高木貞治の数学書がいまさら面白い

 昨日、『天気の子』を観てきた。渋谷で夕方に観たんだけど、満員だった。客は若い子たちが大部分だという印象だった。

 『君の名は。』も大好きだったが、『天気の子』も同じくらい好きな作品だった。とにかく作画がすばらしい。これがアニメか、と思えるくらいの美しさだ。あと、今回の作品は、いろいろなアニメやSF映画へのオマージュというか、トリビュートというか、そういうシーンがたくさんあって楽しかった。RADの曲も相変わらず素晴らしい。ネタばれにならないよう、感想はこのくらいに留めておこう。

 さて、今回は高木貞治『初等整数論講義』共立出版を紹介する。これは昭和6年、つまり、1931年初版のふる~い本である。めちゃくちゃ古典なんだけど、いま、なんだかすごく新鮮な気分で読んでいる。

 高木貞治と言えば、『解析概論』岩波書店が有名だろう。年配の理系出身者たちは一度はトライしたのではないかと思う。さすがに今はあまり手にしないかもしれないが、ぼくらが大学生の頃は全員が持っていたように思う。

 高木貞治の本には、ある種の癖があり、合わない人には合わないだろう。合う人は大好きかもしれない。かなり厳密に理論展開するので、わかりにくいといえばわかりにくいし、読みにくいと言えば読みにくい。ぼくも、そんなには読みこんだことはなく、他の教科書をメインテキストにして、これは参考程度というか辞典替わりに使っていた記憶がある。

 高木貞治の著作についてぼくは、『解析概論』『代数学講義』『初等整数論講義』『代数的整数論』が4部作だと思っている。全部20代で買って持っている。いま、その中から、偶然、『初等整数論講義』を読んでいるのだ。

 なんで今頃読んでいるのかというと、このブログで何度も書いたように、素数についての本を準備しているからだ。とある最近の整数論の本で二次体の数論(ルート数の世界を使って素数の性質を分析する分野)を読んでて、ふと高木貞治はこれをどういう風に理論展開してたっけ、と気になったからだ。

 で、読んでみたら、『初等整数論講義』がなんだかとっても面白いのだ。若いころに読んだときは、全く面白いと思わなかったのに、なぜだか今は、わくわくしながら読んでいるから、めっちゃ不思議だ。

 何が面白いって、中学生で習う2次方程式とかルート数を題材にしながら、非常に興味深い性質の分析が展開されているのだ。「ルート数の連分数が循環する」とか、「どんなルート数が同じ判別式を持つか」とか、「連分数とペル方程式とのつながり」とか。しかも、それらがモジュラー変換という有名な変換で統一的に分析できるところがすごい。モジュラー変換というのは、行列式が±1になる整数成分の行列による変換のことで、ルート数に用いる場合は分数変換として使う。このモジュラー変換は、現代でも保型形式を理解する重要なアイテムともなっている。(詳しくは、

『楕円曲線と保型形式のおいしいところ』のおいしいところ - hiroyukikojima’s blog

のエントリーを参照のこと)。モジュラー変換って、こんなに古くから研究され、こんなにいろんなところに顔を出すのか、とめっちゃ驚き、感動した。

 実は、この『初等整数論講義』は思い出深い本だ。これを買ったのは、忘れもしない19歳のときだった。一浪のあと、なんとか東大に合格し、親戚から合格祝いでもらったお金で買った本だった。合格したら買おうと心に誓って、ある意味、願を掛けて、買わないでいた本だった。憧れの本だった。

 中学生のときフェルマーの大定理から数学の虜になったぼくは、当時には最大の攻略の武器と思われていた代数的整数論を勉強したいと思っていた。だから、この本を読みたかったのだ。でも、大学入学後も、数学科進学後も、そして大学卒業後も、まともに読まなかった。そして、不思議なことに、購入から40年以上もたった今、むさぼるように読んでいるのだ。人生とは異なもの。いろいろなことが起きる。遠くにあったものが、再びめぐりめぐってくる。

 ちなみに、『代数的整数論のほうは、半分ぐらいまでを相当真面目に読んだ。数学科在籍当時、3年生にはグループを作って自主的に輪読をする演習科目があった。担当の先生は最後に審査をするだけで、基本的に学生だけで勉強をするのだ。十冊程度の候補の本から選択するのだけど、その中の一冊だった。ぼくらは3人のグループで週一回集まってこの本を読んだ。非常に難しくて、読解に苦労した。

 最後の教員の審査は、普通は口頭試問なんだけど、我々はペーパーテストを課された。先生が言うには、2年ほど前にこの本を輪読した先輩たちが、本に赤線をいっぱい引いていながら、本を閉じてみると束なったページが非常にきれいで、手垢がついておらず、全く読んだ形跡がなかった。つまり、ぜんぜん輪読なんてしてなかったのだ。そういう事件が発覚したので、ペーパーテストをするようになった、と先生は仰った。全く迷惑な話だった。我々の本は、ちゃんと輪読していたので、手垢で汚れていたというのにだ。

 『代数的整数論は今読んでもさして面白くない気がしている。それならもっと現代的な数論の教科書を読んだほうがきっといいだろう。でも、『初等整数論講義』は話が別だ。なぜなら、高木貞治が、余裕の中で、一種のエンターティメントを込めながら書いているように思えるからだ。というか、そういうことに、やっと今頃になって気がついた次第なのだ。

 ちなみに、『代数的整数論は高木類体論の本で、要するに「ガロア理論の数論」だと言ってもいい。なので、この本を読むなら、先に拙著『完全版 天才ガロアの発想力』技術評論社を読んでおくと良いだろう。この本が当時あって、せめてこれを読んでからチャレンジしていたら、高木『代数的整数論』をもうちょっと理解できたかもしれない。(タイムスリップして、当時のぼくに拙著を渡すか。笑)