シン・リーマン予想

今回も、基本的には、ぼくの新著『素数ほどステキな数はない』技術評論社の販促のエントリーなんだけど、「深リーマン予想ラマヌジャン」にまつわる話を紹介しようと思う。「深リーマン予想」は、数学者の黒川信重さんの命名らしいけど、ぼくは庵野秀明監督にあやかって、「シン・リーマン予想」と改名したいと思う。笑

庵野監督は、最近、「シン・ゴジラ」「シン・エヴァンゲリオン」「シン・ウルトラマン」と「シン」を連発しているんだけど、ご本人によれば、「シン」の解釈は「新」でも「真」でも「神」でもなんでもいいとのこと。だからもちろん、「深」でも良いはず。そこで「深リーマン予想」も「シン・リーマン予想」と呼ぶ。

 「シン・リーマン予想」とは、リーマン予想よりも強い予想のこと。つまり、「シン・リーマン予想」が証明されれば、自動的にリーマン予想が証明される。リーマン予想というのは、リーマン・ゼータ関数

\zeta(s)=\frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{3^s}+\dots

に関する予想だ。この右辺は、(sの実部)>1に対しては収束するが、(sの実部)≦1では発散するので、それらのsに対しては「解析接続」という方法で値を決める。(解析接続は簡単に説明するのが困難なので、是非、拙著を読んで理解して欲しい。笑)。このゼータ関数についての、\zeta(s)=0となるsで、虚部が0でないもの(s=a+bi(b\neq0))、すなわち、「虚の零点」について、「その実部aがみんな1/2である」、という予想がリーマン予想だ。言い換えると、虚の零点が虚軸に平行な直線上に並んでいる、ということ。リーマンが予想を提出してから、150年以上経過した今も解かれていない超難問である(ミレニアム問題なので、解けば1億円もらえる)。

実は、ゼータ関数の親戚にL関数というのがある。それは、

L(s)=\frac{1}{1^s}-\frac{1}{3^s}+\frac{1}{5^s}-\frac{1}{7^s}\dots

というものだ(全奇数にわたり、±は交互)。ディリクレが研究したので「ディリクレ級数」と呼ぶが、オイラーも研究していたそうな。もっと一般には、

L(s, \chi)=\frac{\chi(1)}{1^s}+\frac{\chi(2)}{2^s}+\frac{\chi(3)}{3^s}+\frac{\chi(4)}{4^s}\dots

ここで\chi(k)は、ディリクレ指標と呼ばれるもので、整数から複素数へのmod. Nでの積を保存する写像だ。(詳しくは、拙新著を参照のこと)。このL関数にもリーマン予想と同じ帰結(虚の零点の実部はみな1/2)が予想されており、それを「L関数のリーマン予想」と言う。

これらのリーマン予想を攻略する新しい道筋として、2010年頃から研究されだしたのが「深リーマン予想(Deep Riemann Hypothesis;DRH)」なのだ。そして、この研究が進行する中で、すごいことがわかった。それは、ラマヌジャンがこのDRHの一部と思しき結果を1915年にすでに導出していた、ということだ。おそるべき数学者ラマヌジャン

ちなみに、拙著『素数ほどステキな数はない』では、ベルトラン予想「任意の自然数nに対して、nより大きく2n以下の素数が存在する」に対するラマヌジャンのあまりにみごとな証明を完全収録しているので、是非、読んでラマヌジャンのファンになってほしい(しつこい)。

 前回のエントリー

ぼくの新著で「素数名人」まで昇りつめてください。 - hiroyukikojima’s blog

では、ラマヌジャンの人生を描いた映画「奇跡がくれた数式」の紹介をした。そこでぼくは、「ラマヌジャンをイギリスに招聘したハーディをちょっと美化しすぎている」というようなことを述べたのだけど、黒川信重さんの『ラマヌジャン ζの衝撃現代数学社を読み直したら、これについてすごいことが書いてあったので、まずは、それを引用しよう。

ハーディとリトルウッドにとっては、ラマヌジャンがイギリスに来た1914年からラマヌジャンの書いたノートなどの数式は自分達の身の回りにあふれていて日常見慣れた風景になっていて、自分達のものと区別がつかなくなっていたようです。前にも触れましたが、ラマヌジャンが書いた式に間違いを発見すれば、ハーディとリトルウッドの2人だけで間違いを直し、2人だけの論文として盗んで発表するということもやっていました。

 つまり、ラマヌジャンのアイデアをどんどん吸収し、換骨奪胎して数学を作り上げて行くというのがハーディとリトルウッドの方針でした。数学界を引っ張っていくリーダーたちがこれでは20世紀の数学者たちが見習ってひどい状態となっているのは無理ないことなのかもしれません。21世紀に数学をはじめた君たちは、こんなまねをしないでください。

前回にもこの本からのハーディについての引用をしたけど、ハーディという人は、映画で描かれているのとはだいぶ違う人格の数学者だと思い知らされる。黒川さんのこの本には、黒川さん自身が同じような経験をしたことを告白している。どんなことかは本で確認されたし。

 さて、「シン・リーマン予想」の話に移ろう。

ゼータ関数の顕著な特徴は、「素数の無限積」で表わされる、ということだ。すなわち、

\zeta(s)=(\frac{1}{1-\frac{1}{2^s}})(\frac{1}{1-\frac{1}{3^s}})(\frac{1}{1-\frac{1}{5^s}})\dots

