来週、新著『世界は2乗でできている』が刊行されます。

 今日、新著『世界は2乗でできている〜自然にひそむ平方数の不思議』ブルーバックスの見本刷りが届いた。来週の真ん中頃には書店に並ぶ予定だ。新著の見本刷りを手にするこの瞬間が、もの書きにはたまらなく嬉しい。自分の数ヶ月の努力が実体化し、また、本の売れ行きをめぐる一種の「賭博」の幕開けとなるからだ。

詳しくは、あとがきを読んで欲しいが、この本の企画は20年近くも前に立てられたものだった。当時ぼくは、まだ塾の先生をしており、一般書を1〜2冊くらい刊行した程度の、もの書きとしても駆け出しの頃だった。その企画は、さまざまな運命の荒波の中で、宙に浮いた状態になってしまい、ぼくもいったんは刊行を諦めたものだった。それがこういう形で日の目を見ることになるとは感慨深い。今回は詳しくは触れないが、人と人との縁とは本当に異なもの味なものである。
 企画と刊行の間に大幅に時を経たことには、好都合な点もあった。その間に、ぼくの知識水準が、(自分でいうのもなんだが)、かなり高くなったからである。塾の先生と学者とでは、学問に対する視界も、とりまく交友関係もあまりに違う。企画のコンセプトそのものは20年前と同じでも、書くべき内容についての知見は大きく変わった。だぶん、当時に書いたら、中途半端な出来のものになっただろうが、その点、今書けたことはラッキーだった。
 さて、今回はまず、目次を晒そう。

『世界は2乗でできている〜自然に潜む平方数の不思議』目次
第1章 ピタゴラスの定理
第2章 フィボナッチと合同数
第3章 ガリレイと落体運動
第4章 フェルマーと4平方数定理
第5章 ガウス虚数
第6章 オイラーとリーマン
第7章 ピアソンとカイ2乗分布
第8章 ボーアと水素原子内の平方数
第9章 アインシュタインとE=mc2

 眺めればわかると思うが、3つのジャンルが関わっている。数学と物理学と統計学。その3つのジャンルを「平方数」という同一のアイテムで貫くのが本書のコンセプトとなっている
 数学のほうでのアイテムは、フィボナッチ数の中の平方数、フィボナッチが研究した合同数(3辺が有理数の直角三角形で面積が整数となるとき、その整数)、ペル方程式、フェルマーの4平方数定理(すべての自然数は4つの平方数の和で表せる)、フェルマーの2平方数定理(4で割ると1余る素数は2個の平方数の和となる)をガウス虚数と使って解決したこと、ガウスの平方剰余相互の法則、オイラーゼータ関数リーマン予想、といった品揃えである。現在に執筆できたことの利点は、4平方数定理のところで、母関数(テータ関数)との関係や、p進数との関係を紹介できたことだ。これは20年前のぼくでは不可能だった。
 物理学のほうでのアイテムは、ガリレイの落体法則、ガリレイが端緒をつかみコリオリが完成させた運動エネルギー保存則、ケプラーの3法則とニュートン力学、ボーアの前期量子論アインシュタイン特殊相対性理論という面々である。とりわけ、水素原子のスペクトルのバルマー系列に平方数が出現する理由と、アインシュタインの質量エネルギーに光速の2乗が現れる理由を、高度な専門の物理学をできる限り使わずに説明することにチャレンジしている。とりわけ、後者のE=mc2の導出方法は、浪人時代に山本義隆先生の講義(隠れて物理を勉強する - hiroyukikojimaの日記参照)で知った方法で、いまだにその日の感動は薄れてない。20年前に本書の企画を作ったときにやりたかったのは、実は、これらの「物理現象に現れる平方数」の秘密を明らかにすることだったのだ。
もう一つのアイテムである統計学は、まあ、付け足しみたいなものである。確かに統計学には、標準偏差正規分布など、「2乗計算」が目白押しだ。中でも、注目している確率現象が多項分布に適合するかどうかを、カイ2乗分布を使って検定する適合度検定は、2乗計算の面目躍如と言える。これは、カール・ピアソンという統計学者が考案したものであり、その背後には、ロナルド・フィッシャーとの確執など、人間ドラマもあった。20年前の段階と最も違うのは、このような統計学についての解説を入れることができるようになったことだろう。
 本書は、ぼくの現在の知識を総動員した力作だし、非常にユニークな内容なので、是非とも手にとっていただきたい。数理科学の魅力が実感を持って伝わるのではないかと自負している。とりわけ、将来に理系分野を目指す高校生に読んでもらえれば本望である。20年前の塾の先生だったぼくと経済学者兼数学エッセイストである現在のぼくとの間で、その気持ちに関しては一切何も変わっていない。