オイラー素数生成式の思い出

今回は、「オイラー素数生成式」について、出会いと再会を書いてみたい。

その前に音楽の話を一つだけ。前回のエントリー、

ネコの物語が、こよなく好きだ - hiroyukikojima’s blog

で、最近、音楽ユニット・ヨルシカが好きだということを書いたが、そのヨルシカがリリースした最新アルバム「盗作」があまりにもすばらしいのだ。一曲一曲もすごいのだけど、全体が一つのストーリーになっていて、コンセプト・アルバムになっている、というのがぶっとびなのである。こんなバカなアルバムを聴いたのは、ぼくの経験では、ピンクフロイドの「アニマルズ」「ウォール」以来、久々だと思う。(他のプログレのバンドを無視するな、という声も聞こえてきそうだが無視する。笑)。

しかも、ぼくが購入した「盗作」初回限定版には小説とカセット・テープがおまけで付いている!現在、ぼくの家にはラジカセがないので、途方に暮れているところだ。なんてことするんだ!

ボカロPのn-bunaさんの楽曲もめちゃくちゃ斬新だが、ボーカルのsuisさんの声と歌唱力がすばらしい。よくよくみたら、「TK from凛として時雨」のお気に入りの最新アルバム「彩脳」にsuisさんがゲストで入ってた!気が付いてなかった。このアルバムも最高のアルバムだ。

 さて、本題に戻ろう。

オイラー素数生成式」とは、(xの2乗)+x+41、という2次式である。これは、xに0から39まで代入すると、連続して40個の素数を生成するとんでもない2次式だ。天才オイラーの発見だから、オイラーにしてはたいしたことではないかもしれないが、ほれぼれしてしまう。

ぼくがこの式に出会ったのは、中学生のときだった。何かの啓蒙書で知ったのだと思う。記憶はあいまいだが、たぶんぼくのことだから40個計算して、それらが素数であることをチェックしたのだろう。そして、そのみごとさに見惚れたことだろう。

x=40を代入すると素数にならない、ということは勘がいい人ならすぐわかる。(41でダメなのは勘が悪くてもわかる。笑)。なぜなら、(xの2乗)+x=x(x+1)からx=40なら、これが40×41となるからだ。つまり、x=40では素数にならないことは簡単にわかるが、それまではずっと素数が生成される、というのはめっちゃすごいことである。

オイラー素数生成式」と再会したのは、塾講師をしていた頃だった。数学オリンピックで、次のような問題が出題されたのを見たからだ。

(数学オリンピック 1987年キューバ大会) 

nを2以上の素数とする。

0≦k≦√(n/3)をみたす任意の整数kに対して、(kの2乗)+k+nが素数ならば、0≦k≦n-2の任意の整数kに対しても(kの2乗)+k+nは素数であることを示せ。

この問題を見たときは心底驚いた。これは、まさに「オイラー素数生成式」をテーマにする問題ではないか!しかも、この問題(定理)によれば、√(41/3)=√13.6・・=3.6・・だから、k=0, 1, 2, 3について素数が生成されることを確認すれば、k=39まで素数であることが保証される、というのだ。こんなことが初等的に証明できる、ということに思わずのけぞったのである(数学オリンピックの問題は、原則として、数1までの知識で解けるように作られている)。

もちろん、証明は常人に思いつくようなものではなかった。面倒なので概要で済ませるが、次のようなものである。

まず、もしも、0≦k≦n-2のkに対して素数でないものがあるとして、最初のそれをsとする(つまり、それまではすべて素数となると仮定される)。その上で、(sの2乗)+s+nの素因数で最小のものをpとする。この素数pに対して、0≦k≦s-1なるkに対する(kの2乗)+k+nが、素数pそのものになるかどうかを検討する。sがある程度大きいと、(すなわち、√(n/3)以上だと)、0≦k≦s-1なるkに対する(kの2乗)+k+nのどれかが素数pに一致する。しかし、このように、pの倍数が2回現れることは不可能なのだ。それは、(sの2乗)+s+n-{(kの2乗)+k+n}の因数分解からわかるのである。(詳しい、証明は、拙著『数学オリンピック問題に見る現代数学ブルーバックスを参照してほしい)。

いやあ、すごいことを思いつく人がいるものだな、と惚れ惚れしたものだった。

 ところが、最近になって、この「オイラー素数生成式」とまた再会したのである。

それは、最近読んでいた小野孝『数論序説』裳華房である。この本については、

高木貞治『初等整数論講義』の続きで読むべき数学書 - hiroyukikojima’s blog

で紹介したので、参照してほしい。

この本の最後のほうに、唐突に「オイラー素数生成式」が登場する。しかも、なんと!練習問題での登場だ。それは以下のような問題である。(表現をわかりやすく変更している)。

