新著が刊行されました!+おまけ(山本義隆先生の思い出)

 今日あたりから、新著『世界は2乗でできている〜自然にひそむ平方数の不思議』ブルーバックスが書店の店頭に並ぶと思うので、満を持して宣伝をしよう。

この本は、数学における「平方数の性質を追求した研究」の紹介と、物理学でなされた「自然にひそむ平方数のナゾの解明」を合わせ技にした本である。とはいっても、完全に独立したストーリーの二本立てということではなく、相互に関係を持っている。
前回のエントリー(来週、新著『世界は2乗でできている』が刊行されます。 - hiroyukikojimaの日記)では全体のアイテムを紹介したので、今回のエントリーでは、物理の部分だけをプロモートする。
この本での最も大きな売りは、「ピタゴラスに始まり、アインシュタインに終わる」ということだ。どういうことかというと、ピタゴラスの定理(=三平方の定理)をユークリッド空間の距離公式と位置づけ、その延長として、アインシュタイン特殊相対性理論を我々の生きるこの時空間(ミンコフスキー空間)での時間まで取り入れた距離公式として解釈する、ということなのだ。このストーリーの中で、最終目標としたのは、質量エネルギーの公式E=mc2を、最も簡単な方法で導出することだった。
本書のコンセプトを思いついたのは、20年も前のことなので、記憶が曖昧なのだが、とにかくE=mc2をエンディングとする本を書いてみたいと思っていた。というのも、この公式の導出を知ったときは、あまりにたまげて、人生観が変わったからだった。
それを知ったのは、(前回も書いたが)、大学受験に失敗して浪人しているとき、駿台予備校で山本義隆先生の物理の講義を受講したときだった。山本先生は、ときどき脱線話をしてくださったが、それらはみな知的好奇心をとんでもなく刺激してくれるものだった。中でも驚いたのは、このE=mc2の導出だった。講義は、1時間で物理の入試問題を2問解くものだったから、そんなに時間の余裕があるわけでもない。そんな中、ちゃちゃっと、一つの絵を描いて、数分の解説を加えたら、あら不思議、公式が導出されてしまったのである。
ぼくは、たぶん、口をあんぐりと開けて、目をらんらんと輝かせていたに違いない。実際、高校ではこんなこと教わらなかったので、E=mc2は経験的事実、実験的事実であり、論理的・数理的に導出できるものだとは全く思っていなかったからだ。あの日の感動の記憶はいまだに生々しく残っている。
ところが、「感動の記憶」は生々しいものの、山本先生がどうやって公式を導出したか、その方法は正確に思い出すことができなかった。物体に何かが吸収される、という図はうっすら思い出すものの、それからどうするのかどうしても思い出せなかった。
その後、大学の物理の講義でも特殊相対論を教わった記憶がなかった。それで、いくつも相対論の本を読んだが、どの本でも山本先生が教えてくれたような単純明快な方法で公式を導出しているものはなかった。アインシュタインの原論文と同じく、たいてい、ルートのテーラー展開を使って導出していた。それで、「あの講義は、何か、夢でもみてたのかな」と半ば諦めの気分に陥ったのであった。
そんな中、親友の物理学者・加藤岳生くんから、別件の議論をしている最中に、「小島さんは山本先生の参考書を読んだらいいんじゃないか」というアドバイスをもらった。それで初めて、山本義隆『新・物理入門』駿台文庫の存在を知った。さっそく購入してみて、のけぞることになった。そこに、講義で教わったE=mc2の導出が載っていたからだ。積年の想いを果たすことができた。
『新・物理入門』は、ものすごい名著なので、すべての人に大お勧めではあるが(隠れて物理を勉強する - hiroyukikojimaの日記参照)、ことE=mc2の導出については、ぼくの新著『世界は2乗でできている〜自然にひそむ平方数の不思議』ブルーバックスを読んだほうが(補完的な意味で)良いと思う。ポイントは、「物体に両側から光子が来て同時に吸収される」というモデルで、それを静止系と等速直線運動系で観測するだけのことなのだが、どうしてこの簡単なモデルからE=mc2が出てくるのかは、相対論の二つの原理「相対性の原理」「光速度不変の原理」を十分に理解しないと納得できないと思う。とりわけ、ガリレオ的な運動認識を捨てないとならないが、常識に邪魔されてそれがなかなかできないのだ。ぼくの本ではそれを十分に準備している。読み終わると、きっと幸せな気分になれると思う。
 山本先生の余談で、もう一つ覚えているのは、「なぜ地球は丸いとわかったか」という話だった。(もう、35年くらい前のことだし、曖昧な記憶で書いているので、間違っていても、それは山本先生のせいではなく、ぼくの記憶違いの責任であることをお断りしておく。ひょっとすると、山本先生のネタでない可能性さえある。あしからず)。
 マゼランが世界一周したとき、「地球は丸い」とわかったわけだが、それは「西へ西へ進んでいって出発点に戻った」からではない、と先生は言った。「地球が平面であっても、磁石が一点を指すなら、西に西に行けば、航海は平面上の円を描き、出発点に戻るから」と。「地球が丸い」とわかった理由は、そうではなく、「曜日が一日ずれてしまったからだ」とおっしゃったのだ。航海日誌でそれが判明し、大騒ぎになった。毎日、航海日誌を付けているわけだから、戻ってきたとき、航海日誌と現実の日付が一日分ずれていたときは、驚愕したことだろう(←8月27日に追加した文章)。「キリスト教の社会では、曜日が一つずれると、すべての宗教的な儀式を間違った日にやっていることになり、これは大問題だった」そうなのだ。この史実・エピソードには目からウロコが落ちる思いだった。あまりに衝撃的な話だった。これが、ある有名な小説のメイン・トリックになっていることを知ったのは、ずいぶんあとになってからだった(ネタバレになるので、その小説名は言わないでおく)。
 こんな具合に、ぼくは、毎週毎週、山本先生の講義の中で、「この世界の見つめ方」に開眼させられていた。遠く、現在のぼくのあり方(数理科学者としてのあり方)に影響を与えたと思う。「浪人して得した」、負け惜しみでなく、ほんとに今でも心からそう思っている。
 相対性理論で思い出したが、バンド相対性理論の新譜「Town Age」は、なかなか良いアルバムだ。ここ数日、ヘビロテで聴きまくっている。
TOWN AGE

