新著『数学的決断の技術』が刊行されました!

ぼくの新著『数学的決断の技術〜やさしい確率で「たった一つ」の正解を導く方法』朝日新書が、アマゾンにも入荷し、店頭にも並んだので、前回(新著『数学的決断の技術』がもうすぐ発売です! - hiroyukikojimaの日記)に続いて、追い打ちの紹介をしようと思う。

この本は、一言でいうなら、「意思決定理論」というジャンルに属する本である。
ぼくの本をチェックしてくださっている人なら、気付いていると思うが、この本のタイトルは、2年前の著作『数学的思考の技術〜不確実な世界を見通すヒント』ベスト新書を模したものだ。それもそのはずで、同じ編集者・大坂温子さんとの二冊目のコラボレーションなのである。当時はベストセラーズにいたけど、今は朝日新聞出版におられる。この本は、前作を刊行した少しあとから、企画が進められた。前作もそうだったけど、本書も「大坂さんが読んでみたい内容」という感じで、大坂さん主導で作られた本だ。ただし、「意思決定理論」は、ぼくが論文を書いている専門分野だけに、彼女の意図を越えて、かなり専門に踏み込んだ本になったと思う。もちろん、読者の大部分はマニアックな学術的な内容には興味がないと思うので、いつものように「学術分野から、一般の方々に有益な情報を引き出す」という作業を試みた。
ぼくらは、いつも「決断」を迫られる。どんな行為もすべて「決断」そのものだ。昼飯の選択や、飲みにいく店の選択のように、どうでもよいような「決断」もあるし、それこそ、進学や就職や結婚や家を買うときのような、その後の人生を左右する「決断」もある。このような「決断」を、どうしたら、合理的にできるか、それが意思決定理論が研究していることである。とりわけ、「不確実性」と「決断」との関係を考えるのが重要であり、「確率」は主役の一つとなる。単に確率というものの性質を解明するのが数学の営為とするなら、意思決定理論のそれは、「確率」と「行動」とをリンクさせる理屈を生み出すことなのだ。
もっと詳しい内容については、このエントリーに最後に、本書の序文をさらすので、それを読んでほしい。
この本は昨年の今頃、執筆に着手した。ちょうど、大学のゼミでライブをやった頃だ(ライブイベント、終了! - hiroyukikojimaの日記参照)。小島寛之ゼミでうちわのライブをやる、という企画にもかかわらず、編集者の大坂さんは観に来てくれた。その感想を彼女から聞く飲み会で、本書の打ち合わせも一緒にとりおこなった。それから執筆に一年の歳月を要した。実は、先日、今年のゼミライブが開催された。今年のゼミライブは、他の教員による楽器演奏あり、カラオケあり、女子のダンスあり、と完全に文化祭ノリになって、今までにない盛り上がりをみせた。このライブにも、大坂さんは足を運んでくださり、その日に本書の見本刷りをいただいた。とても感慨深かった。去年は、まあ、執筆前だから、義理で来場してくださったこともあるかな、とうがった見方をしていたが、今年は本も完成し、ある意味、義理はなくなったわけで、それでも足を運んでくれた彼女は、担当編集者としてではなく、友情として来てくださったのだと思う。そういう意味で、とても変わった人(つまり、打算で動くのではなく、真心で行動する人)だと思うし、こういう編集者にはどうにかこちらも友情で報いたいと思ってしまう。今回の本については、売れる、という自信はないが、内容については、ぼくも真心を込めて執筆したつもりだ。
ライブでギターを弾くのは3年目になった。ぼくのギターの師匠であるゼミ生は、今年は社会人として参加してくれたが、「先生、さすがに少し巧くなりましたね!」と褒めてくれた。学生の褒め言葉に喜ぶ、というのもなんだが、心から嬉しかった。ゼミはサークルとは違うので、ライブを実現するには、さまざまな「困難」と「迷い」の中での細かい「決断」の連続である。でも、達成してみると、どの「決断」も正しかったように思え、がんばってよかった、と思った。
 
さて、少し長いが、序文を全文さらそう。

    まえがきーあなたのその「失敗」はどこから来るのか? 