問題4.16(ラビノヴィッチ) 有理数虚数mを添加した虚2次体をkとし、m≠-1, -3とする。

lを、m≡2, 3(4)のときは-mと定義し、m≡1(4)のときは、(1-m)/4と定義する。

さらに、

P(x)を、m≡2, 3(4)のときは、(xの2乗)+l、と定義し、m≡1(4)のときは、

(xの2乗)+x+l、と定義する。このとき、次の2条件は同値である。

(i) P(x)が0≦x≦l-2なるすべてのxについて素数

(ii) 2次体kの類数が1である。

この問題でm=-163としたものが、「オイラー素数生成式」である。実際、-163≡1(4)だから、

l=(1-(-163))/4=41、となる。つまり、P(x)=(xの2乗)+x+41、となる。

この問題(ラビノヴィッチの定理)から、虚2次体Q(√-163)の類数(あとで説明する)が1であることを確かめれば、「オイラー素数生成式」が40個の素数を生成することがわかるのだ。そればかりではない。この問題(ラビノヴィッチの定理)から、次のこともわかる!

(xの2乗)+x+lという式で、オイラー素数生成式よりももっと多くの素数を連続して生成するものは存在せず、オイラー素数生成式が最良である。

なぜなら、虚2次体で類数が1のものは、Q(√-163)のあとにはないと証明されているからなのだ。

「ラビノヴィッチの定理」については、ネット上に多くの解説がころがっており、厳密な証明をアップしているものもあるので、ここでは証明を紹介することにこだわらないことにする。そこで、数学愛好家諸氏のために、「類数」の簡単な解説をすることに集中する。

 2次体というのは、有理数に√mを添加して作った体Q(√m)のことで(mは1以外の平方因子を持たない)、(有理数)+(有理数)√m、という形の数の集合である。ルート数√2を加えた場合は、√2と有理数とで作られる(中学生におなじみの)数世界となる。虚数単位√-1を加えて作った場合、複素数の中の、係数が有理数である(高校生におなじみの)数世界となる。前者が実2次体、後者が虚2次体である(2次体については、拙著『完全版 天才ガロアの発想力』技術評論社ガロア理論の観点から勉強してほしい)。

 2次体Q(√m)の中で「整数」にあたるものが定義される。これはmを4で割った余りで分類される。Q(√m)の「整数」は、mを4で割った余りが2, 3の場合は(整数)+(整数)√mであり、mを4で割った余りが1の場合は(整数)+(整数){(1+√m)/2}、である。前者は自然だけど、後者は不自然な形をしていて、なぜこうなるかには理屈がある(整閉という理屈)が、省略する。

 「整数」にあたるものが定義できたので、「約数」「倍数」を通常の整数の場合と同じに自然な形で定義できる。そうするとすぐに、「1の約数」について違いが出てくるのがわかる。通常の整数では、「1の約数」は±1の2つだけど、Q(√-1)では±1と±√-1, Q(√2)では(1-√2など)無限個になる。次に「素数」に対応する「既約元」が定義される。すなわち、「整数」aがa=bcと表されれば、bかcは「1の約数」になるものを「既約元」と決める。

 以上のような定義の下では、Q(√-1)や Q(√2)では「既約分解の一意性」が証明できる。これは通常の整数に対する「素因数分解の一意性」に対応するものだ。例えば、5は通常の整数世界では素数だが、Q(√-1)では既約分解できる。5=(1+2√-1)(1-2√-1)である。ここで、1+2√-1も1-2√-1もQ(√-1)世界での既約元(素数)にあたる。

 すべての2次体でこれが成り立てば、清純で平和な、しかし面白みのない数学になるが、実際はそうではなく、実に面白いことがわかった。それは、多くの2次体で「既約分解の一意性」が成り立たない、という事実だ。

 有名な例では、Q(√-5)では、6が2通りに既約分解される。実際、6=2×3=(1+√-5)(1-√-5)であるが、2も3も(1+√-5)も(1-√-5)も既約元で、これ以上分解されないのである。このことは、虚2次体に固有のことではなく、例えば実2次体Q(√10)でも生じる。

 このことは、通常の整数での素数が備えている二つの性質「既約元」「素元」が、2次体では分離されることを意味している。ちなみに「aが素元」であるとは、aがbcを割り切るなら、bかcを割り切ることを言う。通常の整数の場合は、「既約元」は必ず「素元」で、その逆も成り立つ。しかし、Q(√-5)では、上で見たように、2は(1+√-5)(1-√-5)を割り切るけど、(1+√-5)も(1-√-5)も割り切らないから、2は既約元だが素元ではない。このズレが、2次体の数論をめっちゃ豊かで面白くする源泉なのだ。

