流れは変わった、今こそ目指せ、サイエンスライター

サイエンスライターというのは、一般には、科学的な記事や書籍を市民向けに書く仕事だ。
昔は、マイナーな職業だったし、そんなに多くはなかった。市民向けの科学啓蒙書は、専門家(大学の先生)が片手間に書くことが多かったと思う。専門家の書く啓蒙書というのには、今思い返せば、良い本が少なかった。なぜなら、専門家の多くは、一般の人が何に興味を持っているかをわかっていない。その上、大学では、「わかりやすい講義」というのが課せられなかったので、(今はそうでもないので、過去形で書いた)、一般読者がどう書くとわかりにくく、どう書くとわかりやすいのか、無頓着な人が多かったからだ。そんななか、数少ないサイエンスライターの書いたものは、一定の成果を挙げていたと思う。でも、言い方は悪いが、「アウトロー」な立場は否めず、決して、望んでする仕事ではなかったのではないか、という印象があった。きっと、本当は専門家になりたかったのだがかなわず、仕方なくサイエンスライティングで飯を食う、そんな感じだったのではないか、と思う。さらには、専門家の中で、サイエンスライティングに対して、顔をしかめる雰囲気も密かにあった。
 でも、21世紀に入った頃から、周辺環境が変わってきたように思える。竹内薫さんをはじめとする華やかなサイエンスライターも何人か現れ、ベストセラーも生まれるようになった。若い世代かつ女性でも、内田麻理香さんのような才気も登場している(ジュンク堂でトークショーに参加します。 - hiroyukikojimaの日記参照)。ある意味、「流れは変わった」、と言えるのではないか、と思う。
 その環境改善の中で、最も目覚ましいものの一つとして挙げられるのが、JIR(ジャーナリスト・イン・レジデンス)という企画である。これは、http://www.math.is.tohoku.ac.jp/~fujiwara/jir/jir.htmlを読めばわかる通り、「サイエンスライターを大学に招いて、講義に参加してもらい、専門家の協力の上で、市民に向けて科学分野をアピールしてもらう」、というすばらしいプログラムなのである。代表は、京都大学の数学者、藤原耕二さんで、参加国立大学(あるいは組織、研究室)は、東大・数理科学研究科、理化学研究所・甘利俊一研究室、京大・数学教室、九大・数理学研究院、東大・数理生命情報学(合原一幸)研究室 、東北大・WPI-AIMR ・数学ユニット、名古屋大・多元数理研究科、東工大・情報理工学研究科、というそうそうたる一流の面々である。ぼくだって、これにはよだれが出る。本当に夢のようなプログラムだ。
実は、藤原先生から、お誘いのメールを以前にいただいた。雑誌『現代思想』で鼎談した著名な数学者のかたから、推薦をいただいたから、ということだった。全く光栄なことである。今は、大学の教員だし、経済学者になっているので、自分の研究が優先だから参加を断念したが、 昔のぼく(塾講師の頃)であれば、一も二もなく参加申し込みをしただろう。本当に残念だ。
こういっちゃなんだが、このプログラムに参加してる国立大学(組織、研究室)はみんな超一流だよ。やっぱり、超一流の専門家は、心の余裕が違うし、社会性(自分の経済・社会における位置を相対化して思考できる能力)も違うね。こういうすばらしい発想が生まれてくる。サイエンスライティングを(ネットで)腐して歩くことに自分の個人的な愉悦を感じている教員(仮にいるとして、そんな人)なんかのいる国立大学は、やはり二流・三流の国立大学だろう。そういう人のいる国立大学は、このような流れの中で、淘汰されていくに違いないし、そうなって欲しい。実際、(どこかにあるとすれば)ぼくはそういう「山月記の虎」のような専門家が少なくとも一人いる国立大学には、サイエンスライターとして協力も推薦も一切しない。実は、ときどき、ぼくの数学啓蒙書を読んだ高校生や大学生から、数学(や理系の専門)を学ぶために「どの国立大学に行くべきか」「どこの国立大の大学院がいいか」などの相談を受けることがある。そういう高校生や大学生には、迷わず上記のJIRに参加している大学を薦めるし、合格が無理そうな場合には、逆に「この国立大学や大学院は行かないで済むなら行かないほうがいいよ」という形式で、否定型のアドヴァイスをしようと思っている。それが、サイエンスライターとしてのぼくの気概だ。
もちろん、JIRだけが、サイエンスライターの使い道ではない。例えば、先日の千葉大学の数理論理学者の古森先生のように(ロックバンドZFC48を構想する! - hiroyukikojimaの日記を参照のこと)、直接、サイエンスライターを利用して、何かメッセージを発信するという手だってある。専門家とサイエンスライターが相互に歩み寄れば、科学は、一般市民にとって、どんどん身近で、理解しやすく、わくわくどきどきで、アクセスしやすいものになっていくだろう。
そんなわけだから、志高い若い方々には、是非とも、サイエンスライターの道を堂々と目指してもらい、次世代を担っていただきたい。昔よりずっと仕事も報酬もチャンスもあるし、社会的地位だって悪くはない。流れは変わったのだ。
 ぼく自身はどうだったか、というと、「仕方なくサイエンスライターになった」というわけではなく、むしろ望んで得た仕事だった。もちろん、大学で数学科に在籍したときは、数学者になりたかった。でも、それとは別に、ぼくを数学に目覚めさせてくれた数学啓蒙書を書く仕事もしてみたい、と思っていた。ぼくは、中学生のとき、かなりの数の科学啓蒙書を読み、それに啓発され、勉強の活力を得ていた。とりわけ、尊敬するサイエンスライター・数学者の芹沢正三先生が翻訳したコンスタンス・レイド『ゼロから無限へ』ブルーバックスエミール・ボレル素数』ク・セ・ジュ文庫、イアン・スチュワート『現代数学の考え方』ブルーバックスなどは、とんでもなく面白くて、何度も何度も読み返したものだ。(だから、ちょっと前、芹沢先生から、お手紙と献本をいただいたときは、自分も数学ライターとしてここまでこれたんだな、と感慨深かった)。これらの本に感動しながら、いずれ自分も、中学生に向けて数学の本を書ければな、という夢を持っていた。そういう意味では、数学者にはなれなかったが、数学ライターとしてやっていけるようになったのは、とても嬉しいことなのだ。また、ぼくは、塾でも大学でも「学生がわかるような講義」を構築することが三度の飯より好き、という性向を持っている。だから、「読者がわかる啓蒙書」を書くことも、同じように好きなのだ。まあ、こんなだから、サイエンスライテイングは天職と言える。
 サイエンスライターを目指す人に、(余計なお世話かもしれないが)、一つだけ行き詰まったときのアドヴァイスをしておこう。たぶん、一つの専門だけでいいから、「論文を読んだり書いたりできる」くらいの専門性とリサーチ力を足場として備えたほうがいいと思う。というのも、ぼく自身は、数学啓蒙書を数冊書いた時点で、行き詰まった経験があった。知識が浅く広くだったから、結局、「啓蒙書を読んで啓蒙書を書く」という「知識の流通業」みたいなところに陥った。もちろん、それはそれでも意義のある仕事には違いないが、自分で「これはあそこに書いてあるしなあ」と思うようになると筆が重くなった。ぼくがこの状態から脱出できたのは、経済学の研究を始めてからだった。経済学では、直接に数学を研究するわけではないが、けっこう高度な数学も利用する。だから、そういう数学を勉強していくと、自ずと、「これは一般の読者にも紹介したいなあ」と思うようになる。専門の数学の研究でないからこそ逆に掘り出し物的にネタの宝庫が見えるのである。実際、経済学を研究するようになってから、ヒルベルト空間、トポロジーベイズ確率、ブラウン運動、確率積分、関数空間、数理論理学、順序集合論、公理的集合論、メビュウス反転公式など、様々な数学に触れたし、それを一般の数学ファンにも提供したい、という意欲もかき立てられた。そういう意味で、本当にぼくが、安定した数学ライターの仕事をできるようになったのは、経済学を専門にしてからのことだと言っていい。
 最後に、もう一つだけ。これがこのエントリーの本当の目的だったりするのだけど。
実は、数学ライターをやろうと思った背景には、別の野望があった。それは、「いつか、小説を出版したい」という野望だった。ぼくは、中学生のとき、数学以外に、小説のファンでもあった。だから、将来、小説を書けたらなあ、という夢も持っていたのだ。そういう意味で、数学ライターとしてのデビュー作『数学迷宮』(現在は、『無限を読みとく数学入門』角川ソフィア文庫で復刊)には、無理矢理に小説を入れた。その後、小峰書店から小学生向けの物語『ミステリーな算数』『算数でホラー』『算数ワンダフル』の三冊が刊行され、ある意味、夢は達成されることとなった。この三冊は運悪く版切れに陥っていたが、めでたいことに、来月、技術評論社から大幅再構成・大幅加筆の上で再刊行させることになった。すでにアマゾンにアップされているので、リンクしよう。以下。

