新井紀子さんと、東ロボくんのことで、対談しますた

 数理論理学者の新井紀子さんと、雑誌『現代思想』2015年12月号(青土社)で対談した。
タイトルは、「東ロボくんから見えてきた、社会と人類の未来」。

現代思想 2015年12月号 特集=人工知能 -ポスト・シンギュラリティ-

現代思想 2015年12月号 特集=人工知能 -ポスト・シンギュラリティ-

東ロボくんとは、情報研究所の「ロボットは東大に入れるか」というチャレンジな企画のこと。言い換えると、「アンドロイドは東大入学の夢を見るか」っつうことだね(いやあ、寒いジョークだ。笑)。これは、情報研究所が、東大入試を突破するAI(人工知能)を開発するプロジェクトというわけだ。
この企画はインパクトが大きいらしく、とたんにマスコミの注目を浴びることになり、新井さんは一躍、時代の寵児になってしまった。もちろん、数学ライターとして前から売れっ子だったけど、これほどのブレイクをするとは予想してなかった。『現代思想』の編集者さんに「人工知能の企画で、新井さんに登場してもらったら」と提案したときは、八割がた冗談だった。忙しいのは目に見えているから引き受けてくれるとは露とも思ってもいなかった。でも、予想は嬉しい形で裏切られ、新井さんが承諾してくれた。新井さんとは、以前に一度、とある編集者を通じてお会いしたことがあり、その知己関係が功を奏したようだ。この社会で最も重要なのは、コネクションだと思い知った次第。
新井さんが話してくれた東ロボくんのことは、とんでもなく面白かった。ぼくが、数学に通じていることから、新井さんは普通のマスコミに話すよりもかなり踏み込んだ解説をしてくださったのだ(これは推測ではなく、新井さんが実際、そう仰った)。
とても重要なことは、東ロボくんの受験戦略は、科目によって抜本的に異なっている、ということ。対談の中で出てくるのは、世界史、国語、数学、物理、生物だけど、それぞれについて東ロボくんの対処と成果は全く異なっている。これらは、受験というものの特徴を再認識するのにも役立つし、学問の特徴を掌握するにも役立つし、人工知能とは何かということに接近することにも役立つ。
すべてをここで明かしてしまうと、『現代思想』の営業妨害になってしまうので、一つだけを明かすことにしよう。どれでもいいけど、「国語」にしようか。
東ロボくんは、国語の文章を本当の意味では「理解する」ことができない。まあ、そうだろうね。で、どうしているか、というと、設問の傍線部の文章を文字に分解して、「あ」がいくつ、「い」がいくつ、・・・と数える。たぶん、52次元のベクトルができるんだろう。そして、設問の選択肢についても同じことをする。その上で、その52次元のベクトルの、ある種の「距離」を計算する。そして、できるだけ「距離」の近いベクトルを持つ選択肢を解答とするのである。
新井さんは、どうしてこれで正解できるのかはよくわからない、と述べていた。単なる偶然かもしれない、と。その上で、「理解」とはそういうものかもしれない、とも言っている。確かに、国語の問題が「なぜ解けるのか」というのは、すごい謎なような気もしてきた。文章を理解する、とは、いったい何を理解することなんだろう、とわからなくなってしまった。
東ロボくんが、数学の問題を解く方法は、国語とは根本的に、というか、あまりに異なっている。それは本誌で読んでいただきたい。
さらには、東ロボくんが非常に苦手なのが、「理科」だとのこと。これはすごく意外なことだった。その理由について、「物理」と「生物」に関して、新井さんが説明している。そこがめちゃめちゃ面白い。書いてしまいたい誘惑にかられるが、それも本誌で読んでいただきたい。
人工知能の研究が、当然のこととは言え、「理解する」とはどういうことか、ということの研究にもなっているのが実に興味深い。人工知能は、逆に、「人間とは何か」を教えてくれることになる。これは、まさに、SF作家のP.K.ディックのテーマとしたことに他ならない。
さて、これほどまでに、新井さんとの人工知能についての対談を書いてきたのは、下心があるからだ。それは、ぼくの新著『完全独習 ベイズ統計学入門』ダイヤモンド社をしつこく推すためである。新井さんによれば、「東ロボくんが国語の問題を解く」のは、「類似性の発見」に他ならないそうだ。これを新井さんは、「統計的推論」と呼んでいる。それを聞いて、まさにベイズ統計学における「ベイズ推定」というのは「類似性の発見」に他ならないな、という再発見ができた。このことは、ダイヤモンド社の書籍オンラインというWEBページ(あのマイクロソフトも注目! 人工知能などの最先端技術に欠かせないベイズ統計学 | 完全独習ベイズ統計学入門 | ダイヤモンド・オンライン)に書いたので、そちらで読んでほしい。
 とにかく、東ロボくんプロジェクトは、「受験問題」「認知」「人工知能」のクロスオーバーした、とてもエキサイティングな研究だということは疑いない。キャッチーでありながら、とても深い研究テーマに思える。その上で、このテーマは、「近未来の雇用問題」に対して、重要な問題提起をしている。対談の最後のほうでは、このことについて、白熱した討論が繰り広げられ、ぼくもプロの経済学者として、歯に衣着せぬ議論を展開した。そこのところも、是非、本誌で読んでみてほしい。
完全独習 ベイズ統計学入門

完全独習 ベイズ統計学入門