数学と友達になれて、リーマン予想とお近づきになれる本

 

すっごい長い間、ブログを休んでしまった。新著の執筆・校正をしてたのと、論文を複数並行して作成していたことに起因するんだけど、オンライン講義のせいも大きい(共同研究者がきっとこのブログ読んでいるんで、こんなん書くなら、論文を進めろと怒りそうだし)。

で、久しぶりの今回は、小山信也『「数学をする」ってどういうこと?』技術評論社の紹介をしようと思う。

 

 その前に、近況を少しだけ。

まずは、じゃーん、映画「シン・エヴァンゲリオンを観てきました!いやあ、すごい映画だった。アニメでできることのほとんどすべてがやられてるんだろうな、って思った。ただただ映像に圧倒された。

ぼくは、少し前まで、エヴァには全く関心なかった。興味を持ったのは、「シン・ゴジラ」を観てからなのだ。

シン・ゴジラ観てきた。シン・ゴジラ観るべし - hiroyukikojima’s blog

この映画で庵野監督のファンになって、それから遅まきながら以前の映画版エヴァを観た次第。そんなだから、「シン・エヴァンゲリオン」は物語が半分ぐらいしかわからなかったけど、それでも、「これはすごいアニメだ」ということだけはわかった。何について触れてもネタバレになってしまいそうなので、この辺にしておく。

あと、音楽については、

パワフルで不思議なテータ関数 - hiroyukikojima’s blog

に書いた通り、バンド「ずとまよ」にはまっているわけだけど、最近リリースされた「ぐされ」はめちゃめちゃすごい。アルバムの出来も最高なんだけど、おまけでついてるブルーレイのライブが死ぬほどすばらしい。ずとまよの衝撃は、バンド「相対性理論」以来だと思う。すべてが完璧すぎて、わなわな震える。リーダーのACAねさんは、「遂に日本にザッパが現れた」と思わせる天才さだ(迷惑だと言われそう、笑)。現在に聴くことのできる最高の音楽だと思う。

 さて、小山信也『「数学をする」ってどういうこと?』に戻ろう。小山先生と言えば、ゼータ関数の専門家だけど、この本では、数学そのものの見方・考え方・使い方を懇切丁寧に語っている。完全な数学音痴でも読める(ところが多い)。

 三部構成になっていて、

第Ⅰ部「日常編」、第Ⅱ部「無限への挑戦」、第Ⅲ部「ゼータ編」

である。第Ⅰ部は、主に新型コロナ肺炎をテーマに、こういう未知のパンデミックについて、どう数学を適用していくかを解説している。毎日、ニュースやSNSで見かける議論について、それこそ算数レベルの計算でアプローチしていて、それでも「なるほど」という結論が導ける。読めば目から鱗の人が多いと思う。

第Ⅱ部は、「無限」に関する数学を易しく解説している。これは、「無限」という数学固有の概念、そしてだからこそ、人間の思考の本性について、その深淵を垣間見せてくれるものだ。もちろん、第Ⅲ部のゼータ関数への伏線ともなっている。

ただ、ここにはぼくも一家言あるので、書き添えておく。ぼくは、「アキレスと亀」の解決を「無限和の収束」に求めるのはお門違いだ、という思想を持っている。なぜなら、それだと、「アキレスと亀」という形而上の議論に、別の形而上の議論で反論しているだけにすぎないからだ。単に「特定の無限和が収束する」ことを手前みそに定義しておいて、「だからアキレスは亀に追い付く」と言っているに過ぎないから、そんなのなんの反論にもならないと思うのだ。その「定義」が「我々のこの現実」である証拠はない。むしろ、「アキレスと亀」の議論のほうがずっと深淵な「現実に対する問いかけ」をしていると思う。この点については、詳しくは拙著『無限を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫を参照して欲しい。

 さて、数学の素人とは言えないぼくには、結局は、第Ⅲ部がめちゃくちゃ面白かった。Ⅰ部とⅡ部が平易だからと言って見くびってはいけない。この第Ⅲ部には、最先端(2010年以降)のゼータ研究が投入されているのだ。それは、「リーマン予想」と呼ばれるリーマン予想を超えた予想についてだ。

リーマン予想というのはリーマン・ゼータ関数に関する予想だ。リーマン・ゼータ関数というのは、自然数のs乗の逆数和

\zeta(s)=\frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{3^s}+\dots

のことで、この「虚の零点」(全複素数に解析接続した上で、実数でない零点)が一直線(実部が1/2の直線)上に並ぶ、というのがリーマン予想だ。大事なことは、\zeta(s)素数を使って表現できる、ということ、すなわち、

\zeta(s)=\frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}素数pすべてにわたる積

 と表せる。これを「オイラー」と呼ぶ。これによって、リーマン・ゼータ関数の零点と素数とが結びつくことになり、リーマン予想が正しければ、素数についていろいろわかるのである(詳しくは、拙著『世界は素数でできている』角川新書参照のこと)。

一方、類似の関数として、「オイラーのL関数」というのがある。それは、

L(s)=\frac{1}{1^s}-\frac{1}{3^s}+\frac{1}{5^s}-\frac{1}{7^s}\dots

というもの。奇数のs乗の逆数の交代和となっている。これにもオイラー積があって、

L(s)=\frac{1}{1-\frac{e}{p^s}}の奇素数pすべてにわたる積・・・(☆)

ここで定数eは、pが4n+1型素数のときは1、4n+3型素数のときは-1となるもの。このL関数についても非自明な零点が一直線上に並ぶ(実部が1/2)と予想されており、これが「L関数のリーマン予想」だ。

この本では、「L関数のリーマン予想」に関するアプローチとして最新の研究を紹介している。それが「リーマン予想」なのだ。今だったら、「シン・リーマン予想」と書いたほうが通りが良かっただろう(←完全ばか)

 L関数のリーマン予想は、1/2<s<1でオイラー積(☆)が収束することに帰着される。ただ、収束と言っても(テクニカルなことだけど)絶対収束ではなく条件収束だというのが大事だ。これが証明されれば、L関数のリーマン予想が正しいことがわかる。

 一方、「深リーマン予想」とは、「オイラー積(☆)がs=1/2で条件収束する」という予想。これは、リーマン予想より強い予想だから「深(シン)」とついている。この収束は、数値計算ではかなりな桁数まで確認されており、「正しそう」という手ごたえがあるのだそうだ。

 「オイラー積の収束を攻める」という戦略がわれわれアマチュアや高校・大学生に嬉しいのは、「解析接続した関数の零点」という見えざる相手が、「極限の収束」というどうにか見える気がする相手に置き換えられることだ。これは、リーマン予想の裾野を広げることに役立つと思う。

 最後に、小山信也『「数学をする」ってどういうこと?』でめちゃめちゃ興奮した解説をひとつだけ紹介しておこう。それは、「オイラーメルテンスの定理」と呼ばれる公式、

\frac{\pi}{4}=L(1)=\frac{3}{4} \frac{5}{4} \frac{7}{8} \frac{11}{12}\frac{13}{12}\dots

のめちゃめちゃわかりやすい証明が解説されていることだ。この公式は、円周率と素数が結びつく、という感動の公式。でも証明に使われているテクニックは、ぼくの見るぶんには、単なる「エラトステネスのふるい」の応用である。まさか、この「ふるい」にこんな使い道があるとは、驚き桃ノ木であった。こんなわかりやすい証明があるとは知らなかった。

 本書は、このように、平易な語り口調ながら、日常から無限をめぐって、最後には最新のゼータ研究までに到達する、めちゃめちゃエキサイティングな数学啓蒙書だと言える。読まない手はない。