ドラマ「ハードナッツ」がめっちゃ面白い

 7月は、大学教員にとっては悪魔の月で、忙しすぎてブログをエントリーする余裕がない。
でも、何か書こう、ということで、最近はまっているNHKのドラマ「ハードナッツ〜数学girlの恋する事件簿〜」を紹介しようと思う。
このドラマは、現在、火曜日22時にNHK総合で放送されている。数学科に所属する女子大生が、数学の能力を使って難事件を解決していく、というストーリー。
このドラマに登場する、数学知識はなかなかのものだと思う。例えば、第1回には、ゲーデル・ナンバリングを使った暗号とか、カオスの話とかが出てくる。第3回には、ピタゴラスを音楽の祖として扱いながら、フーリエ解析なんかにも触れている。第4回は、数理文献学、というマニアックなネタ。そして、第5回には、ワインの出来映えを予測する回帰分析が登場する。数学を社会の中のテクノロジーと絡めてシナリオ化しているので、多くの人に受け入れやすいと思う。
その第5回に登場した「アッシェンフェルターのワイン方程式」は、ぼくにとっては初耳だった。それは、
(ワインの質)=12.465+0.00117×(冬の降雨量)+0.0614×(育成期平均気温)−0.00386×(収穫期降雨量)
というもので、いわゆる典型的な重回帰式である。なるほど、回帰分析の非常に面白い応用法だと思う。統計学の講義にはもってこいのネタなんじゃなかろうか。
でも、このドラマがめっちゃ面白いのは、数学少女を主演する橋本愛の演技だ。
彼女は、缶コーヒーBOSSのCMで、謎のクールな美少女・女子高生を演じているし、NHKの朝ドラマ「あまちゃん」で、能年玲奈の親友で、運に見放された東北の少女を好演したことで記憶に新しい。でも、この「ハードナッツ〜数学girlの恋する事件簿〜」での主役・難波くるみは、それらとは180度異なるキャラクターなのだ。しかも、そのキャラが、数学ファンのぼくにはめっちゃウケルのである。難波くるみは、数学にぞっこんのオタクで、でも、一応、人間の男(刑事)に恋をしている、という設定。めちゃくちゃ美少女なのに、気味の悪いしゃべり方と笑い方をするのが、またツボなのである。こう観ると、橋本愛の女優としての演技力は、相当なものなのではないか、と思え、今後が楽しみになる。
 実は、この難波くるみのキャラにグッと来るのには、理由がある。それは、ぼくが昔、塾で教えた女子で、その後数学者になった子のことをなんとなく思い出すからである。彼女は、数学オタクで、しかも、(ちゃんと磨けば)美少女だった。彼女のことを、拙著『数学でつまずくのはなぜか』講談社現代新書のあとがきに書いたので、それを引用してみることにする。

数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)

数学でつまずくのはなぜか (講談社現代新書)

この新書は、つい最近増刷になり、これで七刷りである。決して、易しい本ではないんだけど、多くの読者の手に渡っているのはとても嬉しいことだ。それでは、あとがきの一部を。

少年Bと少女Cは、後に数学者になった教え子である。だが、二人は全くそのプロセスを異にしていた。
 少年Bのほうは、当初から数学が得意で、その才能を開花させていた。それに対して、少女Cのほうは、中2でぼくの生徒となったときは、数学が得意だったわけではなかった。むしろ、根本的なところでつっかえていて、成績のぱっとしない子だった。たぶん、学校での「暗記的」な数学の授業が釈然としなかったのに違いない。ぼくが教えるうちに、みるみる数学ができるようになり、中3になった頃には、最上位クラスで少年Bと席を並べるようになった。
 そこで彼女を一年間教えるうち、彼女が数学になみなみならぬ関心を持ちつつあることを感じた。また、少年Bのほうはといえば、将来数学者になりたい、という決意をすでに固めているようにうかがえ、すでにぼくなどとてもかなわない才能を開花させつつあった。
 それでぼくは、彼らを教える最後の講義で、3時間をまるまるつぶして、現代数学の講義を行った。たった二人だけへ向けたプレゼントの講義だった。それは(本書の第5章で解説した)カントールの無限集合論である。クラスの他の生徒には、はなはだ迷惑だったに違いない。この講義は、ぼくにとって塾講師時代で最も思い出に残る講義となった。
 少年Bは、高校生になってもトップを維持し、難なく東大に合格した。少女Cはというと、無謀だといわれていた東大受験においてガッツで成功を勝ち取った。彼女は、合格祝賀会で卒業生の代表となり、その壇上で、「小島先生からカントールについての講義を受けて、数学に目覚めた」と堂々と語った。ぼくはそれを聞いて思わず涙をこぼしてしまった。
 その後彼女は数学科に進学し、「恋人は数学です」と豪語するようになり、大学院ではアメリカに留学、現在はその地で数学者の職を得ていると聞く。少年Bの方も、東大で学部から院に飛び級という離れ業を実現し、あっという間に学位を取ったらしい。

彼女は、彼女が大学に入学後、二回目撃した。一回は、駒場東大前を歩いていたとき、サンダルをつっかけて大学に戻るところの彼女にばったりでくわした。もう一回は、ぼくが経済学部の大学院に所属しているとき、本郷の構内を歩いていて、自転車にまたがった彼女に声を掛けられた。事情を説明すると、「せんせ〜も、また、勉強がしたくなったんだね。わたしも、数学、がんばってるよ」と励まされたのが、師弟関係逆転でこそばゆかった。
拙著『数学でつまずくのはなぜか』講談社現代新書のあとがきには、あと二人、別の生徒の思い出を紹介してあるので、気になるかたは手にとってみてほしい。
 最後に、音楽のことも書いておこうかな、ということで。
今月は、バンド・Four Get Me A Notsのライブに初めて行った。下北沢シェルターだ。シェルターに行ったのは、十数年ぶりだと思う。「こんなに狭かったっけ?」という感慨を持った。
Four Get Me A Notsの演奏は、前半は退屈だった。といっても、別に、演奏が下手とかいうわけではない。ぼくは、このバンドの曲は、ギター・ボーカルの高橋智恵さんの歌っている曲だけをipodに編集して聴いているため、男子がボーカルをとっている曲には馴染みがないのだ。だから、男子がボーカルをとった前半は、退屈してしまったってわけ。後半は、智恵ちゃんがボーカルをとったので、これにはノリノリになった。智恵ちゃんの声は、ほんとうに天性のかわいらしさだと思う。彼女のギターも、まあ、多少ラフでいいかげんなところもあるけど、リスナーの心に響くフレージングとグルーブをするので好きだ。このバンドは、もっともっと売れていいと思う。門外漢ながら言うと、売れるためには、歌詞を日本語にすることと、すべての曲を智恵ちゃんに歌わせるのがいいのではないか、と思う。まあ、ぼくの智恵ちゃんびいきが出過ぎちゃってるとは思うけど。