等差数列の中の素数からラングランズ予想へ

もう、すいぶん前、1年以上前に、黒川信重ガロア表現と表現論』日本評論社の一部を紹介した(ガロアの定理の短めの証明が読める本 - hiroyukikojimaの日記)。このときは、ガロアの基本定理」、すなわち、「代数拡大体の中間体と、その自己同型群の部分群が1対1対応する」という定理の、非常に短く、わかりやすい証明がこの本に載っているよ、ということを書いた。それで、この本に載っている他の定理のことも近いうちに書く、と予告してたんだけど、なんと! それから、1年以上も歳月が流れてしまった。
 前々回のエントリー(テレ東ドラマ『電子の標的2』に協力をしました - hiroyukikojimaの日記)で触れたように、今ぼくは、雑誌『高校への数学』東京出版に「素数の魅力」という連載を持っていて、そのため、素数について、いろいろと調べ直している。そこで、「ディリクレの算術級数定理」について、どう紹介しようか、と思案して、この黒川先生の本を読み直してみたのである。そんなわけで、このブログにも、小手調べとしてエントリーしてみようと思い立った次第。

 この本の第1章には、「ガロアの基本定理」の最短にして簡明な証明が解説されており、それはガロアの定理の短めの証明が読める本 - hiroyukikojimaの日記のエントリーで紹介した。また、第2章には、「有限アーベル群の基本定理」「ディリクレの算術級数定理」の証明が解説されている。今回は、これについて紹介しようと思う。
 群というのは、1. 結合法則が成り立つ演算を持ち、2. 演算しても変化しない単位元eを持ち、3. 演算すると単位元eになる逆元を持つ、ような代数構造を言う。これらに加えて、4. 交換法則が成り立つ、を要請したものがアーベル群である。「有限アーベル群の基本定理」というのは、有限なアーベル群が、どんな構造をしているかを明らかにする定理。簡単にいれば、nで割った余り算の足し算代数であるZ/(n)たちの和で書け、しかも登場するnたちを小さい順に並べると、約数・倍数関係の列になる、というもの。この定理を拡張して「有限生成アーベル群の基本定理」としたもの(有限生成なので、要素の個数は無限個も可能となる)は、線形代数で重要な定理である「ジョルダン標準形」の証明に使われる。でも、これがまた、わかりずらく、何をやっているかイメージが湧かない証明なのである。それに対して、黒川先生の証明は、(有限部分だけだけど)、非常にわかりやすく、本質がよく伝わり、そのうえ2ページ程度で済んでしまう優れものだ。ジョルダン標準形の証明で挫折した経験のある人は読んでみることをお勧めする。
 「ディリクレの算術級数定理」の証明も、非常にわかりやすく書かれている。この定理は、「初項と公差が互いに素な等差数列の中には、素数が無限個ある」というみごとな定理である。例えば、3n+1型素数も3n+2型素数も無限個あるし、4n+1型素数も4n+3型素数も無限個ある、などなどとなる。これらの中の一部(例えば、3n+2型素数とか4n+3型素数とか)は、ユークリッドが「素数は無限にある」を証明した手法を真似れば、簡単に証明できる。しかし、他はそう簡単ではない。しかも、an+b型(a,bは互いに素)すべてとなるといったいどうやればいいのか想像もつかないだろう。ディリクレは、ゼータ関数の仲間であるL関数を使って、それを証明したわけなのだ。本書には、その証明がたった3ページでまとめられている。 
 ここでは、この定理の証明を、4n+1型素数と4n+3型素数を例にして説明しよう。ポイントは、「どちらの型の素数も、逆数にして加え合わせる無限大になる」を示すことである。有限個しか存在しないなら、こうはならない。そのために、まず、次のようなオイラーを考える
[{1−χ(p)(pのs乗の逆数)}の逆数]をすべての奇素数pにわたって掛け合わせたもの ・・・(1)式
ここでχ(p)は、次の2種類を考える。第一は、すべての奇素数pに対して、χ(p)=1とするもの。第二は、4n+1型素数pに対してχ(p)=1、4n+3型素数pに対してχ(p)=−1とするものである。この二つのχはディリクレ指標と呼ばれるものだ。
この(1)式のlogをとって、積を和に変え、さらに対数関数のテイラー展開を適用する。
そして、各pについて、1×(−s)乗の部分と、(2以上)×(−s)乗の部分とに分けると、
log(1)式=(1×(−s)乗の部分)+*1^{×}を作る。この群から複素数への写像で、乗法を保つ(χ(xy)=χ(x)χ(y))ものをディリクレ指標と呼び、これを用いればよいのである。こうして、「初項と公差が互いに素な等差数列の中には、素数が無限個ある」ということがいっぺんに、そして明快に証明される。
 さて、黒川先生は、この「ディリクレの算術級数定理」を、今話題の「ラングランズ予想」の入り口として用意しているのである。黒川先生の本によれば、「ラングランズ予想」とは、「ガロア群の表現と保型表現が双対の関係にある」というものらしい。先ほどのディリクレ指標χは、乗法群(Z/(n))^{×}の双対なのである。
 この本を読むと、ガロア表現と、保型形式と、それをゼータ関数で結びつける、ということが現代数論の大きなテーマ、夢なんだな、と理解できる。古典的な数学の未解決問題が、個別具体的なのに対し、現代の未解決問題は、普遍的統一的である、というのがよくわかる。そして、前者がパズル的な興味の範疇のものであるのに対し、後者は哲学的な興味の範疇にある、というように感じる。
 直接は関係しないけど、ガロア理論の簡単な入門書なら、ぼくの次の本が役に立つと思う(宣伝、宣伝)。
天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)

天才ガロアの発想力 ?対称性と群が明かす方程式の秘密? (tanQブックス)

*1:2以上)×(−s)乗の部分) と書ける。第2項が有限値に収束することは高校数学の範囲でわかる。したがって、第1項だけに注目し、 log(1)式=(χ(p)(pのs乗の逆数)の奇素数pをわたる和)+(有限値) ・・・(2)式 という風になる。この(2)式のディリクレ指標χ(p)を第一の場合と第二の場合についてそれぞれ作り、その二通りを合計して2で割ると、4n+1型素数の部分だけが取り出される。これは、4n+3型素数pに対しては、(第一のχに対する(2)式)における係数は+1で、(第二のχに対する(2)式)における係数は−1であることから、打ち消しが起きるからである。 (pのs乗の逆数)の4n+1型素数pをわたる和=(1/2)×[(第一のχに対する(2)式)+(第二のχに対する(2)式)] ・・・(3)式 一方、(第一のχに対する(2)式)は、sを小さくしながら1に近づける(s↓1)と無限大に発散する。これは(1)式が通常のオイラー積から素数2を取り除いたものとなっており、s↓1のとき、全奇数の逆数和に近づくからである。それで、「4n+1型素数の逆数和が無限大となる」ことがわかるのである。これは「4n+1型素数を取り出す」計算だったが、(2)式のディリクレ指標χ(p)を第一の場合と第二の場合についてそれぞれ作り、前者から後者を引き算して2で割ると、4n+3型素数のほうが取り出され、同じ評価法が適用できる。  ざっくりまとめると、「オイラー積を作るときにディリクレ指標χを掛けておくと、型の異なる素数の係数が異なるようにできる」ということと、「それらのディリクレ指標に適切な集計をほどこすと一つの型だけを取り出すことができる」ということがポイントだ。どんなan+b型素数についてもこれが可能なら、この証明を一般化できる。そして、これは可能なのである。 1からaまでの整数で、aと互いに素なものを集合とすると、それらは掛け算についての群(Z/(n