 私たちは、日々決断している。決断というと大げさに聞こえるかもしれないけれど、ようは、毎日の選択のことだ。そう考えると 、どの瞬間も決断の連続だと言っても過言ではない。例えば、前ページのイエス・ノー・テストをよく眺めてほしい(新著『数学的決断の技術』がもうすぐ発売です! - hiroyukikojimaの日記参照)。どの問いも、誰もが経験する日常の平凡な選択行動ばかり。でも、これらの選択行動は、みな決断という行為そのものなのだ。
あなたは、そういう間断なく行っている決断という行為に対して、ポリシーを持って臨んでいるだろうか。ポリシーほどじゃないにしても、少なくとも、よく考えた上でその行動を選びとっているだろうか。きっと多くの人は、そうとは言えない、と答えるんじゃないかと思う。行き当たりばったりで、あるいはフィーリングで、物事を決めている、そうあなたは答えるに違いない。
しかし、そんなあなたに、この本で伝えたいのは、その決断には、特有の癖がひそんでいる、 ということだ。行き当たりばったりで決めているようでも、フィーリングで決めているつもりでも、そこにはあなたなりのなんらかの癖があるのだ。実は、前ページのイエス・ノー・テスト(新著『数学的決断の技術』がもうすぐ発売です! - hiroyukikojimaの日記参照)は、その癖をあぶり出すためのものなのである。
 決断にまつわるいろいろな癖を知るのは、とても有意義なことである。なぜなら、次の理由があるからだ。
第一に、あなたは自分の思考の癖を知ることで、自らの失敗がどこから来るかを自覚することができるようになる。
第二に、いろいろな癖を知ることで、あなたは場面によって適切と考えられる決断の方法を使い分けられるようになる。
多くの人は、現在の問題に直面すると迷い、自分が踏み出す未来に対して自信がなく、過去に行った判断にくよくよ後悔する。いつも裏目を引いてしまっているように感じ、落ち込むことも多い。そんなあなたにとって、決断のいろいろな癖を知識として自分のものにすることは、きっと、自信と心の安定剤を得ることにつながるだろう。
 だけど、ここであらかじめ念を押しておきたいのは、この本は決して自己啓発の本ではない、ということ。この本は、あなたに「こうしたほうがいい」とか、「こうすれば成功する」とか、「心配から逃れられる」なんて助言を与えることはできない。そもそも、決断に関しては、絶対に正しいという方法も絶対に間違っているという方法もない。決断には、いろいろな考え方とメソッドがあるだけだ。考え方・メソッドをさっきは「癖」と呼んだのである。この本があなたにできることは、決断について、学問的に蓄積されてきた考え方・メソッドを、できる限りわかりやすく易しく提供することだ。
 決断にまつわる考え方・メソッドを分析する学問分野を「意思決定理論」という。ジャンル的に言うと、意思決定理論は、数学と統計学と経済学と心理学にまたがって研究されている。古くからある伝統的分野ではないが、それでも300年ぐらいの歴史の蓄積は持っている。本書では、意思決定理論で分析され考え出されたさまざまな決断のメソッドを読者の皆さんにお届けする。
 少し内容に踏み込んで紹介しよう。
 第I部は、決断のメソッドの基礎編である。ここでは、4つの決断のメソッド(=癖)について、それぞれ一章ずつを使いながら解説する。4つのメソッドとは、平均値を気にする期待値基準、最悪のケースを怖がるマックスミン基準、常に一発逆転を狙うマックスマックス基準、後悔だけはしたくないというサベージ基準である。
 これら4つのメソッドを知ることには副産物がついている。それは、確率の理論や、ゲーム理論や、統計的決定の原理や、経済学の機会費用原理などのアカデミックなツールに触れることができる、という副産物だ。これらの分野に単独でアクセスするよりもずっと、親近感と切実感を持って吸収することができるに違いない。
 第II部は、決断のメソッドの発展編だ。この4つの章で紹介する考え方は、多くの人にとって目新しく新鮮なものに違いない。(コアな意思決定理論の専門家でない限り)、数学や経済学や統計学の専門家であっても、これらの章の知識は初耳であろうと思う。これらは、主に20世紀以降に構築され、中には、ここ20年の間に提出されたものさえ含まれる最新の知のエッセンス である。 そして、これらの知識は、より柔軟な決断のメソッド(=癖)を数式化したものなのである。  
 第6章では、論理と決断の関係について紹介する。人は多くの場合、確率ではなく論理で決断を下す。とりわけ裁判や人間関係の中での判断はそうである。このような決断の方法については、ケインズが深く考え、その後、人工知能の研究の中で発展している。第7章では、「サプライズ」という現象に注目する。人は、想定外のできごとに直面したとき、自分の判断を変えることが多い。そういう「サプライズからの意思決定」を定式化したのが経済学者シャックルである。この章は、サプライズをキイワードにいろいろな考え方を展開する。第8章では、人が心象を改める「アップデイティング」にまつわる理論を紹介する。最初に、高校でも習う「ベイズ改訂」のことをまとめた上で、もっと自由でもっと現実的応用性の高い「デンプスターとシェーファーのアップデイティング」にまで足を伸ばす。最後の第9章は、自分の判断にいつも自信が持てない人のための「複数信念の理論」を解説する。これは、「ダブルスタンダードの積極利用」と言っていいメソッドである。
 以上のように、この本は、決断のメソッド(=癖)について、標準理論から最先端の理論までを紹介した本となっている。しかし、それだけではない。そういうアカデミックな教養を手軽に楽しんでいただく中で、他人の行動の背後にあるの原理を理解し、また、自分の人生について深く内省するための材料を提供することに、最大のウリがあるのだ。
 さて、この本を買う決断がついたかな?