ステキな4平方数定理

 ぼくが、数学に目覚めた大きな原因の一つは、「2平方数定理」と「4平方数定理」を中1〜中2の頃に本で読んだことにあった。
 平方数というのは、「2乗の数」のことで、1×1=1、2×2=4、3×3=9、4×4=16、・・・という具合の分布している。
「2平方数定理」というのは、「4で割ると1余る素数は、必ず2つの平方数の和で書け、4で割ると3余る素数は絶対に2つの平方数の和では書けない」という内容の定理だ。例えば、素数13は4で割ると1余るが、確かに4+9と2平方数の和で表すことができ、素数19は4で割ると3余るが、実際、2平方数の和では表せない。この事実を発見したのは、17世紀のフェルマー(例のフェルマーの最終定理で有名)で、本人は「証明できた」と述べ、アイデアを手紙に書いているが、証明自体は書き残さなかった。これをきちんと証明したのは、約100年後の18世紀の数学者オイラーだった。その後、ガウスヒルベルトや高木が、この定理から派生するさまざまな理論を生み出して、「類体論」という数論の一大分野を築きあげたのだった。
 他方、「4平方数定理」というのは、「任意の自然数は必ず4個の平方数の和で表せる」というシンプルな内容の定理。ただし、0も平方数に含める。例えば、7=1+1+1+4とか、8=0+0+4+4など。これも、発見したのはフェルマー。ただ、フェルマーは事実だけを書き残していて、証明には触れていないから、証明できていたかどうかは定かではない。これもオイラーが挑戦し、オイラーのアプローチを完成に導いたのが、同じ18世紀の数学者ラグランジュだった。
 ぼく自身は、「2平方数定理」にも「4平方数定理」にもどきどきしたけど、どちらかと言えば、後者のほうが好きだった。それは、素数という条件がいらず、任意の自然数に関する言明だったからだと思う。平方数というのは、どんどんトビトビになっていって、次が出るのが次第に遠くなる。他方、大きな自然数に対しては、足し算でそいつを作ろうとするとき、使える平方数が多くなる。この二つのかねあいが絶妙な塩梅になっていて、「いつも4個で済む」という調和的な結果が出るというわけなのだ。みごととしかいいようがない。
 「4平方数定理」の証明は、多少入り組んでいるけど、とても初等的にできる。執念のある高校生なら(中学生でもたぶん)理解することができる。概略をメモすると、以下のようになる。
まず、「自然数aとbがともに4平方数の和で表せる数なら、その積abも4平方数の和で表せる」ことを示す。これは、単純な2次の展開公式でできる。すると、2=0+0+1+1と2が4平方数の和で表せることから、「奇素数がすべて4平方数の和で表せる」ことを示せばいいことがわかる。(2以上のすべての自然数は2と奇素数のいくつかの積で表せるから)。
そこで、「すべての奇素数pが4平方数の和で表せる」を以下のような2ステップで示すことにする。
ステップ1:任意の奇素数pに対して、1≦mChahal『数論入門講義』共立出版参照)
 この4平方数定理の証明自体は、若い頃に(数学科に進学前に)知ってたんだけど、この定理が、全く違う観点から、全く現代的数学によって再証明されたことは、長いこと知らなかったのだ。もちろん、それはぼくの勉強不足に由来するのだが。
 数学が新しい武器(概念)を開発したとき、その切れ味を試す方法は二通りある。第一は、未解決問題を解決することであり、第二はすでに証明されている魅力的な定理にその武器による新種の証明を与えることだ。4平方数定理は、後者のアプローチとして何度か再証明されたのである。
 その一つは、ヤコビによる母関数(保形形式)を使った証明だ。母関数の手法というのは、ある種の等式を無限級数の係数や指数上で一気に実現させてしまうものである。有名な例としては、数理統計学でモーメントの計算を無限級数で行うものがある。もっと初等的な例では、組み合わせ(コンビネーション)のある種の等式を、2項展開と微分を使って行う受験的なテクニックなどがある。(nCk×kの総和を、(x+1)のn乗の展開公式を微分して計算したりするやつ)。実は、ぼくは若かりし頃に、4平方数定理のこういう証明が可能ではないか、とちょっと考えたことあって、そのときはとりつく島もなく放棄したけど、そのときヤコビの方法をきちんとリサーチしていれば、人生が変わったかもと思うと無念だ。(いや、変わんなかったろうな。笑い)。
 ヤコビは、1828年にテータ級数と呼ばれる無限級数を利用して4平方数定理を証明したそうだ。テータ級数とは、ネピア定数eの指数にπ×(虚数単位)×(平方数)×zを乗っけて(つまり、exp(πi(nの2乗)z)というものを作って)、nがすべての整数(負数も含む)をひとわたりめぐるようにして足し算したzの関数θ(z)というのを使った。これを4乗して(つまり、4個掛けて)展開すると、exp(πimz)の自然数mを渡る級数として展開されるが、各exp(πimz)の係数に「mが平方数4個の和として何通りで表されるか」というのが現れる。ヤコビが、それが必ず1以上であること(実際は、プラスマイナスを勘案すれば8以上であること)を証明したわけだ。(実際の証明は、かなりがちがちとしたごつい計算になるが)。
 この4平方数定理がさらに新しい方法で証明されたのは、20世紀になってからのこと。それは、これまで何回か紹介したp進数(例えば、0.999・・・は1と等しいか - hiroyukikojimaの日記など)を使う証明だった。
p進数というのは、「普通(高校や大学で習う)と別種の極限」を利用して作った新しい数空間だ。ヘンゼルという20世紀の数学者によって考え出されたもの。p進数は、有理数を拡張して実数を作る作業とそっくりの作業を、全く別の観点から行って作られる。
