『大学への数学』9月号、10月号は是非読むべし

 大学への数学』東京出版は、高校生向けの受験雑誌だが、単に受験技術を身に着けるだけの雑誌にとどまらない。そのことは、前回、

面白さ満点の『零点問題集』 - hiroyukikojima’s blog

にも書いた。今回は、それを受ける形で、先月に出た9月号と今月の10月号を推奨しようと思う。

 

大学への数学 2019年 10 月号 [雑誌]

大学への数学 2019年 10 月号 [雑誌]

 

 

 9月号には、親友の(大学で同期だった)数学者・松木謙二さん(パデュー大学)が「正四面体を最短に切り開く」という記事を寄稿している。扱っている問題は、

紙でできた正四面体をハサミで切り開いて展開図にするとき、ハサミを入れる距離が最も短くなるには、どのように切れ目を入れればいいか?

というものだ。な~んだ簡単じゃないか、と思った人はたぶん罠にはまっている。解答は予想外な切り口なのだよ。

この問題は、単なるパズルのように見えるだろう。ところがどっこい、解答を読んでみると、離散数学と初等幾何を組み合わせた非常に優れた問題だということがわかる。中学や高校で数学を教えている先生方は、実習を組み合わせた題材として使ってみるといいかもしれない。但し、数学的な証明はけっこう難しいので、生徒たちに「切れ目の短かさを競わせる」みたいな形でやったらいい。

松木さんから面白いエピソードを聞いた。松木さんは、この原稿を執筆している最中に、高校生や一般数学愛好家が参加する公開講座でこの問題をプレゼンしたとのこと。その公開講座の主催者の中に、あの有名なフィールズ賞受賞者の森重文先生がいらっしゃった。森先生はこの問題をたいそう興味深く聞いたらしく、講演後の松木さんに「もっと巧い解き方があるよ」、と教えてくれたというのだ。さすが大数学者、目の付け所が違う。松木さんは「悔しいけど、森先生の方法に証明を書き換えた」と言っていた(笑)。

ちなみに松木さんはここ数年、数学の有名な未解決問題「正標数特異点解消」に取り組んでいる(標数ゼロの場合は広中平祐先生が解いてフィールズ賞をとった)。彼がこの問題を解決したら、友人として鼻が高いので、是非、落城させてほしいと願っている。

 次に10月号の方を紹介しよう。

10月号には、親しい数学者・黒川信重さん(ぼくは二冊、共著をしている)が「反転公式とゼータ関数」という記事を寄稿している。これまたすばらしい記事なのだ。

この記事では黒川さんは、受験問題(立正大が2017年出題)から話をスタートしている。それは「オイラー関数」と呼ばれる数論的関数φ(n)に関する問題だ。(数論的関数とは、正の整数を定義域とする関数のこと)。オイラー関数φ(n)とは、

φ(n)=(1以上n-1以下の整数でnと互いに素な整数の個数)

と定義されるものだ。黒川さんは、このオイラー関数を題材に、受験問題から最先端の数学までを一気にたった4ページで解説しているのである。

まず驚くのは、その受験問題のテーマでもある、 

(nの約数mに対するφ(m)の総和)=n 

 という公式を鮮やかに証明していることだ。ぼくはこの公式は(証明も含め)知っていたが、こんなに鮮やか、かつ、わかりやすい証明があるとは知らなかった。これだけでもう儲けもの。

 でもここからが黒川さんの本領だ。

黒川さんは、数論的関数f(n)があるとき、それを使ってゼータ関数を作れることを紹介する。正式にはL関数と呼ばれるものだ。そして、数論的関数f(n)が乗法的であるとき、(乗法的とは、互いに素なm, nに対してf(mn)=f(m)f(n)となること)、そのゼータ関数オイラー積を持つことを示す。ここでオイラー積とは素数たちの式での因数分解のことだ。上のほうで出てきたオイラー関数φは乗法的なのでφからゼータ関数を作ることができる。黒川さんは、それについて、

(φから作るゼータ関数)=ζ(s-1)/ζ(s)

となることを導いている。この導出も数学が得意な高校生なら理解できるはずだ。

面白いのはここからで、黒川さんは、なんとこのφから作るゼータ関数を用いて、「メビウス反転公式」という有名な公式を証明するのだ。 ぼくはこんなことが可能だと初めて知って、ぶったまげた。メビウス反転公式が、整数論で大活躍する公式であることは知っていたが、ゼータ関数と表裏の関係にあることが実感を持って伝わってきた。これだけでもう1344円(増税後)を払う価値がある(笑)。

そして、エンディングは黒川さんの十八番、「絶対ゼータ関数」の登場だ。

絶対ゼータ関数とは、難攻不落の未解決問題「リーマン予想」を解決すべく黒川さんが編み出した「21世紀のゼータ関数」だ。それをこの「φから作るゼータ関数」を使って紹介しているのである。まあ、ここの部分はさすがにかっとんでいて、高校生には難しいと思うけど、なにより「大きな夢がある」。数学に限らず、何に取り組むにしても、「夢がある」ということが大事なのだ。

 たった4ページで、たったの1344円で、こんな夢のある記事が読めるんだから買わない手はない。

 ちなみに、黒川さんが数学の道に進むきっかけになったのは『大学への数学』を読んだことだと、ある記事で書いていた。かつて『大学への数学』に数学者の上野健爾さんが寄稿し、そこで「ラマヌジャン予想」と「リーマン予想」を紹介した。高校生だった黒川さんはその記事を読んで、この二つの未解決問題に「大きな夢を持った」。それで数学者になったのだという。ラマヌジャン予想はまもなく解決されてしまったが、リーマン予想はいまだ未解決だ。黒川さんは今でもリーマン予想に勇猛果敢に挑んでいる。そして、黒川さん自身も、高校生たちに夢を与えるべく、今回の「絶対ゼータ関数」の記事を書いたのだと思う。実際、最後に次のように綴っている。

このような簡明な絶対ゼータ関数からゼータ関数全体を捉えるのが21世紀のゼータ関数論なのであり、新しい研究者を待っている

ぼく自身も、高校生の頃、『大学への数学』でp進数(素数で作る新奇な数空間)の記事を読んでわくわくした経験を持っている。最初にも書いたが、『大学への数学』は単なる受験雑誌にとどまらず、日本の数学文化を支える大事なインフラなのだ。

 ちなみに、絶対ゼータ関数については、黒川さんがたくさん本を書いているけど、ぼくと黒川さんの共著『21世紀の新しい数学技術評論社を推奨しておこう。