 さて、このズレを解消して、清純さを取り戻すために編み出されたのが、「イデアル」というツールだ。イデアルとは、Q(√m)の整数から成る部分集合Iで、次の2条件を満たすものである。

(i)  x,yIの要素なら、 x±yもそう。(ii)  xIの要素なら、 xの「Q(√m)での倍数」もそう。

(イデアルのもっと詳しい解説は、拙著『数学は世界をこう見る』PHP新書を読んで欲しい)。イデアルは、通常の整数の世界では、単なる「あるaの倍数の集合」となって、「倍数」概念と一致してしまうが、2次体の世界では「倍数」概念とのズレが生じる。例えば、Q(√-5)の整数世界では、

P={(2の倍数と(1+√-5)の倍数との和}と決めると、これはイデアルではあるが、「あるaの倍数の集合」とはならない。つまり、イデアルは倍数の拡張概念ではあるものの、2次体においては、「単なる倍数ではない場合」が生じるのである。

そこで、

イデアルQ={(3の倍数と(1+√-5)の倍数との和},

イデアルR={(3の倍数と(-1+√-5)の倍数との和}

と定義すると、(イデアル同士に適切な積を定義することで)、

(2の倍数の作るイデアル)=(Pの2乗),  (3の倍数の作るイデアル)=QR

(1+√-5の倍数の作るイデアル)=PQ,  (1-√-5の倍数の作るイデアル)=PR,  

となって、6=2×3=(1+√-5)(1-√-5)のもっと細かい分解が可能となる。そう、

6=(Pの2乗)(QR)=(PQ)(PR)

という形で、「分解の一意性」が回復されるわけである。

 長い道のりを進んできたが、やっと、「類数」にたどり着いた。

以上のように、ある2次体では、単なる倍数集合とは異なるイデアル(上記、P, Q, Rのようなイデアル)があることがわかったが、それらの中で「本質的に異なるものが何種類あるか」を問題としてみよう。

Q(√-5)では、(2の倍数の作るイデアル)や(1+√-5の倍数の作るイデアル)という自然なイデアル(単項イデアルと呼ばれる)のほかに、P, Q, Rのような「単項イデアルでないイデアル」がある。注目したいのは、このような「単項イデアルでないイデアル」で本質的に異なるものがどのくらいあるか、ということだ。

たとえば、さきほどのP, Qでは、αP=Qを満たすQ(√-5)の要素αが存在する(α=(1+√-5)/2)。したがって、P, Qは「本質的には異ならない」と見なせる。実は、Q(√-5)のいかなるイデアルも、単項イデアルであるか、Pと「本質的には異ならない」イデアルであることが示せる。そこで、Q(√-5)のイデアルの本質的に異なる種類は2種類であると考える。この「種類の数」を「類数」というのである。「Q(√-5)の類数は2」ということになる。

類数の観点から言うと、「類数が1」ということは、「イデアルが単項イデアルだけ」ということであり、「既約分解の一意性が成り立つ」単純な数世界ということになる。「ラビノヴィッチの定理」が述べていることは、素数生成式が可能であること」と「類数が1である単純な虚2次体であること」が一致する、ということなのだ。オイラーはこういう背景をうすうす直感していたのであろうか。

 「ラビノヴィッチの定理」の証明は、冒頭に述べた通りネット上にあるので、そちらを参考にしてほしい。おおざっぱに言えば、次のようになる。

任意の2次体の類数は有限である」ことは証明されており、その上限もミンコフスキーが不等式で与えている。なので、比較的小さい(有理)素数に対して、その素イデアル分解を調べれば類数を決定することができる。l-2はその上限に対して、十分に余裕があるのである。したがって、類数が2以上であれば、単項イデアルでない素イデアルがl-2より小さいxの P(x)に対する(有理)素数の素イデアル分解に現れるのである。

 この証明を見ていると、前半に述べた数学オリンピックの問題の解答と非常に似ている気もする。ひょっとすると、数学オリンピックの問題は、「ラビノヴィッチの定理」の証明を初等的に焼き直したものなのかもしれない。

実際、虚2次体Q(√m)の場合、先ほど述べたミンコフスキーの上限は、√(|判別式|/3)である(ここで判別式は、mが4で割って余り2, 3の場合は4m, 余り1の場合はm)。この上限は、数学オリンピックの仮定ととても似ている。もしかしたら背景にあるのは、「0≦k≦√(n/3)をみたす任意の整数kに対して、(kの2乗)+k+nが素数」→「ミンコフスキーの上限まで、素数の単項イデアルが素イデアル)→(類数が1)→「0≦k≦n-2の任意の整数kに対しても(kの2乗)+k+nは素数」という経路なのかもしれない、とふと今思いついた。(にわか仕込みなので、まだちゃんと突き詰めてはいない。笑)