今回は、ぼくの新著『ラマヌジャンの数学』ブルーバックスを書いているときに思案した「ラマヌジャンはどうしてあんな変な数式を思いつくのか?」について、つれずれなるままに論じてみようと思う。
その前に、来年2月に、早稲田エクステンションセンターというカルチャースクールで行うレクチャーについて宣伝しておきたい。内容は、以下のようになっている。
開催場所 早稲田エクステンションセンター 中野校
講座名 340701 世界は数でできている
講師名 小島 寛之
日時 2026年 02月06日~02月20日 金 15:05~16:35 全3回
講義概要 皆さんは、ルート2(2の平方根)やπ(円周率)やe(ネピア定数)などの無理数をご存じでしょう。しかし同時に、これらの無理数は私たちの生活とは無縁なものと思っておられるでしょう。この講義では、これらの無理数が実は、現実世界をつかさどっていることを解説します。例えば、株価は日々、乱高下します。その動きはでたらめのように見えますが、ある程度法則があり、そこに無理数が関わっています。また、火事や機械の故障などの突発的なできごとにも法則があり、ここにも無理数が出現します。このように、無理数は世界を読みとくカギになるのです。最後には、カオス理論という数学の先端理論にも足を延ばします。
(2025年2月に行った同名の講義を少しだけリバイズした講義であることに注意)。詳しくは、下記のリンクを参照してほしい。
世界は数でできている | 小島 寛之 | [公開講座] 早稲田大学エクステンションセンター
さて、ラマヌジャンの話だ。ぼくの新著『ラマヌジャンの数学』では、ラマヌジャンのさまざまな発見を紹介している。
とか、円周率を計算できる無限級数
とか、ナゾの5乗和
などだ。これらの等式のおおざっぱな導出方法は拙著『ラマヌジャンの数学』に書いてあるので参照してほしい。
ぼくを含む多くのラマヌジャン・ファンが興味を抱くのは、「ラマヌジャンはいったいどこからこんな奇妙な等式を思いつくのか?」ということだ。裏返していうと、「優秀な数学者たちでさえ、どうしてこのような式を思いつかないのか?」ということでもある。
これについて一般的に言われているのは、ラマヌジャンが最初に触れた数学書がジョージ・カーという数学者が刊行した『純粋・応用数学基礎要覧』だったから、というものだ。これは2巻本として1880年と1886年に出版された。この2巻本は数学の公式を証明抜きで列挙した事典のような本で、6165個の定理が整然と配列されているそうだ。この「証明抜き」というところがたぶんポイントで、ラマヌジャンはそれらの数式の「理屈」を自己流で編み出したんだと想像される。それらの中には「通常の数学的証明」も含まれるけど、多くはそれらから逸脱した「独自の思考様式」だったのではないか。そして、それは言語化不可能なたぐいのものだったのではなかろうか。そのため、ラマヌジャンはハーディに等式の出所を尋ねられたとき、「女神が夢枕にたって教えてくれる」と答えるしかなかったのだろう。音楽家に絶対音感があるように、ラマヌジャンには「絶対数感」とでも呼ぶべき何かがあったのだろう。
「知識」はもちろん、発見のための有力な武器だ。だから、多くの学者は学習と鍛錬によって多くの「知識」を吸収してそれを「五感的な」能力に変換し、研究を発展させる。でも非常に稀だが、「知識の欠如」や「五感的な障がい」がかえって発見に有利に働くことがある。
有名な例では、ベルナール・モランという目の見えない幾何学者の話がある。「目が見えない」と「幾何学」との取り合わせは我々に驚きを与えてくれる。ぼくはかつて、そのことを「文學界」という雑誌に寄稿した「暗闇の幾何学」という村上春樹論に書いた(『数学で考える』、『数学的思考の技術』に所収)。このモランさんは「球形を切り口を入れずに裏返す方法」を考えついたことで知られている。(この裏返し方は、ネットで探すといくつかの動画がアップされている)。「球形を切り口を入れずに裏返す」なんて奇想天外なことをモランさんが考えることができたのは、「外界が見えない」ことがかえって有利に働いたのだろうと思う。つまり、「五感的な障がい」がかえって武器になったというわけなのだ。ラマヌジャンの場合で言えば、「通常の論理的推論の欠如」がかえって特殊な洞察力の源になったに違いない。