という全素数にわたる積で表わされる。これを「オイラー」と呼ぶ。なぜこうなるかは、拙著で理解してほしい(くどいと怒るなかれ。販促の故ですがな)。

L関数もオイラー積表現を持ち、以下である。

\zeta(s)=(\frac{1}{1-\frac{-1}{3^s}})(\frac{1}{1-\frac{1}{5^s}})(\frac{1}{1-\frac{-1}{7^s}})\dots

積は全奇素数にわたり、4n+1型素数については分子の符号はプラス、4n+3型素数については分子の符号はマイナスになっている。

「シン・リーマン予想」の着眼点は、「オイラー積の収束の様子を見る」ということだ。

L関数(無限和)は、(sの実部)>1で絶対収束する。ここで絶対収束とは、各項の絶対値をとっても和が収束することで項の順序を入れ換えられる。L関数のオイラー積も(sの実部)>1で絶対収束する(無限積(1+a_1)(1+a_2)(1+a_3)\dotsの絶対収束とは、無限積(1+|a_1|)(1+|a_2|)(1+|a_3|)\dotsが収束すること。積の順序を入れ換えられる)。

問題は、(sの実部)=1や0<(sの実部)<1ではどうなるか?ということ。L関数(無限和)は、0<(sの実部)≦1で条件収束することがわかっている(順序を変えずに足せば収束するということ)。他方、オイラー積は(sの実部)=1で条件収束することがわかっており(メルテンスの定理)、また、0<(sの実部)<\frac{1}{2}に対しては発散することが分かっている。だから問題になるのは、

\frac{1}{2}≦(sの実部)<1

でどうなるか。そこで、「オイラー積は\frac{1}{2}<(sの実部)<1に対して条件収束する」という予想が「オイラー積収束予想」と呼ばれる。これが証明できれば、L関数のリーマン予想は証明されてしまう。なぜなら、オイラー積が収束すればそれは非零(0でない)だとわかるからだ。オイラー積が収束か発散かを調べるのだから、具体性があり、零点全部の実部を考えるよりずっとアプローチしやすそうに見える。

そして、残るひとつ、「オイラー積は(sの実部)=\frac{1}{2}に対して(零点以外では)条件収束する」を「シン・リーマン予想」と呼ぶ。実は、この「シン・リーマン予想」が証明されれば、「オイラー積収束予想」もおまけとして出てしまう。なぜなら、もしも、\frac{1}{2}<(sの実部)<1のどれかのs_0で発散したとすれば、s_0より実部の小さい任意のsで発散することになるので、\frac{1}{2}でも発散することになるからだ。したがって、

「シン・リーマン予想」⇒「オイラー積収束予想」⇒「リーマン予想

というふうに演繹されるから、「シン・リーマン予想」が「リーマン予想」より強い予想であるとわかる。

ちなみに条件収束の雰囲気を理解するために、「メルテンスの定理」を記述しておく。慣れないと記号が難しいと思うが、条件収束を理解するためにはこうするしかないのでご容赦いただきたい。

\lim_{x\to\infty}\prod_{p\leq x, p\neq2}(1-(-1)^{\frac{p-1}{2}}\frac{1}{p})^{-1}=\frac{\pi}{4}

これは、x以下の奇素数についてのオイラー積を作っておいて、x\to\inftyとしているので、素数の小さい順からオイラー積に参加させていって極限をとっていることを意味する。つまり、オイラー積が\frac{\pi}{4}に「条件」収束することを表している。ちなみに、L関数のs=1のときの値L(1)は、上の定義から、

L(1)=\frac{1}{1}-\frac{1}{3}+\frac{1}{5}-\frac{1}{7}\dots

だが、これが\frac{\pi}{4}に収束することは、高校数学でも証明できる程度のことだ(tanの積分)。

「シン・リーマン予想」は、(証明しやすいか否かはさておき)、実証的に検証するには向いている定理である。以下の図は、プレプリント「EULER PRODUCTS BEYOND THE BOUNDARY」(KIMURA, KOYAMA,KUROKAWA(2013))をコピペしたものである(プレプリントのリンク先は一番最後に張る)。この図は、黒川・小山『ラマヌジャン<<ゼータ関数論文集>>』日本評論社にも、小山『素数ゼータ関数共立出版にも掲載されている。

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横軸は、\frac{1}{2}+ittを、各曲線は参加する素数を小さい方から10個、100個、1000個として計算した有限部分を表している(上図が実部で、下図が虚部)。この図で、オイラー積の参加素数を小さい順に増やしていくと、オイラー積の値がL関数の値に近づいていくことが見てとれる。「シン・リーマン予想」が正しそうな証拠だ。

面白いのは、ディリクレ指標を変えると不思議な現象が起きることである。

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上の図は、あるディリクレ指標に対するものだが、t=0でジャンプが見れらる。これは、L関数の1/2における値ではなく、その\sqrt{2}倍に収束するように見える。これも「シン・リーマン予想」の一部である。

(参考文献)TARO KIMURA∗, SHIN-YA KOYAMA, AND NOBUSHIGE KUROKAWA;

``EULER PRODUCTS BEYOND THE BOUNDARY''   https://arxiv.org/abs/1210.1216 

(このプレプリントの著者の一人の方に、きれいな図版のDLの仕方を教えていただきました。ありがとうございます!9/25)

以上のように、「シン・リーマン予想」の発見から、リーマン予想は新しい段階に入ったと言えるだろう。ぼくの新著では、この「シン・リーマン予想」に触れる余裕がなかったが、ぼくの新著でリーマン予想に触れた上で、(はい、しつこいですね、笑)、是非とも「シン・リーマン予想」に踏み出し、できますれば、これを解決して(1億円ゲットして)ほしい。参考文献を下にリンクする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくの新著で「素数名人」まで昇りつめてください。

