、本書は、統計学のメソッドの指南書として読むこともできる。例えば、今、実証の論文で流行っている「回帰不連続」なども具体例から勉強することができて便利である。さらには、「意思決定理論」の入門書にもなっている。是非、多くの人に読んでいただきたい。

 最後に自著の宣伝になるが、「データサイエンス」にこれから参入するなら、まず、(最初のほうで紹介した)拙著『完全独習 統計学入門』『完全独習 ベイズ統計学入門』を読もうよ。きっと、役に立つからさ。笑

 ではでは、良いお年を。

 

完全独習 統計学入門

完全独習 統計学入門

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2006/09/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

完全独習 ベイズ統計学入門

完全独習 ベイズ統計学入門

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 

ゼータの伝記そして歳時記

 前にエントリーから、ずいぶん間が開いてしまった。

今回は、黒川信重さんの『零和への道ーζの十二箇月ー』現代数学社を紹介しよう。

零和への道 ―ζの十二箇月―

零和への道 ―ζの十二箇月―

  • 作者:黒川 信重
  • 発売日: 2020/08/22
  • メディア: 単行本
 

 タイトルにはちょっとのけぞるだろうが、決して、トンデモ本ではない。それどころか、驚くべき名著であり、読んで感じ入ることのできる数学書となっている。

 もちろん、黒川さんの本だから、当然「ゼータ」の本となっている。しかし、そればかりではなく、非常に「斬新」な、非常に「変わった構成」の本となっているのだ。それは、「歳時記造り」になっているという点だ。

実際、目次が4月から3月までの年度の一巡となっている。目次だけ抜き出すと、

4月 ゼータ入門

5月 合同ゼータと絶対ゼータ

6月 セルバーグゼータ

7月 リーマン予想

8月 ハッセゼータ

9月 絶対ゼータ

10月 ラングランズ予想

11月 ゼータ育成

12月 ゼータ融合

1月 井草ゼータ

2月 群ゼータ

3月 零和時代

 この本は、『現代数学』誌2019年4月号~2020年3月号までの連載をまとめたものだから、それで4月から3月の一巡になっているのだが、それだけではないのだ!

この本は、該当月にちなんだ数学者の紹介をしていくという、ある種の「歳時記」、ある種の「伝記」、そしてある種の「墓碑銘オマージュ」になっているのである。 「歳時記」とはなにかというと、数学者の「生誕月」であったり、「没月」であったりする。具体的には、(ネタばれになってしまうので申し訳ないが)、

4月 オイラーの生誕月

5月 ヴェイユの生誕月

6月 セルバーグの生誕月

7月 リーマンの没月

8月 ハッセの生誕月

9月 オイラーの没月

10月 ラングランズの生誕月

11月 エスターマンの没月

12月 ラマヌジャンの生誕月

1月 井草凖一の生誕月

2月 ランダウの生誕月・没月

3月 グロタンディークの生誕月

このように、その月にちなんだゼータ研究の数学者たちの順に解説が並んでいる。そういう意味で「歳時記」なのだ。だから、他書に比べて新鮮な気分で読むことができる。 

 実は黒川さんの本には、いつでも、数学者の生誕年・没年、定理の論文への所収年、初出年、などが詳細に記載されている。これは黒川さんがその都度調べているのではなく、驚くべきことに、黒川さんの記憶から書いているのである(と思う)。なぜなら、ぼくが黒川さんとの共著『21世紀の新しい数学』技術評論社を対談で作ったとき、黒川さんがすらすらとこれらの年を記憶からたぐり寄せたのを目の当たりにしたからである。これは、黒川さんの驚くべき特殊能力(のひとつ)だと思う。

さて、「ちなんだ数学者」の中に一部に、アマチュア数学愛好家に馴染みのない数学者がいるので、本書での解説を少し紹介しておこう。

 エスターマン(ぼくは知らなかった)とは、ドイツ生まれの数学者で、フィールズ賞を受賞したロスの師匠らしい。エスターマンの発見した重要な結果とは、素数pに関する式(1-2/(pのs乗))を全素数について掛け合わせた一種の「オイラー積」が、複素平面全体には解析接続できない(つまり、複素数全体で定義された関数に拡張できない)ことを証明したことである。このことから、いわゆる「オイラー積によるゼータ関数」が複素数全体に解析接続できるのは当たり前のことではない、とわかる。黒川さんは、このエスターマンの結果を拡張して、位相群で解析接続不可能なオイラー積を構成したそうである。実におもしろい。

 井草凖一(ぼくは知らなかった)は、井草ゼータというのを構成した数学者である。京都大で博士号を得たあと、米国に渡り、ジョンズ・ホプキンス大学で教授職を長年勤めた。井草ゼータとは、整数上の代数的集合・スキームXに対して定義されるもので、「融合積」と相性が良く、「畳み込み」ができるらしい。

 本書は、ゼータ関数に関して、新鮮な順序で解説されている。何かの解説書(もちろん、黒川さんの本でも良い)でゼータ関数素数のことを一通り勉強した人も、本書を読むと、意外な発見や気づきがあるだろう。

 そればかりではなく、黒川さんが「リーマン予想」解決のカギ、最終兵器として研究を進めている「絶対数学」「絶対ゼータ」についても、新しい視座から理解が可能になるようになっている。だから、リーマン予想に興味がある人には必読の本なのである。

 黒川さんの本を読むと、「数学とはいろいろな技術や思想や世界観の融合物である」ということが実感される。数学の「人間味」が伝わるから、読んでいて楽しい。

 本書にはところどころに、黒川さんと著名数学者との交友の体験談も出てくる。それを読むと、数学者の人生を追体験できて、じーんと来る。

 

