栄光なき天才たち

前回に引き続いて、「科学者伝」の紹介。今回は、予告した通り、マンガ『栄光なき天才たち』作・伊藤智義、画・森田信吾だ。

栄光なき天才たち 2 (ヤングジャンプコミックス)

栄光なき天才たち 2 (ヤングジャンプコミックス)

これは、1980年代半ばからヤングジャンプに連載されたもので、ぼくはリアルタイムに雑誌で読んだ。当時のヤングジャンプは、プチエロなマンガや斬新なギャグマンガなどを連載していて、とても楽しい雑誌だったが、(今は購読していないのでわからないが、今もそうかもしれない)、その中にこういう真面目なマンガも混ぜているところがまたすばらしかった。
タイトルがすばらしい。だって、「栄光なき天才たち」だもん。矛盾してるよね。現在、天才として名が残っているなら、そりゃ「栄光ある」が対になっている、と思われる。でも、そうとは限らない。「本人が生きている間には」認められてないかもしれない。それなら、「栄光がない」ばかりか「悲惨」でさえある。実際、このマンガにはそういう「栄光なき天才たち」の話が集められている。 
 ところで、先にいっておきたいのは、ぼくが評価しているのは、伊藤智義氏が原作を書いているものだけで、他の巻は(つまり森田氏一人で描いたものは)、1、2冊読んだだけで残りは全く読んでいない、ということ。それは、ぼくの感性が伊藤氏の原作に非常に相性がよく、森田氏とは全くあい入れないからである。良い作品か、面白いかは、読者個人個人が決めることであって、ぼくが他人のことに口出しすべきことではないが、ぼく個人の感想では、森田氏一人で描いたものは、ぼくには無用の長物以外の何ものでもなかったのだ。
 さて、以下、いくつか、特筆すべき作品を描いていこう。
 第1巻はどれもすばらしいが、とりわけ、エヴァリスト・ガロア人見絹枝ドルトン・トランボを挙げておきたい。
エヴァリスト・ガロアは、19歳で300年未解決の数学問題を解決し、しかしその証明は全く無視され、失意のまま20歳のある朝、いかがわしいオンナのために決闘して、銃で撃ち殺された数学者である。これほど華やかで、これほど悲惨で、これほどの生きざまの数学者は数学史長しといっても他にいまい。親友に託した遺書は、「ぼくにはもう時間がない」から始まる数学論文だった。遺書が論文という人も他にはいまい。何よりぼくがガロアを好きなのは、彼が「不良」だったことだ。彼は大人に、学校に、体制に反抗し続けた。そして、既存の数学に反抗することで、後にガロア理論と呼ばれ、20世紀の数学を塗り替えることになる、すばらしい数学理論を生み出したのだ。彼が反抗的でなければ、学校を退学になることも、決闘で死ぬこともなかったろうが、残念ながら、数学史を塗り替えることもなかったに違いない。(ちなみに、ガロアの話は、前回笑える科学者伝、泣ける科学者伝 - hiroyukikojimaの日記で紹介した内田『恋する天才科学者にも収録されている) 。
ドルトン・トランボは、ハリウッドの映画監督であり、名作反戦映画『ジョニーは戦場に行った』を撮った人だった。ぼくは、中学生のときに、トランボ自身の書いた原作小説『ジョニーは戦場に行った』を読んで、さめざめと泣いた経験がある。これは、第1次世界大戦で爆撃により両手両足と顔をなくした兵士の物語だ。視覚も聴覚も喋る能力も失われたジョニーは、ただ頭で何かを考えることしかできず、外の世界からは植物状態だと思われていた。小説は、「思考文」と呼ばれる「思考をそのまま記述する」手法によってジョニーの内面と思い出が描かれる。そんなジョニーのところに、一人のすばらしい看護婦が現れて、彼に意識があることを確信し、事態は一変するのだ。それからが涙の止まらない物語となる。彼は、「とある方法」で外にメッセージを出すことができるようになるのだが、そこで初めてジョニーがいうことばをおもいだすと、今でも大粒の涙がこぼれてしまう。
ぼくは、このトランボの原作も、また映画も好きだったので、1巻でドルトン・トランボが「栄光なき天才たち」として取り上げられたのは、驚きでもあり、嬉しくもあった。何が「栄光なき」かといえば、ハリウッドにも吹き荒れた「アカ狩り」の嵐の犠牲者となる話なのである。そのアメリカ映画史の「汚点」の中で、毅然と戦っていくトランボの姿が、みごとに描き出されていた。
 第2巻では、アーベル、メンデル、ハイゼンベルクを挙げよう。
アーベルは、ガロアと同じ時代を生き、ガロアと同じ問題に決着をつけ、そしてガロアと同じく、全く認められないうちにやはり26歳の若さで結核で病死するのである。(アーベルも内田本に収録されている)。人生の華やかさ、そして、死に方の華やかさとしては、ガロアのほうに軍配があがるが、マンガの出来、という意味では、このアーベルのほうがすばらしい。というか、ぼくの読んだ『栄光なき天才たち』の中では、このアーベルの章とメンデルの章が、屈指の出来映えだと思っている。アーベルの人生は、論文が認められ、大学から採用の通知が届く、わずか二日前に閉じている。つまり、彼は、あと二日生きれば、自分の努力が報いられることを知ることができたのに、「栄光なき」まま他界したのである。このマンガのラストシーンは、マンガ史に残る切ないカットで、何度読んでもさめざめと泣いてしまう。
メンデルが「栄光なき天才」であったことは、ぼくは、このマンガで初めて知った。彼は、「遺伝子の法則」を発見しながらも、生前にはそれが認められることがなかった。どうしてそんなはめになったかというと、修道士である彼が物理を教えていたことから物理学者だと誤解されたことと、口べたなために保守的な生物学者を説得できなかったことが災いしたのだ。メンデルのぼくとつな性格と、質素な生き方をみるにつけ、学者の誠実さとは何か、ということを思わずにはいられない。その彼が、晩年、教会への課税を頑なにはばみ続けることになる。それは、若いときに自説が認められないことで自説を引っ込めてしまったことへの後悔から来る頑なさなのである。エンディングの「すべての人間がなんらかの間違いをしでかしているのに、私だけが例外のはずはないさ。だがたとえ間違っているとしても、正しいと思えたときに正しいと言ったり行動しないとしたら、人間には何もないんだ」というメンデルの台詞には思いっきり泣けてしまう。学者にとって大事なのは、栄光が得られるかどうかではなく、自説にどれだけ誠実で、真摯であるか、そういうことだと思わされる。自説を一笑にふされて引っ込めてしまったメンデルは、「栄光なき」以前に「学者としての喜びさえなかった」といえ、そこへの後悔が晩年の強固な反抗へ導いた、そんな風にこのマンガは描いているのだ。
 第4巻の北里柴三郎野口英世、第6巻の理化学研究所なども非常に良い作品だった記憶がある。(一度、すべて捨ててしまったので、手もとにあるのは、古本屋で買った2巻だけなので、例の通り、うろ覚えで書いている)。