ぼくの新著素数ほどステキな数はない』技術評論社が、書店に並んだ頃だと思うので、二回目の販促エントリーをしたいと思う。今回は、「まえがき」をさらして、それに補足をすることと、ラマヌジャンについてちょっと紹介する。一回目の前回は、

新著『素数ほどステキな数はない』が出ます! - hiroyukikojima’s blog

のエントリー。ここでは目次を晒してあるので、そっちも参照して欲しい。

ではまず、まえがきを披露しよう。次である。

素数とは、1と自分自身以外に約数を持たない2以上の整数です。みなさんは、素数のことを耳にしたことがあるでしょうし、また、素数は不思議な数だと知っておられるでしょう。本書は、そんな素数の魅力を余すことなく紹介する本です。

本書のウリを箇条書きすると次のようになります。素数に敬意を表し、番号は素数としました。

2.素数の法則を初歩から最先端までありったけ網羅した。

3.素数に挑んだ数学者たちの人となりを紹介した。

5.できるだけ本書内で知識が閉じる(self-contained)ように、必要な数学ツールに初歩からのわかりやすい解説を付けた。

7.素数のナゾを解き明かしながら、高校・大学の数学を自習できるようにした。だから、数列・場合の数・対数・三角関数・無限和・微分積分虚数合同式の参考書としても使える。

11.ゼータ関数について、これ以上簡単に説明するのはムリというぎりぎりの解説に挑戦した。

13.素数定理ベルトラン予想の証明を書ききった

17.素数を使う数理暗号について、わかりやすい紹介をした。

さて、あなたも是非、本書で、「素数名人」まで昇りつめて下さい。そうすれば、素数に恋するワクワク・ドキドキの豊かな人生を送れること請け合いです。

「ウリ」は見ての通り、7項目もあるのだが、今回は、青字で強調した二つの項目について補足的な売り込みをしたい。

まず、「素数のナゾを解き明かしながら、高校・大学の数学を自習できるようにした」という点。前回にエントリーした目次を見てもらえばわかるのだけど、本書には素数との関連で、高校数学の多くの単元が現れている。二段編では数列(等差数列、2次の数列、等比数列)、三段編では対数関数(log)、四段編では合同式、五段編では順列・組合せ、六段編では極限・無限和、七段編では複素数、八段編では微積分という具合だ。だから、高校数学のほとんどの単元が素数と関連づけられることになったわけだ(残念ながら、ベクトルだけは結び付けられなかった)。そういうわけで、本書を使って、高校数学をおさらいできる(あるいは予習できる)ように仕組まれている。高校数学の無味乾燥さに耐えられなくて数学アレルギーを発症した人も、もしも素数に惹かれる人なら、素数を愛でながら高校数学にリベンジできてしまうかもしれない。また、高校以上の数学を先取りしたいけど、教科書とか参考書はつまらないから嫌、という中学生も、わくわくしながら高校数学を先取りできるようになっている。そういう隠れたニーズも踏まえて、本書では高校数学の単元についてもできるだけ初歩から丁寧に解説した。本書は二人の友人に査読してもらったのだけど、そのうちの一人には、「小島くん、この本を読み通せるような人に、こんな初歩の解説は無用なんじゃない?」という疑問を投げかけられた。けれどもぼくは、その人が思っているよりも、数学と一般の人との関係性は多様だと思っている。実際中学生のときのぼくは、高校数学を知らなかったけど、本書を読み通せたと思う。つまり、すぐ上に書いたタイプの中学生だったのだ。そういう意味では、本書は、中学生のときのぼくが欲しただろう本として執筆したつもりだ。

 さらには、本書は、大学数学の自習に使えるようにもなっている。例えば、テイラー展開とか広義積分とかガンマ関数とかを解説している。とりわけ、微分の解説では、高校数学の定義に加えて、ランダウ記号を使った定義をメインに据えたのが特徴だ。関数のランダウ記号表現(f(x)=1+x+O(x^2)みたいなやつ)は、素数についての専門書を読むと必ずふんだんに登場するが、どの本でもこの概念を丁寧には解説していない。これは、専門家でない人たちを素数の魅力から遠ざける障壁になっていると思う。だから本書では、ランダウ記号について、ものすごく丁寧な解説をすることにした。

 もうひとつ、大学でも、数学科や物理学科などの理学分野でしか教わらないであろう複素関数微分積分」についても初歩からの解説を導入した。例えば、コーシーの積分定理(正則関数を閉経路でぐるっと積分すると0になる)とか留数定理(積分値が1位の極のところで決まる)などだ。ただ、ページ数の関係で厳密な扱いができないので、かなり乱暴で大胆な解説をしているけど、それでも定理の急所・本質が伝わるように紹介したつもりだ。

 「ウリ」の中でもう一つ強調しているのは、「ベルトラン予想の証明を書ききった」という点だ。「ベルトラン予想」というのは、「任意の自然数nに対して、nより大きく2n以下の素数が必ず存在する」というものだ。ベルトランが予想して、チェビシェフが証明したので、「ベルトラン=チェビシェフの定理」とも呼ばれる。本書では、九段編で「ラマヌジャンによる証明」を解説した。しかも、この証明はほとんど省略をしてない完全版だ。ラマヌジャンのアクロバットのような証明が理解できてしまうと、彼がいかに時代を超越した数学の天才だったか思い知らされる。皆さんも是非、本書でラマヌジャンのファンになってほしい。

