2平方定理の幾何的証明

 今回は、「2平方定理」について、数学書の中に幾何的証明を見つけたので、そのさわりの部分を紹介したい。読んだ本は、キャッセルズ『楕円曲線入門』岩波書店だ。
この本は、楕円曲線(y^2=x^3+ax+bで定義される曲線)の数論を解説した本だが、p進体上の楕円曲線も含むのが特徴である。

この本のユニークなところは、各章が非常に短いこと。長くても5ページぐらいで終わる。だから、長い解説や証明を読まされる苦痛は少ない。しかし、そのおかげで全部で26章もある。

この本は、(ぼくにとって)めちゃくちゃわかりやすいところとすげぇわかりにくいところが混在している。おおざっぱに言えば、最初のほうはものすごくわかりやすいが、途中からかっとんでしまって歯が立たなくなる。後半には、「ガロアコホモロジー」とか、「セルマ-群」とか、フェルマー予想解決のときに耳にしたアイテムが出てくるだけに読破できれば幸せだと思うのだけど、近未来の目標というところだ。

 さて、「2平方定理」というのは、「4で割ると1余る素数は2つの平方数の和で表せる」というもの。例えば、5=1^2+2^2, 13=2^2+3^2, 17=1^2+4^2のようなことだ。同値な言い換えをすれば、「素数pに関して、l^2 \equiv -1 (p)を満たす整数lが存在するなら、pは2つの平方数の和となる」である。

この定理は、(初等的にも証明できるが)普通は2次体のガウス整数を使った証明がなされる。ガウス整数とは、a+bi(a,bは整数)の形の複素数だ。おおざっぱには、4で割ると1余る素数pは、ガウス整数の世界では素数でなくなり、p=(a+bi)(a-bi)素因数分解されることから証明される。(a+bi)(a-bi)=a^2+b^2だから巧くできている。詳しい証明は、拙著『素数ほどステキな数はない』技術評論社で読んでほしい。

 キャッセルズの本には、この定理の幾何学的証明が載っていてのけぞった。この手法自体は知っていたけど、2平方定理が証明できるとは初耳だった。

 証明にはひとつの補題とそれから導かれる定理が使われる。

補題とは、「mは正整数。Sn次元空間の点集合で、その体積V(S)mより大きいとする。このとき、Sに属するm+1個の点\boldsymbol{s}_0, \boldsymbol{s}_1, \dots,\boldsymbol{s}_mが存在して、任意の0 \leq i ,j \leq mについて、差\boldsymbol{s}_i-\boldsymbol{s}_jのすべての座標が整数となる。」というもの。点集合Sがどんなに変な形をしていても、体積がmより大きいなら、すべての座標の差が整数となる点がm+1個以上とれてしまう、ということだ。m=1の場合はBlichfeldtという数学者が最初に証明したらしい。

この補題の証明は次のようにすごく簡単明瞭だ。

まず、「単位立方体」の点集合Wを、「すべての座標が0以上1未満の点の集合」と定義する。すると、n次元空間のすべての点\boldsymbol{x}は、点集合Wの点\boldsymbol{w}とすべての座標が整数である点(格子点とも言う)\boldsymbol{z}を用いて、\boldsymbol{x}=\boldsymbol{w}+\boldsymbol{z}と表せる。

次に、\psi(\boldsymbol{x})Sの「特性関数」とする。すなわち、\boldsymbol{w}Sに属するなら\psi(\boldsymbol{x})=1、そうでないなら、\psi(\boldsymbol{x})=0と定義された関数である。そして、この関数をn次元空間全域で積分する。積分値は\int   \psi(\boldsymbol{x})d\boldsymbol{x}であるが、定義からこれは体積V(S)である。したがって、

\int   \psi(\boldsymbol{x})d\boldsymbol{x}=V(S)>m

さて、この積分を単位立方体に分解して実行するとしよう。2次元なら、例えば、点\boldsymbol{z}=(1, 2)を最小点とする単位立方体は(1+w_1, 2+w_2)なる点の集合だから、\boldsymbol{z}+Wとなる。だから、先ほどの積分は、整数点\boldsymbol{z}にわたる総和として、

\int   \psi(\boldsymbol{x})d\boldsymbol{x}=\sum_{\boldsymbol{z}}\int_{\boldsymbol{z}+W}  \psi(\boldsymbol{x})d\boldsymbol{x}