 例えば、「2乗して2になる正数」(いわゆるルート2)は、有理数世界には存在しない。そこで、次のような方法で、じわじわと作っていく。1→1.4→1.41→1.414→・・・
これは、2乗すれば、1→1.96→1.9881→1.999396→・・・と確かに2に近づく感じがする。この1→1.4→1.41→1.414→・・・の先に幻として見える数をルート2と定義するわけである。(具体的には、次のケタの数(0〜9)を、2乗して2を越えない一番大きい数として継ぎ足していく)。この級数は、1+4×(10の−1乗)+1×(10の−2乗)+・・・という形式になっていることに注意しよう。基底として使われている、(10の−1乗)、(10の−2乗)、・・・がどんどん小さくなって0に近づいていくのがポイントだ。
p進数では、これと真逆の延ばしかたで級数を作るのだ。(テイラー展開を知っている人はそのイメージを利用すると理解しやすいと思う)。5進数を例にとろう。5進数では、(5の1乗)、(5の2乗)、・・・と進んでいく「5のべき乗」が「どんどん0に近くなっていく」というとても変な「距離感」を入れる。(具体的には数aとbの近さを次のように定義する。a−bが最大5のn乗で割り切れるとき、aとbの距離を5のn乗の逆数と定義する。つまり、その差が5で一杯割れれば割れるほど、近い数と捉える)。そして、例えば、次のような無限級数を作って、新しい数(5進数)を定義するのだ。
2+1×(5の1乗)+2×(5の2乗)+1×(5の3乗)+・・・
これは、見てのとおり、中学で習う「整数の5進法の表記」を無限の先まで延ばしてしまったようなとても変な計算で、普通の距離感なら「無限大」になってしまう。でも、5進数の距離感だと、ちゃんと(コーシー列になることから)収束して、収束先が幻として見えてくるのである。じゃ、何に収束するかというと、それは、級数を途中で切って、2乗して1を加えてみると浮かび上がってくる。やってみよう。
2の2乗+1=5・・・5で1回割れる。
{2+1×(5の1乗)}の2乗+1=50・・・5で2回割れる。
{2+1×(5の1乗)+2×(5の2乗)}の2乗+1=3250・・・5で3回割れる。
つまり、この級数を途中で切って2乗して1を加えた数は、どんどん5進数の世界で0に近づいていくことが予想される。したがって、この無限級数が幻としてもたらす数の2乗は(−1)に違いない、とわかる。つまり、この無限級数は5進数の世界で(−1)の平方根を与えてるのである。(もちろん、いわゆる虚数単位とは異なるものである)。(詳しくは、加藤和也『数論への招待』丸善出版を参照)
さて、このように生み出されたp進数の世界と、4平方数定理はどういう関係にあるのだろうか。実は、p進数の世界で平方数の和というのは、ある種の法則性を満たすことが判明するのだ。具体的には、「有理数aが有理数の平方の3個の和で表せる」条件が、「aが正、かつ、(−a)が2進数の世界で平方数ではない」と同値であることが証明できる。また、さらに「整数bが有理数の平方の3個の和で表せる」ならば、実は「整数bが平方数の3個の和で表せる」ことも証明できる。一方、「nが正の整数で(−n)が2進数の世界で平方数」となるのは「nが(4のべき乗)×(8で割ると7余る数)と表せる」場合に限ることが証明できるので、要するに、「3個の平方数の和で表せない自然数」というのが、「(4のべき乗)×(8で割ると7余る数)のタイプに限る」ことがわかるのである。すると、(8で割ると7余る数)は自分から1を引くと3個の平方数の和で書け、だから、この数は4個の平方数の和で書ける。他方、4は4個の平方数の和で書けるので、上のほうで説明した事実(自然数aとbがともに4平方数の和で表せる数なら、その積abも4平方数の和で表せる)から証明が完了となる。(詳しくは、セール『数論講義』岩波書店を参照のこと)
 これは、相当入り組んだ証明のように見えるだろうし、実際ぼくももともとのラグランジュの証明のほうがシンプルだと思える。しかし、ラグランジュの古典的な方法はこれ以上発展するすべはないが、このp進数を使う証明のほうは、もっと一般的な結果(2次形式全体に対する結果)を導くことができ、普遍性がある強力な武器なのである。
 さて、こんな疲れる話を読んでくれてありがとう。
 17世紀にフェルマーが趣味的な戯れとしてみつけた4平方数定理へのアプローチが、テータ級数(などの保形形式)とか、p進数の世界のような、実にまかふしぎな、そして深淵な数学世界を生み出していく、ということは人間の叡智や想像力の凄みを示していると思える。ぼく自身は、数学ライターとして、そういった世界観をなんとか読者に上手に伝えられれば、と願って本を書いている。今年は、数論を隠し味とした純粋数学に関する本を執筆しようと思って準備中なのだ。乞うご期待。
(追記(2月3日):数学者ヤコビを、ジャコビと誤記してました。すんません。たまたま、ヤコビアンのこと考えてて、急に、この人のことだと閃いた。笑い

数論入門講義―数と楕円曲線

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数論への招待 (シュプリンガー数学クラブ)

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数論講義

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