 

 

「現実」はすべて統計的

今回は、現代思想』の最新号「統計学/データサイエンス」で巻頭対談しているので、そのことを宣伝するとともに、少しだけ統計学についてエントリーしようと思う。

 対談は、生物統計学者の三中信宏先生と。対談内容は、統計学の理解の仕方から、その思想的背景、利用の限界まで多岐に及んで討議している。

ぼく自身は統計学者ではないし、経済学の中でも実証分析を専門としているわけではないので、統計学とは一定の隔たりがある。とは言っても、経済学の中の「意思決定理論」という分野を研究しており、なかでも「ベイジアン意思決定理論」の論文を書いているので、統計学と近接的ではある。

ぼくは経済学者の立場と数学科出身者の立場の両面から、統計学について批判的な議論を提示したのだけど、生物学を専門とする三中先生とは、ずいぶんと統計学に関する認識が違うな、というのが正直な感慨だった。この感覚は複雑で繊細なものなので、それについては対談を読んで感じ取ってほしい。

対談をするにあたってぼくは、準備として、三中先生の本を三冊読破した(いつも、対談をする際は、お相手の著作を勉強するように心掛けている)。三冊とも良書だったが、中でも、『統計思考の世界』技術評論社はすごく良い本だと思った。

この本は、統計学の手法を非常に手際よく、わかりやすく紹介している。正規分布を基礎とする通常の統計学だけでなく、ロジット回帰や、AIC(赤池情報量基準)など発展的な内容も簡潔に解説しているのでお勧めだ。

 さて、生物学はそれこそ生命現象を扱っているから、物理学とは大きく違うのだろうと思う。ぼく自身は、物理学が統計原理の最も成功的分野だと思っている。統計原理(統計思想)とは、最尤原理「最も起こりやすいことが実際に起きていると考える」というものだけど、統計力学はその原理を基礎にして理論を構築している(例えば、マックスウェル分布とか)。ぼく自身は、最尤原理を今でも受け入れることができない(あたりまえだと思えない)が、統計物理だけは信頼している。なぜなら、実験結果と整合的だからだ。もっと言うなら、「圧力」とか「温度」とか、そう言った物理量が、最尤原理と偶然に親和的だからうまくいくんじゃないか、というのがぼくの最近たどりついた認識である。(経済学や生物学など)他の分野で最尤原理を基礎にするのは、そういう親和性の検証が不可欠なんじゃないかと思う。その辺のことは、以下のエントリーで読んでほしい。

統計力学が初めてわかった! - hiroyukikojima’s blog

これは、友人の物理学者・加藤岳生さんの統計物理の教科書について紹介したものである。統計物理に入門するのに、最適な本だと今でも思う。

ゼロから学ぶ統計力学 (ゼロから学ぶシリーズ)

ゼロから学ぶ統計力学 (ゼロから学ぶシリーズ)

  • 作者:加藤 岳生
  • 発売日: 2013/03/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 さて、現代思想 統計学/データサイエンス』の号には、ぼくが大学院で講義を受けた二人の先生が寄稿しておられる。一人は竹村彰通先生で、「ウィズコロナ時代の統計学」を寄稿している。現在、テレビやネット上に渦巻くコロナの病理について、統計学者の立場から、明確な論評を与えている。もう一人は、松原望先生で、「今承認される『世界性の統計学』」を寄稿しておられる。松原先生は、ぼくにベイズ統計学を指南してくださり、最も影響を受けた師の一人だ。今回の寄稿は、主観確率」としてのベイズ統計学を、その成立の歴史から説き起こしている。創始者トーマス・ベイズ牧師のこと、ベイズの研究に日の目を見させる努力をしたプライスのこと、ベイズとは独立にベイズ理論を発見し、同時にベイズの仕事も発掘した数学者ラプラスのこと、一度は批判によって瀕死に陥ったベイズ理論を復興させたサベジのこと、サベジの継承者となったリンドリ―のことなど。次の文章は当時の雰囲気を浮き上がらさせている。

このようにして、東海岸から個人確率を根底にした「ベイジアンリバイバル」の烽火があがった。残念なことに、サベジの挑戦はやはり難しすぎてそのままでは受け継がれなかった。亡くなった71年、私は総じてアンチ・ベイズの西海岸スタンフォードに留学中であった。お隣の有名校バークレーはアンチ・ベイズの中心で、「サベジの理論はいいが、サベジは(個人的には)嫌いだ」という嘆息が聞こえてきた。スタンフォードはそれほどでもなく、しっかりした頻度論を教育する一方、ベイズ統計学には目配りはよかった。

ぼくは、今でも数学という学問が好きで、だから「演繹的推論」が興味の対象である。それだから、経済学の中でも、「選好公理系から効用関数を導出する」という分野の研究をしている。そういうのがすこぶる性に合うのである。

でも、「現実」というやつは明らかに「統計的」だ。前提のすべてが明らかでそれから数理論理的に結論が導出できる、なんて場面は全くない。ぼくらは、常に、「世界の一部だけを数値という形で見ている」にすぎない。そこから「現実」を推測するには、どうしたって、「帰納的推論」が必要になる。数理論理の外側での「論理のアクロバット」が不可欠なのだ。その立役者が統計学なのである。

 最後になるが、ぼくは「ネイマン・ピアソン統計学」の教科書と、「ベイズ統計学」の教科書と、両方を書いている(だから、対談に呼ばれたんだと思う)。せっかくだから、最後に推奨しておく(というか、これこそが狙い)。

完全独習 統計学入門

完全独習 統計学入門

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2006/09/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

完全独習 ベイズ統計学入門

完全独習 ベイズ統計学入門