 ラマヌジャンと言えば、ぼくはつい最近、映画『奇跡がくれた数式』をHuluで観た。

 

 

これはラマヌジャンの生涯を描いた物語だ。この映画では、ラマヌジャンの天才性がわかるだけではなく、20世紀初めのインドとイギリスの文化や歴史もみごとに描き出されていて、映画として十分に堪能できる。ただし、ラマヌジャンケンブリッジに招聘した数学者ハーディについて、その複雑な性格をきちんと描いているものの、最終的にはちょっと良い人と持ち上げてる感が否めない。

 数学者の黒川信重さんは、ハーディとラマヌジャンの関係について、黒川信重ラマヌジャン ζの衝撃』現代数学社で詳しく論じているので、是非読んでほしい。ぼくの昔のエントリー

ラマヌジャンの印象が衝撃的に変わる本 - hiroyukikojima’s blog

でも紹介しているので、これも参照のこと。

今回は黒川さんの本から、ハーディとラマヌジャンの関係について書いている部分を引用しよう。(ぼくの新著では、黒川さんのもう一冊ラマヌジャン探検』岩波書店から同じような評価を引用している)。

一番残念なことは、ハーディは最初から最後までラマヌジャンを真に信用し理解することができなかったことです。それは数学の専門家として、他人を疑ってかかるのが当然、という体質が染みついていたせいでしょう。ハーディによれば、ラマヌジャン複素関数論を全く知らなかったそうです。それが本当だとしたら、適切な教科書を教えてあげれば良いのに、と思うのが人情ですが、ハーディはそうではなかったようです。

そして、次のようにハーディの気持ちを分析する。

 人間のやっかいな感情に「ジェラシー(焼き餅。嫉妬)」というものがあります。とくに、数学ではどんどん発見を行う人にジェラシーを感じないわけには行かないものでしょう。実際、別のすっきりした道を通って、ずっと先まで行き着いているのを見たら、そうなるでしょう。ラマヌジャンにハーディが持った感情の底には、それもあったことでしょう。

映画で見る限り、ラマヌジャンへの評価は、ハーディの相方リトルウッドのほうが高かった感じがある。リトルウッドが、当時、第1次大戦のせいで軍部に出向していたのが、ラマヌジャンの不運の一因だったかもしれない。

そんなこんなで、ぼくの新著の九段編を、ラマヌジャンの追悼にも使ってほしいと思う。

 

 

 

 

 

 

新著『素数ほどステキな数はない』が出ます!

前回のエントリー

たくさんのインスパイアをもらえる熱力学の教科書 - hiroyukikojima’s blog

で予告した新著が、いよいよ今週末に書店に並ぶので、今回から数回、販促をエントリーすることにしたい。新著は、小島寛之素数ほどステキな数はない』技術評論社である。

 

この本は、素数についてめちゃくちゃ真正面から取り組んだ本だ。初歩から発展まで、古典から最先端まで網羅して解説している。

ぼくには既に、素数の性質を解説した本として、『世界は素数でできている』角川新書がある。この本とどこが違うかというと、今度の本は多くの定理にきちんと証明を与えている(あるいは証明のポイントを与えている)、ということだ。しかも、数学を専門に勉強したことがなくても、がんばればどうにか理解できるぐらいの平易さと丁寧さで証明を解説しているのである。これは、新書ではとてもできない芸当だった。だから、角川新書版はほとんどを「お話」に終始している。しかし、今回の本は、351ページものページ数(めっちゃ大部じゃ)を与えてもらえたので、じっくりと、そして道具立ての初歩から、解説を展開することができたのだ。

 今回は、まず、目次と各章の簡単なあらすじを晒すことにしよう。章名は、趣向として、将棋の棋士の等級に合わせた。以下である。

素数ほどステキな数はない』目次と概要

[入門編] 素数ほど面白い数はない

(素数の末尾の法則、双子素数予想、ゴールドバッハ予想メルセンヌ素数)

[初段編] なぜ、素数は無限にある?

(素数が無限個ある証明、ユークリッド-マリン数列)

[二段編] 数列の中の素数

(等差数列を成す素数オイラー素数2次式、メルセンヌ素数とリュカテスト)

[三段編] 対数関数と素数

(対数の定義、素数定理、チェビシェフ第1関数と第2関数)

[四段編] 合同式素数RSA暗号フェルマーの小定理オイラーの定理

(合同式フェルマーの小定理の証明、オイラーの定理の証明、ウィルソンの定理の証明、RSA暗号の仕組みと電子署名)

[五段編] 順列・組合せと素数素数定理への最初のアプローチ

(組合せ数の公式、フェルマーの小定理の証明、素数定理の直感的導出)

[六段編] 無限和と素数オイラーの大発見

(無限和の定義、オイラー素数定理エルデシュによる証明、双子素数)

[七段編] 虚数素数

(複素数フェルマー2平方定理、ガウス素数による証明、平方剰余、2次体)

[八段編] 素数微分積分

(微分ランダウ記号、積分微積分学の基本定理、対数積分Li(x))

[九段編] ラマヌジャンとベルトラン=チェビシェフの定理~ψ(x)による証明

(ベルトラン予想、ラマヌジャンによる証明の完全収録)

[A級編] 複素数上の微分積分

(複素関数微分積分オイラーの公式、コーシーの積分定理、コーシーの積分公式、ガンマ関数、解析接続)

[名人編] ゼータ関数リーマン予想素数定理

(ゼータ関数オイラー積、リーマン予想オイラー素数定理の証明、ディリクレの算術級数定理の証明、明示公式の証明、素数定理の証明)