同じ路線の話ではないだろうが、ぼくには将棋の藤井聡太さんが想起される。彼は、棋士の中で異次元的と言える「読み」の力を備え持っている。「読み」の速さ・深さ・特異さは例をみないレベルらしい。とても興味深いのは、藤井さんがインタビューの中で「手を読んでいるとき、頭の中の盤面で駒を動かしているか」と問われて、「盤面は思い浮かべてない」と答えたことだ。以前に羽生善治さんが同じ質問をされたときは、「頭の中で盤面が展開していく」と答えていた。藤井さんと羽生さんは明らかに頭の中で「読み」をする様式が異なっている。その証拠に、「盤面を数秒眺めて記憶してもらって、それを駒の置かれていない盤面上に再現する」という実験をしたとき、羽生さんは完全に再現できたのに、藤井さんはちょっと間違ったのだ。
藤井さんは、「それでは頭の中に何を思い浮かべいるのか」という問いに対して、「記号のようなもの」といった感じの驚くべき回答をした。ぼくはそれを聞いて、藤井さんの頭の中にあるのはプログラム言語のような(アセンブラみたいな)記号列じゃあるまいか、と想像した。もしそうだとしたら、それが構築されたのは幼少期の詰め将棋の鍛錬のときだろうと思うのだ。藤井さんが詰め将棋においても異次元的な能力を持っていることは有名だ。詰め将棋選手権ではぶっちぎりの成績で優勝している。彼は幼少期から膨大な詰め将棋の問題を解いて、その能力を開花させたのだ。藤井さんについてのテレビの特集で、藤井さんが子供のときに解いた詰め将棋の解答をノートにびっしりと記録したものを観た。本当に何冊ものノートに詰め将棋の解答が記載されていた。まるでラマヌジャンじゃん、と思った記憶がある。藤井さんはそういう記録をしながらいつしか、「独自の推論の記号化」を編み出したのではなかろうか。
さらに興味深いのは、藤井さんが「将棋AIが示した手を暗記するのか」というような質問をされたときのことだ。彼は「一般化できないかを考える」と答えたのだ!まじでラマヌジャンそのものやん。
この推論が当たっているなら、ラマヌジャンも藤井さんが詰め将棋で培ったのと同じような「独自の推論の記号化」を達成したのではないかと思えてくる。藤井さんが他の棋士たちと何か違う思考様式を持っているように、ラマヌジャンも他の数学者とはまるで違う思考様式を持っているのだと思う。
最後にぼくの経験を書こうと思う。もちろん、ラマヌジャンや藤井聡太さんと比肩するなんて気持ちは毛頭無い。逆に、凡人にも小規模ながら似たようなことがある、という意味で話そうとしている。
ぼくは高校生になった頃には、簡単な数学の証明なら理解したり自分でやったりできるようになっていた。ただそれは、中学のときに先生から指南されたからではなかった。中学では普通に文字式の計算や因数分解を教わっただけだった。どうして証明が理解できるようになったかというと、数学書を何冊か読んだからだと思う。あとで気づいたことだけど、ぼくは「どうしてそれが正しいのか」は理解していなかったし、それを問題視したりもしなかった。きっと読んだ数学書に現れる推論規則をそのまま受け入れていたのだと思う。例えば、「AならばB、というのは、AからBが導けることだ」とか、「AまたはBが成り立っていて、Aじゃない、とわかれば、Bを結論していい」とか、「Aでない、を仮定して、いろいろ推論していって、何か矛盾が生じれば、Aを結論していい」とか、数学的帰納法とか、鳩ノ巣原理とかだ。これが証明に出てくればわかるし、自分でも操作できるようになった。「間違った推論」はなんとなく「それは違うな」と気づくようにもなっていた。でも、それは見よう見まねで習得しただけで、「どうしてそれでいいのか」はわかっていなかった。それが理解できたのは、拙著『証明と論理に強くなる』技術評論社を執筆するために50代で数理論理学を猛勉強したときだった。そのときにやっと、「命題が正しいとはどういうことか」とか、「なぜ、数学の推論規則は正しい命題から正しい命題を導くのか」とかをちゃんと理解したのである。つまり、ぼくはいわゆる「伝統的な数学の証明の規則」を読書によって感受し、無批判に(猿まねのように)自分の思考法にしていたことになる。
ラマヌジャンのような天才でなく、普通の凡人であっても、なにかの学習経験で推論の方法を会得するのだろう。そして、たいていの場合は、伝統的な教育を受けるか、伝統的に書かれた本を読むから、伝統的な推論方法を会得するのだと思う。だから、それが「どうして正しい推論なのか」は往々にして気にしていないのだと思う。ラマヌジャンは、伝統的な教育や伝統的な記述の本でないもので勉強した。実際、カーの『純粋・応用数学基礎要覧』を数学者ハーディは全く褒めていない。そのため、それで勉強したラマヌジャンは伝統的な数学の論理的推論においてあたかも「目がみえない」状態になったのだろう。でもそこで奪われた「視力」は逆に別の感覚をもたらしてくれることになったのだ。









