「空間」の作り方

 今月の後半に、数学者・黒川信重先生との共著『21世紀の新しい数学〜絶対数学リーマン予想、そしてこれからの数学』技術評論社が刊行されるので、今回は、それに関連したエントリーを書こうと思う。既に、アマゾンでは予約ができるようだから、リンクしておく。

この本の詳しい内容については刊行した頃に宣伝するつもりだから、ここではざっくりした説明だけに留める。この本は、ぼくが黒川先生から、最新の数論についていろいろなことを聞き出す対談部がメイン、それに、ぼくの「図解で磨こう!数学センス」という図解解説が付いて、さらに、黒川先生のレクチャー「空間と環」が付いてる、というコース・ディナーのような構成になっている。
この三つともに出てくる、つまり、対談にも、図解にも、レクチャーにも登場するのが、「ゲルファント・シロフの定理」というものだ。今回は、これについて、ちょっと前振りをしておこうと思う。
この定理が、この本に収録されることになったそもそものきっかけは、ぼくが黒川先生に「グロタンディークのスキーム理論は、どんなところからアイデアが出てきたのですか?」という愚直な質問をしたことだった。スキーム理論というのは、整数からイデアルへ - hiroyukikojimaの日記にも書いたけど、環(加減乗が定義されている代数的な集合)から空間を作りだす技術のこと。ぼくはてっきり、カルタン岡潔の「層の理論」が源泉なんじゃないか、と思ってたから聞いたんだけど、そこで黒川先生の口から飛び出したのが、この「ゲルファント・シロフの定理」だったのだ。ぼくが子供じみた興味津々の表情をしたせいか、黒川先生は「証明は簡単なので、付録として、本に収録しましょうか」という提案をしてくださった。それで、これを膨らました「環と空間」というみごとなレクチャーを執筆してくださることになったわけなのだ。瓢箪から駒というか、棚からぼた餅というか、いやあ、何でも恥ずかしがらずに聞いてみるものである。
 「ゲルファント・シロフの定理」というのは、位相空間から環を作って、その環から元の位相空間を再現する方法論だ。おおざっぱには、
位相空間複素数値連続関数の集合→極大イデアルの集合→元の空間
という構造になっている。もうちょっと詳しく説明すると次のようになる。
 今、位相空間Xがあるとしよう。位相空間というのは、なんらか遠近感が導入された空間のことだと理解すればいい。そして、その空間は有限的な広さで(コンパクト)、その遠近感が「どの2点も遠近感的に離れている」(ハウスドルフ)とする。次に、その空間X上の複素数連続関数の集合をC(X)と書こう。(最初のエントリーでは「連続」が抜けてましたので、修正しました)。C(X)には加減乗が定義できるので環の一つと見なすことができる。そして、この関数たちのなす環C(X)の極大イデアルの集合をYとする(極大イデアルについては、整数からイデアルへ - hiroyukikojimaの日記を参照のこと)。ちなみに、極大イデアルの集合Yには、(ザリスキー位相という)うまい遠近感を導入することで位相空間に仕立てることができる。このとき、元の位相空間Xとこの極大イデアルの成す位相空間Yが、遠近感が同じ空間(同相)となる、というのが、「ゲルファント・シロフの定理」の定理なのである。図形的なイメージが欲しい人は、本書のぼくによる「図解」で(ただし、有限位相空間のみ)、きちんとした証明が知りたい人は、黒川先生のレクチャー「環と空間」で(こっちは一般論)お読みくださいませ。
この定理が面白いのは、空間上の関数があって、それが環の構造を持ってたら、その極大イデアルたちに元の空間がそのまんま映し出される、ということを教えてくれることなのだ。これには、「空間の持つ性質を探るには、その空間上の関数を調べればいい」という現代数学に普遍的に共有されている発想が宿っている。
ここからは、ぼくの類推だけど(黒川先生に聞いたわけじゃない、ということ)、グロタンディークは、こう閃いたんじゃないかな、と思ったのだ。すなわち、空間上の関数の環に元の空間が映し出されるなら、逆に、環が先にあったら、そのイデアルたちを空間化して、その空間上で元の環を関数に仕立てることが可能なんじゃないか、と。これが可能になれば、「環の要素を、関数と化させることができる」ということになる。例えば、整数の成す環にこれを用いれば、整数は単なる一個の数であるにもかからわず、これをある空間上の関数、つまり、「空間の点をインプットすると、何かがアウトプットする」関数に仕立てることができるのである。ただし、グロタンディークが空間化したのは、極大イデアルではなく、素イデアルだったのだ。実際、この方法で、スペックZ(各素数の倍数の成すイデアルと0イデアル)を空間化して、各整数をこの空間上の関数と化させることに成功したわけなのである。
 いやあ、数学者の想像力というのは、ほんとにすさまじいものがあるわい。
 共著『21世紀の新しい数学〜絶対数学リーマン予想、そしてこれからの数学』技術評論社は、もちろん、こんな難しい話ばかり書いてあるわけじゃない。っていうか、これは中でも一番くらいにハイブロウな話題で、だいたいはもっと柔らかい話だから安心して読んでほしい。
 今月は、この本の刊行以外にも、いろいろぼくの関わった刊行物があるので、このブログでその都度紹介するつもり。
 プライベート的にもいろいろ盛りだくさんなこの頃だ。まず、先月、ケラリーノ・サンドロヴィッチの芝居を観てきた。今月には、唐十郎の古い演劇『盲導犬』を観に行く予定。あと、来月には、ギタリスト・スティーブ・ヴァイのライブに行く。
 でもマイブームなのは、「あまちゃん」の能年玲奈ちゃんと、オートマティック・ラヴレターのジュリエット・シムス。ジュリエットの歌声があまりにすばらしすぎて、あまりに痛々しくて、たいして美人じゃないのにジュリエットの虜になってしまった。ってか、美人に見えてきちゃうから不思議だ。
 そんなこんなで、また次回。