「ヤマトナデシコ」とモジュラー形式と

今回は、最近観たテレビドラマ「ヤマトナデシコ」のことを書こうと思う。その前に、宣伝を一つ。
現代思想青土社の3月増刊号「現代を生きるための映像ガイド」が刊行されたんだけど、それにぼくも映画批評を寄稿してる。

これには、編集者さんから「現在を知るために必見と思われる映像作品を紹介して論じて欲しい」と依頼されて寄稿した。悩みに悩んだ末に、映画は、『ギルバート・グレイプ』を選んだ。キューブリックの映画とか、スピルバーグの映画とか、クローネンバーグのホラー映画とか、書きたいものはいろいろあったけど、きっと他の専門的な識者が取り上げるだろうと思って避けたんだ。でも、刷り上がりを見てみると、みんなが同じように考えたのか、取り上げられた映画がみんなマニアックになっていて、笑ってしまった。もっと、スタンダードな映画の批評集にすべきじゃなかったんだろうか。
ぼくの批評のタイトルは、ギルバート・グレイプ』が変えた「障害」への考え方、だ。この映画では、少年の頃のレオナルド・ディカプリオが知的障害のある少年の役を演じていて、それが白眉なんだけど、それと絡めて映画「くちびるに歌を」も批評した。この映画は、中田永一氏(実は、推理作家の乙一氏)のラノベ作品の映像化なんだけど、明らかに『ギルバート・グレイプ』へのトリビュートになっているので。(この二つの映画については、前に映画『くちびるに歌を』は日本版「ギルバートグレイプ」 - hiroyukikojimaの日記にエントリーしてる)。さらには、これらの映画を題材にして、経済学者としての立場から、「障害」に関する松井彰彦・東大教授のゲーム論的アプローチを紹介した(この理論については、関係性の社会思想へ - hiroyukikojimaの日記とか障害を問い直す - hiroyukikojimaの日記とかにエントリーしている)。
 さて、『現代思想』の販促はこれくらいにして、テレビドラマ「ヤマトナデシコについて書くとしよう。このドラマは、親しい二人の友人から、別個に、執拗に勧められた(強制された、と言ったほうが正しい)ので、仕方なく、笑、観てみたのだ。
でも、とても面白いドラマだったので、観てみてよかったと思う。これは、バブル期を彷彿させるCA(ドラマでは、スッチーと呼ばれているが)の婚活ドラマだ。当時に旬で結婚前の二人の女優、松嶋菜々子さんと矢田亜希子さんが主演している。男優は堤真一さんが、数学に挫折した魚屋を演じている。堤さんは、このあと、映画『容疑者xの献身』でも挫折数学者を演じているので、はまり役ということができるだろう(『容疑者xの献身』については、数学の道が閉ざされるとき - hiroyukikojimaの日記にエントリーしてる)。
 「ヤマトナデシコ」には、ところどころに数学についてのネタが登場する。それが、ぼくには妙にツボでうるうるなってしまった。これについては、「やまとなでしこ」の数学というサイトで詳しく説明されている。でも、このサイトは完全なネタバレになっているので、これを読む前に是非、ドラマそのものを観ることをお勧めする。
 堤さんが演じる数学者・中原欧介が数学について語る中で、最も好きだったのは、第二話に出てくる次の台詞だ(先ほどの「やまとなでしこ」の数学から引用している)。

…人が素朴に考えたりやってみたりした事は、どれもみな、ようするに、 楕円方程式とモジュラー形式を分類してどちらも同じ数だけあることを示す事だ、 とワイルスは言っています。しかし、問題は楕円方程式もモジュラー形式も無限 に存在するという事で…

2000年に放映のドラマなので、ワイルズによるフェルマー予想解決が取り上げられているのは、とてもタイムリーだと絶賛したい。しかも、楕円曲線とモジュラー形式が対応している、というのは、現在も数論の中心的標的となっているラングランズ予想そのものだから、実に勘のいいネタを選んだと思う。あと、第10話にサイバーグ・ウィッテン理論というのが出てきて(どうもトポロジーの理論らしい)、これにも興味津々になった。
 このドラマを観てから、モジュラー形式と楕円曲線がどんな理屈で対応するのか、猛然と気になってきてしまった。この対応がどんなものかは、黒川信重さんのラマヌジャン探検』で理解していた(ラマヌジャンの正当な評価がわかる本 - hiroyukikojimaの日記で詳しく書いた)んだけど、どうしても証明を知りたくなって、次の本をダウンロードしてもうた。

A First Course in Modular Forms (Graduate Texts in Mathematics)

A First Course in Modular Forms (Graduate Texts in Mathematics)

この本は、ウィキペディアで関係事項を調べたときに参考文献に挙げられていたものだった。ほぼまる一日かけて、「定義」だけをがんがん斜め読みした。(だから、ぜんぜん内容は理解してない)。でも、そうしてみると、この本は真面目に読めばけっこうなんとかなるような本の気がした。楕円曲線とモジュラー形式が対応することの「アイヒラーと志村の関係式」について、ちゃんとした証明が書かれており、やってることはぼんやりとはわかった。ヘッケ作用素と呼ばれる「関数の変換方法」があって、それがフロベニウス写像と呼ばれる写像(素数乗する写像)の和にうまく縮約する、ということが使われるみたいだ。要するに、関数をかき混ぜたり、楕円曲線の点をかき混ぜたりするときに生じる、ある種の群構造を調べると、全く別の世界の存在物に見えるモジュラー形式と楕円曲線を結びつけることができる、みたいな感じなんじゃないかな(違ってたらごめん)。
 さて、「ヤマトナデシコ」に戻ると、登場人物の女性でのぼくの好みの順序は、[人妻の真理子さん(森口瑤子さんが演じてる)>矢田亜希子演じる若葉ちゃん>松嶋菜々子演じる桜子さん]、という具合になる。とりわけ、欧介に恋心を抱きながらも別の夫を選んだ真理子さんの秘めたる心はなんとなくわかる。この三人の中で、欧介を射止めるのが桜子である理由は、最終回で説得されるようになっている。要するに、欧介が数学にのめりこむことにどう向き合えるか、ということで、この女性三人は区別されるんだね。
 最終回近くなって、欧介の数学での師匠にあたる黒河教授というのが出て来る。これはひょっとして、黒川信重さんのことで、数学の監修も黒川さんがしたのではないか、と思って、ご本人に問い合わせたところ、「監修はしてません」との回答だった。それで、ネットで検索をかけてみたら、数学監修について「シナリオの中園さんの友達の予備校講師」と書いている人がいた。それが本当だとすれば、その人は数学を相当ちゃんと勉強していた人だと思う。