整数の中のランダム性

 今年は、夏からあまりに忙しくて、このブログを更新する時間が取れなかった。

忙しさの最も大きな要因は、新書を書いていたことだ。しかも、普通の新書とはわけが違う。ぼくの勤務する帝京大学が、このたび、帝京大学出版会を立ち上げる運びとなった。そして、帝京新書というブランドを新設し、新書市場に参入することとなった。その第一弾の1冊をぼくが書くことになったのだ。その新書は、『シン・経済学ー貧困、格差および孤立の一般理論』である

タイトルは編集者がつけた。ぼくには恥ずかしくてこんなタイトルはつけられない。まあ、ぼくも庵野監督のファンだから、拒否まではしなかった。

この本については、刊行時期が近づいたら販促しようと思う。

 もうひとつ、忙しさをちょっとだけ担ったのが、NHKの番組への出演だ。それは、市民X「ビットコインの生みの親『サトシ・ナカモト』とは?」である。

www6.nhk.or.jp

NHK総合の放送は終わってしまったけど、NHK BSで放送される完全版は11月26日(日曜)夜9時の放送だから、是非、観てほしい。ぼくは、拙著『暗号通貨の経済学』講談社メチエに書いた知識をベースにインタビューに答えている。実によく取材されている面白い番組になっている。

 さて、これだけで終わっては何なので、最近読んで面白かった本を紹介することにしよう。それは、小山信也『素数って偏ってるの?~ABC予想、コラッツ予想、深リーマン予想技術評論社だ。

この本のメイン・テーマは、著者の小山先生が最近になって論文にした「チェビシェフの偏り」に関する「深リーマン予想」の仮定の下での証明だ。

チェビシェフの偏り」というのは、「4で割ると1余る素数」と「4で割ると3余る素数」の出現順序に関するものだ。100以下の奇素数では、「4で割ると1余る素数」が11個で「4で割ると3余る素数」が13個。後者のが多い。1000以下では前者が80個で後者が87個。1万以下では前者が609個後者が619個。このように、たいてい後者のほうが多い。300万以下では、後者が前者より249個も多い。

こうなると、「4で割ると1余る素数」全体よりも「4で割ると3余る素数」全体のほうが多いんじゃないの?と疑りたくなるけど、実はそうではない。奇素数全体の中に「4で割ると1余る素数」の占める割合と「4で割ると3余る素数」の占める割合は(極限としては)等しいことが証明されている。すると、この見た目の偏りはどういうことなのだろうか。このように、与えられたx以下の範囲で調べると「4で割ると3余る素数」が「4で割ると1余る素数」より多い傾向が強いことを発見者にちなんで「チェビシェフの偏り」と呼ぶらしい。

本書は、この「チェビシェフの偏り」が深リーマン予想を前提とすれば説明できることを解説している。深リーマン予想については、当ブログのこの記事を参照してほしい。

 しかし、ぼくにとってのこの本の白眉は、「コラッツ予想」についての最近の進展を解説していることだ。「コラッツ予想」というのは、アマチュア数学愛好家にも有名な予想で、「正の整数から出発して、偶数なら2で割り、奇数なら3倍して1を加えるという操作を繰り返すと、有限回で1になる」というものだ。一例をあげれば、6からスタートして、

6→3→10→5→16→8→4→2→1

と8ステップで1に到達する。

この予想は、数学者のコラッツが1930年頃に考えついて、1950年の国際数学者会議の中の雑談を通して世間に広まったとのことだ。整数論で有名なハッセが取り組んで解けなかったことはよく知られているらしい。

一見してわかるように、全く手のつけようのない問題に見える。しかし、この難問に最近、大きな進展があった。それが語られているのである。

その進展をもたらしたのは、素数に関する「グリーン=タオの定理」で有名なテレンス・タオだ。またしてもタオが偉業を成し遂げた。

タオのコラッツ予想へのアプローチには、整数の中に潜んでいる特殊なランダム性が利用されている、とのこと。非常に難しい定理なので、簡単には理解できないが、この本には測度論などの前提知識を丁寧に初歩から解説してあるから、理解しようという意欲がわいてくる。

小山先生は、「チェビシェフの偏り」も、素数の持つある種のランダム性の現れだという。ランダム性というのは、確率に関する概念であるにもかかわらず、「静的な」整数の集合や素数の集合にも適用できることに数学の深みを垣間見ることができる。

 これはうがった見方かもしれないが、確率論に構築されているランダム性は、実は「静的な」概念で、「動学的な」ランダム性は別のところにあるのかもしれない、という妄想も膨らむ。数学者による一般向けの解説書は、そういう楽しい妄想をかきたてる効果もあるのだね。

 最後に、途中で紹介したビットコイン関係の書籍はこれですよ。