笑える科学者伝、泣ける科学者伝

 最近、内田麻理香恋する天才科学者講談社を読んだので、ついでに今までに読んだ科学者伝もいくつかいっしょにして紹介してみようと思う。

恋する天才科学者

恋する天才科学者

 科学者の伝記オムニバス本というのは、けっこうあるのだが、実はあまり面白いものはない。ぼくは書籍を書くために何冊も読んだが、資料としてはとても良いものがあるものの、読み物としての個性を持ったものは多いとは言えない。そんな中で挙げたいのは内田本の他に、二つあり、
一つは、森毅『異説数学者列伝』ちくま学芸文庫
異説 数学者列伝 (ちくま学芸文庫)

異説 数学者列伝 (ちくま学芸文庫)

二つめ、これはマンガなのだが、伊藤智義・森田信吾栄光なき天才たちヤングジャンプコミックスである。
栄光なき天才たち 2 (ヤングジャンプコミックス)

栄光なき天才たち 2 (ヤングジャンプコミックス)

ぶっちゃけて言えば、『異説数学者列伝』は「笑える科学者伝」で、『栄光なき天才たち』は「泣ける科学者伝」である。『恋する天才科学者』をどちらかに分類せよ、というなら、間違いなく前者に属する、といえるだろう。
 『異説数学者列伝』と『恋する天才科学者』に共通するのは、「下ネタが満載」ということである、・・・、というのも失敬だろうから、「色恋沙汰が満載」といい直しておこう。ただ、内田本の面白さは、その「色恋沙汰」を女性の視点から書いている、ということだ。不勉強なので絶対とはいえないが、こういう点での類書はないんじゃないか、と思う。
 まあ、内田本に書いてある科学者の業績はだいたい知ってたので、(だってぼくもサイエンスライターのはしくれだからね)、そっちはとばし読みで、主にその「色恋沙汰」のほうを中心に読んだのだけど、これらはそれほど知っていることではなかったので、むちゃくちゃ面白かった。化学者デーヴィは、イケメンで貴婦人にモテモテだったとか、ファーブルは、晩年に40歳も年下の23歳の女性と結婚したとか、ノーベルは23歳も年下のオンナと懇意になりながら、彼女が教養のない「マイ・フェア・レディ」だったので入籍はしなかったとか、シュレジンガーは、ヤリマンで妻妾同居だったとか、もうウハウハな話が満載である。この本を読めば、飲み屋での話題に事欠かないだろう。
 でも内田本の真骨頂は、その「口調」にある。例えば、「何もなかったんでしょうね、きっと( つまんなーい)」とか、「同じにしちゃったら、あまりにも失礼すぎる!」とか、「個人的にはいまいち心惹かれないのよね・・・」などなどである。こんな口調が散在するこの本を読んでいると、かわいらしいが理系で教養ありまくりの女子学生とデートしているような気分になってくるから不思議だ。理系キャバクラというのがあるなら(笑い)、きっとそのナンバーワンのキャバ嬢ってこんなだろう。(ご、ごめんなさい)。
 そんな風にいうと、軽々と書かれたふざけた本に思われるかもしれないが、実際はその正反対である。細部にわたって、読者を飽きさせない工夫が成されている。とりわけ、各章の導入部の文章はすばらしい。デーヴィの章は、映画「アマデウス」の話から始まっている。ファラデーでは、マンガ『モンスター』、そしてガロアの章は、なんと!、村上春樹風の歌を聴け』である。ガロアのファンであり、村上の熱狂的なファンであるぼくは、ここでもう胸が熱くなってしまうのだ。(なんたって拙著『数学で考える』青土社には、「数学で読む村上春樹」を入れたぐらいファンだから・・・)。物書きのプロの目でいうと、こういうのはとても難しいテクニックなのだよ。
 ただ、難を言えば、色恋沙汰のほとんどない科学者は切っちゃって、完全に、その手の話で徹底しても良かったのにな、ということである。(まあ、読者のわがままではあるが)。森毅の本のほうに入っている数学者コワレフスカヤとかラッセルとかの色恋の話は華やかで、内田本に適してたのになあ、などと思う。
 まあ、とにかく、1400円という安価で、「一流でナンバーワンの理系キャバ嬢」に話相手をしてもらった気分になりたかったら、迷わずこの本、恋する天才科学者である。
 で、逆に、さめざめと泣きたい気分なら、迷わず、マンガ『栄光なき天才たち』なのだ。というか、これは稀代の傑作なので、ずぇったい読むべきなのである。長くなったので、このマンガの話は次回ね。