ご覧の通り、素数ファンにはよだれの出る素数ずくしのメニュー。どの編にも、ぼくの素数愛がみなぎっているので、きっと微笑みながら読み通せるはずだ。

さあ、書店に急ごう。

 

たくさんのインスパイアをもらえる熱力学の教科書

 今回は、田崎晴明『熱力学=現代的な視点から』培風館を紹介しようと思う。これは、熱力学の教科書なのだが、非常に異色であり、教科書というよりは「思想書」のような風情だ。なぜなら、本書からは、熱力学だけじゃなく、たくさんのインスパイアを得られるからだ。

 ぼくは本書は相当昔から持っていたし、読んでなんとか熱力学を理解したいと思っていたけど、ぱらぱらめくってみては、「ちょっと無理」と感じて書棚に戻す、ということを繰り返していた。

そんな本書を、今回は、第6章まで一気に読めてしまった。なぜ読めるようになったかというと、友人の物理学者・加藤岳生さんの東大での熱力学の講義資料をもらって独習したことがきっかけだった。この東大での講義は、「さすが加藤くん」というみごとなもので、ぼくは加藤さんの講義で、宿願だった熱力学の本質の一端をつかむことができたのだ。

 そうした結果、今こそ田崎『熱力学』を読めるようになったのではないか、と思いたって、満を持してチャレンジしてみた。そうしたら、なんと!読めてしまったのだ。そればかりではなく、数学エッセイストとして、また経済学者として、大きなインスパイアをもらうことになったのである。この本を理解できてしまうと、「これ以上の熱力学の解説はありえないのではないか」とまでの衝撃を受けた。(加藤くん、ごめん。せっかく資料をくれたのに。笑)

 この本で読者は、たくさんのサプライズを受け取ることができ、「世界の仕組みがどうなっているか」「人間は、それをどう受け取り、どう理解するべきか」ということを、熱現象という物理現象を通して教えてもらえるだろう。

 そのサプライズには、「等温操作と断熱操作が、どう(公理論的に)本質的に異なるか」とか「`熱'というのが、実は認識不可能なもの」とか「エントロピーが完璧にわかっちゃう」とか「自由エネルギーが最初から出てくる」とかいろいろある。でも、それは次回以降にエントリーするとして、今回は本書にみなぎっている「思想」方面についてだけ紹介しようと思う。

 田崎さんは本書の第1章で、熱力学に対する思想を熱く語っている。これは田崎さんの本に共通する姿勢である。そして、それらの熱力学に関する思想と熱力学に注ぐ眼差しからは、たくさんのインスパイアを受けとることができる。とりわけ、経済学の研究者として、得るものは大きかった。田崎さんが論じているのは、「熱力学におけるマクロとミクロの関係」だ。経済学も「マクロとミクロの関係」では同じ難題に直面しているから、刺さるものがある。例えば、以下のような記述だ。

熱力学や流体力学のようなマクロなスケールでの理論(現象論)は、よりミクロな「基本的な」理論の「近似」と見なすのが還元主義の立場である。還元主義の見方が首尾一貫しているのは確かだが、私は優れた現象論は、近似などではなく、それ自身、ミクロな理論から「独立して」存在し、ある普遍的な構造を厳密に記述するものだと捉えている。

ぼくは常々、経済学が「悪しき還元主義」に陥っているのではないかと疑ってきたので、この指摘には溜飲下がる。さらに田崎さんは次のように展開する。原文は長いので、わかりやすさを優先し、引用ではなく箇条書きで要約する。

ミクロな理論を出発点とした熱力学は、少なくとも以下の3点で望ましくない。

1.マクロな世界を記述する自立した普遍的な構造という熱力学の最大の特徴が見失われる。

2.物理学を経験科学として見たとき、ミクロな統計物理学がマクロな熱力学の基礎だと考えるべきではなく、逆に、マクロな熱力学がミクロな統計物理学の基礎だと考えるべき。

3.現在のところは、統計物理学はミクロな力学とマクロな熱力学の両側から、それぞれ部分的に支えられ成立している。このような事情を踏まえれば、統計物理学から熱力学を導こうという考えは、一種の堂々巡りとみることさえできる。

これなども、そのまま経済学に置き換えることができると思う。田崎さんは、この節の締めくくりとして、次のように述べている。

人類が経験と理性で織りなした普遍的な構造の網が、かつては理解不能だった様々な現象を覆うようになっていく。そして、人類の認識の進歩につれて、この網はより豊かに、そして、より精密になっていく。このような科学観は、たった一つの「究極の」ミクロの理論が存在し、それ以外のすべての理論はそこから「近似理論」として導出されるという還元主義的な科学観よりも、少なくとも私には、はるかに魅惑的に感じられる。

この言葉からは、ひしひしと伝わるものがあるし、ぼくの経済学の研究の方向性に大きなインスパイアを与えられる。もちろん、「じゃあ、どうすればいいのか」は、まだぼんやりとしか見えないのだが。

 この本の熱力学の解説がいかにすばらしいかは、上で書いた通り、次回以降にエントリーするつもり。でも、次回は、ぼくの新著『素数ほどステキな数はない』技術評論社の販促エントリーになるから、笑、だいぶ先のことになると思う。

 

 

 

数学と友達になれて、リーマン予想とお近づきになれる本

 

すっごい長い間、ブログを休んでしまった。新著の執筆・校正をしてたのと、論文を複数並行して作成していたことに起因するんだけど、オンライン講義のせいも大きい(共同研究者がきっとこのブログ読んでいるんで、こんなん書くなら、論文を進めろと怒りそうだし)。

