新著『ゼロからわかる 経済学の思考法』が出ました!

 ぼくの新著『ゼロからわかる 経済学の思考法』講談社現代新書が、アマゾンにも入荷されたようだし、書店にも並んだようなので、満を持して紹介しよう。実は、たまたま、今年、ノーベル経済学賞を受賞したロイド・シャプレーの業績をいっぱい紹介しているので、そっちをウリにしたほうがいいのかもしれないけど、それは狙ったわけじゃなく単なる偶然だし、それだけじゃあざとすぎるので、きちんとこの本のコンセプトを紹介する。

ゼロからわかる 経済学の思考法 (講談社現代新書)

ゼロからわかる 経済学の思考法 (講談社現代新書)

この本は、ミクロ経済学の入門書で、一応、大学1年生に講義したものを下敷きにしている。ただし、数学知識については、微積分はおろか、関数さえ一切使っていない。論理的な思考は要求するけど、計算はいらない。グラフもほとんど描かない。だから、経済学部と無縁だった社会人でも、あるいは高校生でも読みこなせるはずだ。
この本のコンセプトは、一言で言えば、「経済学の考え方が、手に取るようにわかる、そして、具体的に目で見えるようにしよう」ということだ。既存のミクロ経済学の教科書は、どんなに「易しい」とうたっても、結局、「無差別曲線と予算線の接点が消費点となり、それを使って需要曲線を導く」とか、「費用関数を微分した限界費用関数の曲線から供給曲線を導く」とか必ずやっている。それをどう教えるかに、レベルの違いがあるだけだ。だけどぼくは、この題材は、(ごく少数の幸運な学習者を省けば)、経済学の考え方の本質を誰にも伝えていないと思う。経済学部でミクロ経済学を学んだ人で、ビジネスパーソンになったあかつきに、一度でも仕事の中でそれを思い出した人が何人いるだろうか。皆無に違いないと想像している。
もちろん、このような経済モデルが、物理学でいうニュートン力学のようにすべての基本になる概念なら避けて通れない。でも、経済学においては、このモデルはそういう役割のものではないと思う。辛辣な言い方をすれば、経済学がまだ発展段階にあった100年も前の理論にすぎないし、その後の経済理論に不可欠だったか、というとそんなことはないと思う。単なる一つのモデルにすぎない。しかも、ひどく古くさくて、数学的には無駄に難しい。
そこで、ぼくはこの新著『ゼロからわかる 経済学の思考法』講談社現代新書で、こういう既存の教科書とは全く違う方法でミクロ経済学を組み立てた。「経済学の思考法」を会得する、という意味では不要のものはばんばん切った。効用関数は捨てた(代わりに選好を使っている)。費用関数も微分といっしょに捨てた。予算制約式も捨てた。2財の平面表示も無差別曲線も捨てた。じゃあ、代わりに何を入れたかは、目次で見てもらうことにしよう。

目次
開講の前に
第1講 経済活動にも法則性があるの?
第2講 モノを交換する意味
第3講 お金はなぜ必要か
第4講 オークションが導く価格
第5講 社会の協力を描写する
第6講 グループの離反をふせぐ方法
第7章 「社会の協力」から「需要・供給の原理」へ