TOWN AGE

アマゾンのレビューでの評価が、真っ二つになっているので、買うのを躊躇したが、買ってよかった。酷評している人々は、ベーシストとドラマーが脱退して「以前の相対性理論とは違ってしまった」と言っている。確かに、「ラブずっきゅん」とか「地獄先生」のようなアイテムの曲はなくなった。こういう曲は、基本的に、ベーシストだった人が歌詞を書いており、辛辣に言えば、「男の妄想の中だけに存在する女子高生」「アニメの中だけに存在する男に好都合な女子」なのであって、やくしまるさんの本質とは違うのだと思う。確かにそういうアイテムを好きだった人には、今回のアルバムは期待はずれであろう。もちろん、ぼくも、そういう「妄想系」は決して嫌いではない。でも、ぼくは、相対性理論の本質は、やくしまるえつこさんの奇跡の声と音楽コンセプトの天才性にあるのだと思っている。だから、今回の作品は、その天才性により磨きがかかったようで、傑作のアルバムだと思うだ。
 まあ、あれこれ長くなったが、新著『世界は2乗でできている〜自然にひそむ平方数の不思議』ブルーバックスは自信作なので、是非、手にとってみてやってくらはい、それを大いに訴えたい。長くなったにもかかわらず、最後に、いつものように「まえがき」を晒す。
新・物理入門 (駿台受験シリーズ)

新・物理入門 (駿台受験シリーズ)

『世界は2乗でできている』まえがき
ようこそ、2乗の世界へ
同じ数を2回掛けることを「2乗する」といい、とりわけ自然数の2乗(1,4,9,16…)は「平方数」と呼ばれ、古代から特別待遇の数となっている。
みなさんは、この2乗計算が、私たちの住み暮らすこの世界を支配していることをご存じだろうか。そんな2乗にまつわる、とりわけ面白い法則や現象などを集めたテーマパーク「2乗の世界」へ、みなさんをご招待しよう。
 このテーマパーク「2乗の世界」は、二つのランドから成っている。一つは数学ランド、もう一つは物理学ランドだ。この二つは、外から見ると遠く離れているように見えているが、中に入ってみると実は、鏡の壁一枚を通り抜けるだけで簡単に行き来できるのである。 
 数学ランドのほうでは、みなさんに平方数の不思議で遊んでいただこう。平方数は、ピタゴラスの昔から現代まで数学者たちを魅惑し、たくさんのステキな法則が発見されてきた。本書はまず、おなじみのピタゴラスの定理を出発点とする。そして、フィボナッチ数列の中の平方数、ペル方程式、オイラーのゼータ,ガウスの平方剰余と、めくるめく平方数の不思議巡りをしていただく。中でも、 17世紀の数学者フェルマーが見つけた「4平方数定理」は際だって魅惑的である。。それは、「すべての自然数は必ず4個の平方数の和で表せる」という法則だ。この定理は、ただ美しいだけではなく、その後の数学を進化させる原動力になったのがみごとなのである。実際、この定理に秘められた秘密を暴こうとする努力の中で、保型形式やp進数という斬新な数学理論が生み出された。数学ランドでは、その保型形式やp進数の巨大なお城を垣間見ることができるだろう。
物理学のほうにも、「2乗の世界」は広がっている。
この宇宙は、ある意味で、2乗に支配された空間だと言っても過言ではない。物理学ランドは、ガリレオ天文学を出発点とし、ニュートン力学量子力学相対性理論まで遊覧していただく。そこでご覧いただくのは、ガリレオが発見した地上での自由落下の2乗則や、ニュートンが突き止めた、引力が距離の2乗に反比例する万有引力の法則や、ボーアが解明した、水素原子のスペクトルに平方数が現れる理由などである。
 そんな物理学ランドの最終目的地は、アインシュタインのあの有名公式、E=mc2だ。この式は、誰もがご存じだろうがが、「どうして成り立つのか」についてはほとんど理解されていないのではないかと思う。本書の売りの一つは、この公式に最短かつ最楽にたどり着くことだ。そして、それは同時に、アインシュタイン相対性理論が、直角三角形に関するピタゴラスの定理を「時間まで取り込んだ宇宙版」に拡張したものにすぎないと理解することにもつながるのだ。
 数学ランドと物理学ランドは、鏡の壁一枚を通って瞬時に行き来できる、と先ほど書いたが、このことは、現代の数学と物理学の親密な関係を表している。現代においては、数学が物理学から新しい問題を得て進化し、逆に、数学で単独に研究されていた抽象的な概念が、物理現象の中に発見され、物理学に応用されるようになる、といった相互浸透が進んでいる。 本書のテーマパークで、その一端を眺めることができるはずだ。
 それでは、こんなわくわくの「2乗の世界」を、存分にお楽しみください。
 また、各章の最後に「平方数を好きになる問題」というのがついているので、計算して遊んでみてください。