で、久しぶりの今回は、小山信也『「数学をする」ってどういうこと?』技術評論社の紹介をしようと思う。

 

 その前に、近況を少しだけ。

まずは、じゃーん、映画「シン・エヴァンゲリオンを観てきました!いやあ、すごい映画だった。アニメでできることのほとんどすべてがやられてるんだろうな、って思った。ただただ映像に圧倒された。

ぼくは、少し前まで、エヴァには全く関心なかった。興味を持ったのは、「シン・ゴジラ」を観てからなのだ。

シン・ゴジラ観てきた。シン・ゴジラ観るべし - hiroyukikojima’s blog

この映画で庵野監督のファンになって、それから遅まきながら以前の映画版エヴァを観た次第。そんなだから、「シン・エヴァンゲリオン」は物語が半分ぐらいしかわからなかったけど、それでも、「これはすごいアニメだ」ということだけはわかった。何について触れてもネタバレになってしまいそうなので、この辺にしておく。

あと、音楽については、

パワフルで不思議なテータ関数 - hiroyukikojima’s blog

に書いた通り、バンド「ずとまよ」にはまっているわけだけど、最近リリースされた「ぐされ」はめちゃめちゃすごい。アルバムの出来も最高なんだけど、おまけでついてるブルーレイのライブが死ぬほどすばらしい。ずとまよの衝撃は、バンド「相対性理論」以来だと思う。すべてが完璧すぎて、わなわな震える。リーダーのACAねさんは、「遂に日本にザッパが現れた」と思わせる天才さだ(迷惑だと言われそう、笑)。現在に聴くことのできる最高の音楽だと思う。

 さて、小山信也『「数学をする」ってどういうこと?』に戻ろう。小山先生と言えば、ゼータ関数の専門家だけど、この本では、数学そのものの見方・考え方・使い方を懇切丁寧に語っている。完全な数学音痴でも読める(ところが多い)。

 三部構成になっていて、

第Ⅰ部「日常編」、第Ⅱ部「無限への挑戦」、第Ⅲ部「ゼータ編」

である。第Ⅰ部は、主に新型コロナ肺炎をテーマに、こういう未知のパンデミックについて、どう数学を適用していくかを解説している。毎日、ニュースやSNSで見かける議論について、それこそ算数レベルの計算でアプローチしていて、それでも「なるほど」という結論が導ける。読めば目から鱗の人が多いと思う。

第Ⅱ部は、「無限」に関する数学を易しく解説している。これは、「無限」という数学固有の概念、そしてだからこそ、人間の思考の本性について、その深淵を垣間見せてくれるものだ。もちろん、第Ⅲ部のゼータ関数への伏線ともなっている。

ただ、ここにはぼくも一家言あるので、書き添えておく。ぼくは、「アキレスと亀」の解決を「無限和の収束」に求めるのはお門違いだ、という思想を持っている。なぜなら、それだと、「アキレスと亀」という形而上の議論に、別の形而上の議論で反論しているだけにすぎないからだ。単に「特定の無限和が収束する」ことを手前みそに定義しておいて、「だからアキレスは亀に追い付く」と言っているに過ぎないから、そんなのなんの反論にもならないと思うのだ。その「定義」が「我々のこの現実」である証拠はない。むしろ、「アキレスと亀」の議論のほうがずっと深淵な「現実に対する問いかけ」をしていると思う。この点については、詳しくは拙著『無限を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫を参照して欲しい。

 さて、数学の素人とは言えないぼくには、結局は、第Ⅲ部がめちゃくちゃ面白かった。Ⅰ部とⅡ部が平易だからと言って見くびってはいけない。この第Ⅲ部には、最先端(2010年以降)のゼータ研究が投入されているのだ。それは、「リーマン予想」と呼ばれるリーマン予想を超えた予想についてだ。

リーマン予想というのはリーマン・ゼータ関数に関する予想だ。リーマン・ゼータ関数というのは、自然数のs乗の逆数和

\zeta(s)=\frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{3^s}+\dots

のことで、この「虚の零点」(全複素数に解析接続した上で、実数でない零点)が一直線(実部が1/2の直線)上に並ぶ、というのがリーマン予想だ。大事なことは、\zeta(s)素数を使って表現できる、ということ、すなわち、

\zeta(s)=\frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}素数pすべてにわたる積

 と表せる。これを「オイラー」と呼ぶ。これによって、リーマン・ゼータ関数の零点と素数とが結びつくことになり、リーマン予想が正しければ、素数についていろいろわかるのである(詳しくは、拙著『世界は素数でできている』角川新書参照のこと)。

一方、類似の関数として、「オイラーのL関数」というのがある。それは、

L(s)=\frac{1}{1^s}-\frac{1}{3^s}+\frac{1}{5^s}-\frac{1}{7^s}\dots

というもの。奇数のs乗の逆数の交代和となっている。これにもオイラー積があって、

L(s)=\frac{1}{1-\frac{e}{p^s}}の奇素数pすべてにわたる積・・・(☆)

ここで定数eは、pが4n+1型素数のときは1、4n+3型素数のときは-1となるもの。このL関数についても非自明な零点が一直線上に並ぶ(実部が1/2)と予想されており、これが「L関数のリーマン予想」だ。

この本では、「L関数のリーマン予想」に関するアプローチとして最新の研究を紹介している。それが「リーマン予想」なのだ。今だったら、「シン・リーマン予想」と書いたほうが通りが良かっただろう(←完全ばか)