と書き換えることができる。各積分を、\boldsymbol{w}を変数に取り替えて、単位立方体内での積分に書き換えると、(さらに積分と総和を入れ替えて)、

\int   \psi(\boldsymbol{x})d\boldsymbol{x}=\int_{W}\sum_{\boldsymbol{z}}\psi(\boldsymbol{w}+\boldsymbol{z})d \boldsymbol{w}

となる。

ここでもし、積分の中身の\sum_{\boldsymbol{z}}\psi(\boldsymbol{w}+\boldsymbol{z})がすべての\boldsymbol{w}に対してm以下であると、単位立方体の体積が1であることに注意して、

\int   \psi(\boldsymbol{x})d\boldsymbol{x}=\int_{W}\sum_{\boldsymbol{z}}\psi(\boldsymbol{w}+\boldsymbol{z})d \boldsymbol{w} \leq \int_{W} m d \boldsymbol{w}=m\int_{W}1d \boldsymbol{w} \leq m

となって、V(S)>mに矛盾してしまう。よって、ある\boldsymbol{w}_0に関して、

\sum_{\boldsymbol{z}}\psi(\boldsymbol{w}_0+\boldsymbol{z})>m

が得られることになる。左辺の総和の中身は1または0だから、左辺は整数。よって、左辺がm+1以上になる\boldsymbol{w}_0が存在する。これは、\boldsymbol{w}_0+\boldsymbol{z}Sに属する点\boldsymbol{w}_0+\boldsymbol{z}が少なくともm+1個以上存在することを意味する。これらを\boldsymbol{s}_0, \boldsymbol{s}_1, \dots,\boldsymbol{s}_mと置けば、それら任意の2点の差は(\boldsymbol{w}_0が相殺されて)、すべての座標が整数となって、補題の証明が終わる。

 ポイントは積分の単純な評価にすぎないから、こんな簡単な分析でも面白い結果が出てくることに数学のパワーを実感できる。

 この補題を使うと次の定理が証明できる。m=1の場合はMinkowskiによって、一般の場合はvan der Corputによって証明されたとのこと。

定理「\Lambda\boldsymbol{Z}^n(整数のみからなるn次元ベクトルの成す加法群)の指数mの部分群とする。\mathcal{C}n次元空間の凸かつ対称的な部分集合で、体積がV(\mathcal{C})>2^{n}mであるものとする。このとき、\mathcal{C}\Lambda(0, 0, \dots,0)以外の共通点をもつ」

この定理は、上の補題を使って、引き出し論法に持ち込めば簡単に証明できるのだけど、部分群の指数とか説明するのが難儀なので省略する。

そしていよいよ、この定理を上手に用いることで、2平方定理「正整数Nに関して、l^2 \equiv -1 (N)を満たす整数lが存在するなら、Nは2つの平方数の和となる」が証明できる。冒頭で述べたのは素数に関してだけど、ここでは一般の正整数Nに拡張されていることに注目してほしい。

この2平方定理の証明は、\mathcal{C}を開円盤x^2+y^2<2Nととり、\boldsymbol{Z}の部分群\Lambdaを「 y\equiv lx (N)」で定義すれば、先ほどの定理から(0, 0)と異なる(u, v)で、(u, v) \in \mathcal{C} \cap \Lambda をみたすものが存在する。つまり、0<u^2+v^2<2Nかつu^2+v^2=u^2(1+l^2)\equiv0 (N)となる。これから、u^2+v^2=Nが得られる。要するに、Nの倍数となるu^2+v^2で、0以上2N未満のものがあり、それはNそのもの、ということだ。補題や定理における「体積がある程度大きいなら整数点(格子点)が存在する」ことと、「合同式の制約」から、ピンポイントの平方和が出てくる、というからくりなわけ。実によくできている。

 キャッセルズは、この2平方定理の証明は定理の簡単な応用例として紹介している。ほんちゃんは、Hasseによる「局所・大域原理」を証明することだ。これは、「\boldsymbol{Q}上の2次曲線\mathcal{C}上に有理点が存在するための必要十分条件は、\mathcal{C}実数体\boldsymbol{R}上およびすべての素数pに関しp進体\boldsymbol{Q}_p上で定義された点をもつこと」

という定理。これは現代数論のひとつの象徴的定理と言えるものだ。

 しつこくてすまんが、2平方定理の2次体の数論を使った証明を、わかりやすく知りたいなら、拙著『素数ほどステキな数はない』技術評論社を読んでほしい。他にも素数の魅力が満載の本だよ。