ちなみに、シャプレーの有名な業績である「協力ゲームのシャプレー解」は第5章をまるまる使って解説している。また、今回の受賞の理由となった「ゲール&シャプレーのアルゴリズム」と、それを研修医と病院のマッチングに応用したロスの研究については第6章に「協力ゲームのコア」の延長として解説している。これは、坂井豊貴『マーケットデザイン入門』ミネルヴァ書房がネタ本(この本、めちゃめちゃいい本だよ〜、みなさん)。
 実は、今回の新書には、ぼくの経済学に対する相反する2つの感情〜期待感と失望感、が生のままで露出している。ある意味では、これが、この本の最も読みどころである。ぼくは、経済学が数理科学としてはとても面白く、みごとに構築されていると思う。しかし、その反面、現実解析の理論としては、がっかりするほど非力だと感じている。そのことを包み隠さず書いた。こういうことを書いてしまうのは、ぼくが、経済学畑で純粋培養されてきていないからだと思う。数学を学び、その後、社会人として会社経営に携わってきた経歴から、普通の経済学者とはぜんぜん異なる感覚を持っているせいだろう。そういう意味では、学会の鼻つまみ者になる覚悟はできている。たとえそうなっても、経済学の本当の姿を読者に伝えたいと思う。このことを理解してもらうには、序文を読んでもらうのが一番ではないかな、ということで、今回も序文をさらす。

 本書はタイトルの通り、いかなる予備知識も数学知識も前提とせずに、ゼロから「経済学の思考法」を講義するものである。
 本書を書店で手に取っているあなたは、経済学に対して、ある種の感慨を持っておられることと思う。それはきっと、「経済学は小難しい」、そして、「ちっとも現実的ではない」、というものではないだろうか。ぼくは経済学者として、このような一般のかたの感慨に誠実に答えようと思っている。第一に、「経済学は小難しくはない」、そして、「経済学はとても面白い」ということ。第二に、「経済学が現実的ではない、というのはその通り」、でも「それには固有の理由がある」ということ。一言でまとめるなら、「経済学の等身大の姿を読者に伝えたい」、それが本書のテーマなのである。
 
ゲーム理論」という新しい分野を生み出して経済学に革命を起こした数学者フォン・ノイマンは、かつて、
 
経済理論の普遍的な体系は現在まだ存在していないし、われわれの存命中に完成されることはまずあるまい 
 
と言った。これは、経済学の近未来を予言したものと言っていい。実際、フォン・ノイマンが没してから50年以上が経過した今も、この予言は正しいままである。テレビや新聞で、経済学があたかも堅固な真理性を備えたものであるかのようにうそぶく人がいるが、そんな言説に騙されてはいけない。彼らの知性はノイマンの足下にも及ばないことは明らかだ。ノイマンは、そうした人たちの虚構性に対して、
 
理論が全く歯が立たないような経済改革や社会改革に、いわゆる理論なるものを適用しようとする有害無益な実践行為 
 
と辛辣な表現で警句を述べている(詳しくは第5講参照のこと)。
 ぼく自身、ノイマンの警句はその通りだと思う。経済学は、現在、経済現象に対する予言能力は備え持っていないし、現実の説明能力も乏しいと言わざるを得ない。ただし、それには経済学固有の事情がある。それは本書の中で包み隠さず解説している。
他方、ぼくは、ノイマン以降、経済学は人間行動の背後にあるロジックを解明する手法を確立しつつあると思っている。そして、それは知的にとても面白いものだと感じている。その面白さを、読者の皆さんに本書でお伝えしたい。
大学で経済学を学んだ人も、社会人になってから教科書をひもといた人も、経済学に関して「役に立たない」感を持っておられるだろう。その印象を大幅に変えることは本書ではできない。けれども、多少改善することなら可能だと思っている。既存の教科書の解説は、あまりに古くさい上、数学的にも難しい。しかし、「経済学の思考」の本質はそういうものとは別のところにあるのである。もっと新しめの理論を使えば、もっと簡単に、もっと手に取るように、経済学の原理を理解することが可能になる。本書では、そういう解説に挑戦した。読了したあかつきには、みなさんは、経済学への印象をちょっとだけ前向きなものに変更できるだろう。そして、仕事の中でも、ほんのわずかにだけれど、役立てられるようになるだろう。

そんなわけなんで、書店で手にとってみてください。まあ、中でも、今年のノーベル経済学賞について知りたい人は、迷わずレジに持っていってください。(結局、ウリはそれかい! 笑い)

マーケットデザイン入門―オークションとマッチングの経済学

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