 L関数のリーマン予想は、1/2<s<1でオイラー積(☆)が収束することに帰着される。ただ、収束と言っても(テクニカルなことだけど)絶対収束ではなく条件収束だというのが大事だ。これが証明されれば、L関数のリーマン予想が正しいことがわかる。

 一方、「深リーマン予想」とは、「オイラー積(☆)がs=1/2で条件収束する」という予想。これは、リーマン予想より強い予想だから「深(シン)」とついている。この収束は、数値計算ではかなりな桁数まで確認されており、「正しそう」という手ごたえがあるのだそうだ。

 「オイラー積の収束を攻める」という戦略がわれわれアマチュアや高校・大学生に嬉しいのは、「解析接続した関数の零点」という見えざる相手が、「極限の収束」というどうにか見える気がする相手に置き換えられることだ。これは、リーマン予想の裾野を広げることに役立つと思う。

 最後に、小山信也『「数学をする」ってどういうこと?』でめちゃめちゃ興奮した解説をひとつだけ紹介しておこう。それは、「オイラーメルテンスの定理」と呼ばれる公式、

\frac{\pi}{4}=L(1)=\frac{3}{4} \frac{5}{4} \frac{7}{8} \frac{11}{12}\frac{13}{12}\dots

のめちゃめちゃわかりやすい証明が解説されていることだ。この公式は、円周率と素数が結びつく、という感動の公式。でも証明に使われているテクニックは、ぼくの見るぶんには、単なる「エラトステネスのふるい」の応用である。まさか、この「ふるい」にこんな使い道があるとは、驚き桃ノ木であった。こんなわかりやすい証明があるとは知らなかった。

 本書は、このように、平易な語り口調ながら、日常から無限をめぐって、最後には最新のゼータ研究までに到達する、めちゃめちゃエキサイティングな数学啓蒙書だと言える。読まない手はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりにWebRonzaに投稿しました。

久しぶりにWebRonzaに記事を投稿した。テーマは、

「デジタルvs紙~どういう学習ツールが優れているのか?」↓

デジタルvs紙~どういう学習ツールが優れているのか? - 小島寛之|論座 - 朝日新聞社の言論サイト

東京大学大学院総合文化研究所とNTTデータ経営研究所の共同研究の他、情報学研究所の新井紀子教授の主張と、東大経済学部の松井彰彦教授の主張とを紹介している。

全文読むには、購読者になる必要があるけど、興味ある人は是非読んでおくなまし。

 

 

 

 

剰余定理には、行列バージョンがあったんだ!

 年末ぐらいからNetflixにはまり、けっこうドラマを観ちゃっている。

 まずは、「クイーンズ・ギャンビット」。これはすごかった。あまりに傑作だった。なんと、全7話を三巡も観てしまった(笑)。

 物語は、親を失い、施設で暮らす女の子が、施設の清掃員のおじさんにチェスを教わり、チェスの天才へと成長していく、というもの。たぶん、現実に世界チャンピオンになったボビー・フィッシャーを女子に置き換えたんだと思うのだけど、シナリオがあまりによくできている。チェスの詳しい内容には踏み込まず、その代わり、アメリカ社会のいろいろな側面を投入した、みごとな青春ストーリーになっている。

 そして、最近観たのは、実写版「アカギ」。これは、アカギと鷲巣との伝説の一夜の闘いを完全に描いたもの。本郷くんのアカギもさることながら、津川さんの鷲巣がすばらしかった。マンガを読んだときは、次が知りたくて、ついつい手替わりとかおろそかにしてしまったけれど、このドラマではきちんと説明がなされるのでマンガよりわかりやすかった。

 もう一つ観たのは、実写版「咲」のドラマ4話と映画。以前は全く興味がなかったんだけど、最近、浜辺美波ちゃんの良さに目覚め、美波ちゃん目当てでこのドラマを観た。麻雀の内容もおもしろいが、とにかく当時、16歳ぐらいだった美波ちゃんの美少女ぶりがすばらしい。

 さて、これで終わったら「阿呆か」ってなってしまうので、数学のこともちょっと書こう。

 実は今、線形代数の復習をしている。なんで今頃、線形代数か。実はある疑問に肉薄したいからなんだけど、それは最後に書くことにして、今何を復習しているのかを述べる。それは、「ジョルダン標準形」なのだ。

 ぼくは、『ゼロから学ぶ線形代数講談社という本を刊行していて、けっこうロングセラーになっている。そんなのに「ジョルダン標準形」を知らないんかい、という突っ込みが来そうだが、そりゃ、知ってるさ。この本を書くときに、ちゃんと理解した。でも、その時の理解では、今肉薄したいぼくの疑問には届かないのだ。当時の理解は、草場公邦『線型代数』朝倉書房から得たものだったような気がする。これは、草場先生の本の特徴である、ものすごい明解な解説がみなぎっている。でも、今回の疑問に際して、読み直してみて、「なんか求めているものと違うな」という感触になったのだ。草場先生の本には、わかりやすく簡潔な証明が投入されているんだけど、言ってみれば「予備校の先生がやる別解名人芸」みたいなもので、「数学の深淵」とはちょっとズレている感じもするのである。

 そこで、今回は、杉浦光夫『Jordan標準形と単因子論』岩波書店を読むことにしたのだ。ぼくの疑問へのヒントがここにある予感がしたからだ。そして、この本を読んでよかったと思う。「行列の対角化」と「行列のジョルダン標準形」について、実に「深淵な」解説を展開している。

