現代思想『ビットコインとブロックチェーンの思想』

 刊行されてから一ヶ月以上経過してしまったけど、ぼくも原稿を寄稿しているので紹介しよう。現代思想』2017年2月号の「ビットコインブロックチェーンの思想」だ。
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 ぼくは、この本にブロックチェーンは貨幣の本質か」と題した記事を寄稿している。この記事は、二つの立場から書いている。第一は、数学エッセイストとしてビットコインの仕組みを相当わかりやすく解説している。第二は、経済学者として、「貨幣とは何か」という問題意識からブロックチェーンを分析している。
 この記事を書くために、サトシ・ナカモトのビットコインの論文(https://bitcoin.org/bitcoin.pdfからDLできる)を初めて真面目に読んだ。短い論文だけど、専門外のぼくには理解するのが大変だった。
 ちゃんと読んでみると、ビットコインのアイデアは非常に巧妙にできていることがわかった。RSA暗号(素数を使った公開鍵暗号)を実にみごとに使っているし、ハッシュ関数を導入しているのもすばらしいアイデアだ。これらの仕組みは、例を使って簡明に解説しているので、本誌で読んでほしい。
 ナカモトはビットコインにいくつものアイデアを投入しているのだけど、最も画期的なのは、「取引の全記録(ブロックチェーン)を貨幣とみなそう」というアイデアだと思う。もちろん、このアイデアは斬新だし、「実現させた」という意味では類例のないものなんだけど、経済学者としては「ずいぶん前からあった発想だよね」という感慨があった。
 サミュエルソンは、1958年の有名な論文で、世代重複モデルによって「貨幣の存在意義」を証明した。これは、その後、ダイヤモンドやワラスなどの研究などを経て、大きなジャンルとして成立していった。サミュエルソンのアイデアは、ほとんどブロックチェーンの考えと同じである(とぼくは感じた)。もっとすごいのは、コチャラコータの1998年の論文「マネー・イズ・メモリーだ。この論文は、ビットコインとほぼ同一視できるようにぼくには思える。この論文は、ぶっちゃけて言えば、「貨幣とは、記憶を代替するものである」ということをゲーム理論ナッシュ均衡(の中の完全公共均衡)を使って説明したものだ。「これって、ブロックチェーンだよね」、と経済学者なら、思わず言ってしまいたくなるように思う。これらの論文の説明も、記事の中で詳しくしているので、是非とも本誌で読んでほしい。
 この特集には、たくさんの学者がいろいろな角度からビットコインブロックチェーンに関する分析を寄稿している。どれもが興味深い論説だから是非全部を読んでほしいが、ここでは一つだけ紹介しようと思う。それは小澤正直氏の「情報技術と社会の変化」だ。小澤氏は(たぶん)ハイゼンベルク不確定性原理の不等式に補正項を付け加えた「小澤の不等式」の発案者だ(と思う)。
 小澤氏の論考は、ビットコインの技術を可能にしているRSA暗号を破る技術的可能性についてのものだ。1994年にピーター・ショアという人が、「量子コンピューターを使って、RSA暗号を破る」論文を発表した。これは、量子が重ね合わせの状態にあることを利用して、素因数分解を高速で行う方法論である。したがって、量子コンピューターが実現可能かどうかが、ビットコインの未来と深い関係を持つことになる。小澤氏は、その可能性について分析している。
 ちなみに、量子コンピューターの仕組みとショアの定理については、拙著『世界を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫に易しく解説したので、是非、参照してほしい。

小澤氏の論考では、量子コンピューターは「デコーヒーレンスと呼ばれる不可避の誤りへの対応」が必要と論じている。これは、そんなに簡単ではなく、またコストも大きいとのことである。さらには、新しい暗号技術である「量子鍵配送」という技術も解説している。これは、不確定性原理に基づいて「盗聴を防ぐ」技術なのだが、新しい不確定性原理の理解では、必ずしも盗聴が防げるとは限らない、ということを指摘している。
 これらの解説は、最新の物理学に立脚するものであり、大変に興味深い。是非、本誌で読んでほしい。