大悪魔との算数決戦 (すうがくと友だちになる物語1)

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これは、自分で言うのもなんだが、超力作なので、楽しみにしていて欲しい。今の文筆の力量で大幅に書き換えた結果、相当に満足いく小説に生まれ変わった、と自負しているのだ。
小説を出したい、という夢を持つ若い人も多いと思う。でも、ほんちゃんのブンガクは、市場も小さいし、デビューするのも難しい。新人賞とか狙っても、女子高生だとか美人だとかのオプションがない限り、なかなか受賞には至らない(←もちろん、単なるやっかみっすよ)。だから、むしろ、急がば回れで、サイエンスライテイングの道から入って、どこかでチャンスをものにして、小説を出させてもらうのが一つの方法論だと思う。もちろん、すぐにブンガク的なものを書かせてもらえるわけではないが、専門を活かしてじわじわと書きたいジャンルに進んでいくというのがチャンスをつかむ道だと思う。どんな仕事でも、自分に力があることをわかってもらうには、人にできない何かを見せる必要があるからだ。サイエンスライテイングには、そういうメリットもあるということなのだ。
今、理系の博士号を取得しても、大学に常勤のポストを得られない人が多い。そういう人たちは、サイエンスライターで、専門性を活かしながら活路を待つ、という手があると思うのだ。
ゼロから無限へ―数論の世界を訪ねて (ブルーバックス)

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Q272・素数 (文庫クセジュ 272)

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