 今回は、その中から、「剰余定理の行列バージョン」を引用することにする。

「剰余定理」というのは、高校2年ぐらいで教わる多項式についての定理だ。多項式f(x)と1次多項式(x-\alpha)(\alphaは数)に関して、f(x)=(x-\alpha)Q(x)+Rを満たす多項式Q(x)と数Rが存在し、数R多項式f(x)x=\alphaを代入したf(\alpha)になる、というもの。この定理によって、「因数定理」とよばれる「f(\alpha)=0f(x)=(x-\alpha)Q(x)」が導かれる。この定理を行列に拡張したバージョンが存在したのである。有名なのかもしれないが、恥ずかしながら今の今まで知らず、杉浦先生の本で初めて知った。

 行列バージョンは次のように表現される。

tを変数とし、n次正方行列P_jたちを係数とする多項式P(t)=P_mt^m+P_{m-1}t^{m-1}+\dots+P_0がある。このとき、n次正方行列Aとn次単位行列Iに対して、P(t)=(tI-A)G(t)+Rを満たすn次正方行列G(t)Rが存在する。そして、R=A^mP_j+A^{m-1}P_{j-1}+\dots+P_0となる。

このRは、行列係数の多項式P(t)の変数tに行列Aを代入したものだから(ただし、積の順序に注意)、まさに「剰余定理」と同じことを主張している。この定理の証明は、P(t)の次数に関する数学的帰納法で出来て、とても簡単なのだ。

 この定理の系として、「行列版・因数定理」も得られる。すなわち、多項式g(t)とn次正方行列Aに関して、

g(A)=O⇔「g(t)I=(tI-A)G(t)となるG(t)が存在」

という定理だ。この定理は、意外な定理の証明に利用できる。それは、あの有名な「ハミルトン=ケーリーの定理」である。この定理は、高校数学に行列と1次変換があった我々の時代には、生意気な受験生なら知っていた定理である。

「ハミルトン=ケーリーの定理」とは、

「n次正方行列Aとその固有多項式\Phi(t)=det(tI-A)に関して\Phi(A)=0となる」

というもの。(ちなみに、det(AI-A)=0は間違った証明、ということがwikipediaに書いてあるので、参照するように)。

 この「ハミルトン=ケーリーの定理」は「行列版・因数定理」によって次のように鮮やかに証明できる。tA-Iの余因子行列をG(t)としよう(行列Aの余因子行列\tilde{A}とは、detA\neq0のとき、1/detAを掛けると逆行列になる行列のことで、一般には、A\tilde{A}=(detA)Iを満たす)。すると、(tA-I)G(t)=(det(tI-A))I=\Phi(t)Iが成り立つ。したがって、「行列版・因数定理」から\Phi(A)=0となる。

草場先生の本には、もっとダイレクトな「ハミルトン=ケーリーの定理」の証明が紹介されているが、たぶん、本質的にはこれと同じ仕組みだと思う。そして、ぼくは杉浦版の証明のほうが好みだ。なぜなら、「剰余定理」「因数定理」という高校数学で馴染みの定理の発展形が成り立つことが本質だと教えてくれていて、「一貫した哲学」が感じられるからだ。

 さて、最後に、なんでぼくが今頃、「ジョルダン標準形」を勉強したくなったかを簡単に述べておこう。それは、「多項式因数分解における分岐」というのが、行列の基本形とか、対応する空間(一般固有空間)の性質を映し出す、というのがめっちゃ不思議だからなのだ。実際、n次正方行列Aの固有多項式\Phi(t)=det(tI-A)が、\Phi(t)=(t-\alpha_1)^{m_1}(t-\alpha_2)^{m_2}\dots(t-\alpha_r)^{m_r}

と素因子分解されるとき、指数m_kAの一般固有空間の次元となる。ただし、これだと、固有空間(Aが対角化できる)の場合と、一般固有空間(Aがべき零成分を持つ)の場合とが区別がつかず、それを分類するには最小多項式m(t)(Aを代入して零行列になる最小次数の多項式)を調べる必要がある。最小多項式m(t)は、固有多項式\Phi(t)を割り切り、しかも固有多項式の根はすべて根として持っていることが示される。これらを分析すると、Aが対角化できるのは最小多項式m(t)が分岐しない場合(単根の場合)だと判明する。

 このように、「対角化」と「多項式の分岐」と「固有空間」とが魔法の鏡のように互いを映し合っている。なんかワクワクする世界感である。実は数論を勉強してみると、似たような場面に遭遇する。代数体における素数の素イデアル分解に、分岐の性質(因子の素イデアルの指数が2以上)が現れ、どうも多項式や特殊な空間と関係があるようなのである。こういうこととの関係性を知りたくて、久しぶりにジョルダン標準形を新しい観点(単因子という観点)から理解したくなったのだ。

本文中に出てきた本は以下。(杉浦先生の本はアマゾンに見つからなかった)。

線型代数 (すうがくぶっくす)

線型代数 (すうがくぶっくす)

  • 作者:草場 公邦
  • 発売日: 1988/10/01
  • メディア: 単行本
 
ゼロから学ぶ線形代数

ゼロから学ぶ線形代数

  • 作者:小島 寛之
  • 発売日: 2002/05/10
  • メディア: 単行本
 

 草場先生の本は、ぼくの知りたい「哲学」には答えてくれないけど、達人のようにエレガントな解説をしている。ぼくの線形代数の本は、対角化については一般論を書いていないけど、「固有値が物理学的にどんな意味を持っているか」について、簡明な解説をしているので、役に立つと思う。是非読んでみて。