今回のミクロ経済学の教科書はどこが「斬新」なのか!

やっと、書店に新著『世界一わかりやすいミクロ経済学入門』講談社が並んだ。前回のエントリー、

ミクロ経済学の教科書を書きました! - hiroyukikojima’s blog

では、序文をさらしたので、今回はこの教科書に導入した工夫と込めた思いについてエントリーしようと思う。

まず、項目の工夫だ。

 前回にも書いた通り、ぼくは従来のミクロ経済学の教科書の教え方を良いと思っていない。ミクロ経済学の「教義」みたいなものをミクロ経済学の「信者」が語っているにすぎないからだ。信心のある人にはいいけど、そうじゃない人にはちんぷんかんぷんだし、嫌悪感が出ると思う。学習者は心の中に「なんでそれが重要なの?」という困惑を浮かべるものの、「きっと先生が教えてるんだから、大事なことなんだろう」と自分を説得して、「暗記」に走っているのに違いない。かわいそうに。

 ぼくは年を取ってからミクロ経済学を学んだせいか、従来の教科書の項目にはピンとこないものが多い。「教義」を覚えて「徳」を積んで「階級」を上げていこう、という人(大学院生とか学者予備軍)にはいいと思うけど、社会で生きていく基礎的教養とか実践的知識としては無駄・無意味のように思える。

 でも、全部が全部、無駄・無意味ということではない。かなり有効な知識もあるのだ。だから、それだけを取り上げて、なんとか上手に構成したいと思った。そういう考えから作ったのが、次の目次だ。

第1講 需要曲線と供給曲線
第2講 野菜の需要曲線と価格弾力性
第3講 オークションはどんな仕組みになっているか
第4講 売った人の得、買った人の得~余剰の考え方
第5講 人は心の中に「好み」を備えている
第6講 直接交渉をシミュレートする
第7講 手番のあるゲームの戦略
第8講 戦略としての価格付け
第9講 企業はなぜ倒産するまで値下げ競争するのか
第10講 ナッシュ均衡はいろいろな事例を説明できる

 第1講2講は、「需要曲線と供給曲線の交点が均衡」という定番の内容だけど、2講で「ナスの需要曲線」を実際のデータから描く方法を解説してるのは、他と一線を画す(林敏彦先生の教科書から学んだ)。その上で、こういうことは他のほとんどの商品では不可能な理由も説明してる。これは、すごく大事なことなのに、たいていの教科書には書いてない。あとは、いろいろな財・サービスが高かったり安かったりする理由をもちろん需要・供給から説明するんだけど、その際に「価格弾力性一定」の曲線を利用してる。こうすることで、限界原理(要するに微分)を避けたのだ。

次に第3講・4講では、「オークション」を題材に商取引のシミュレートをしてる。オークションは、「需要曲線と供給曲線が浮かびあがる」「均衡を強制的に作り出す」という二つの意味で均衡理論の実践だ(もちろん、実践の歴史は理論よりずっと古いけど)。だから、抽象的な均衡理論よりも直接的に学生さんのイメージに訴えかけられると思う。とりわけ、「消費者余剰」「生産者余剰」を実感するのに適しており、それらの図解もわかりやすく与えることができるこの2講が本書の最もウリだと自慢したい。

第5講・6講は、普通の教科書では消費者理論にあたるところだけど、無差別曲線とか効用関数とかを潔くやめたところが工夫だ。そんなん、大学院に行く学生にしか何の意味ももたない、ただの「教義」、ただの「経典」だと思う。それで代わりに「選好」を導入した。「選好」は一般には中級の教科書に出てくるアイテムだけど、ぼくは「選好」のほうが効用関数よりずっとわかりやすいと思う。その上、「選好」を基礎にするなら、最適化の考え方も簡単に説明できるし、何より、消費者理論以外のミクロ経済学的なアプローチ(例えば、投票とか異時点間代替とか)などにも準備に時間をかけずに進むことができる。この2講も、この教科書の工夫をこらしたところなのだ。

さて、残るは企業理論なんだけど、ここは悩みに悩んだ末、ゲーム理論にすべてを委ねることにした。企業理論は、通常の教科書では最もつまらないところだ。短期と長期がどうしただとか、平均費用と限界費用がどうしただとか退屈このうえない。そこで、もう、こういう退屈な内容はざっぱりやめて、企業の行動をすべてバトルと捉え、ゲーム理論に任せることにした。そのほうが、リアルでビビッドな形で企業の振舞いを学習者に伝えられると思ったからだ。まあ、ここの部分はいろいろなゲーム理論の書籍からぱくった(もとい、引用した)ので、そんなに斬新とは言えないんだけど(笑い)。

 もうひとつ自慢したいのは、練習問題だ。これは良い問題、というわけではなく、学習者の趣味にへつらうようなものである。興味を持ってもらうために、できるだけ卑近な例、いまふうな話題を問題設定とした。例えば、次のようなアイドル方面のもの。

[第2講の練習問題]

グラフは、ある女子アイドルユニット所属のアイドルの需要曲線と供給曲線である。横軸のpは、企業(芸能事務所)に対しては、アイドル1人が稼ぎ出す(平均の)売上げ(CD・ライブ・握手会など)であり、消費者(アイドルファン)に対しては、アイドル1人のために使う総金額である。縦軸のqは、企業(芸能事務所)に対しては、デビューさせるアイドルの人数であり、消費者(アイドルファン)に対しては、推しメンとして支えるアイドルの総人数である。

(以下、略)

あるいは、アニオタ方面の問題だとこういうの。

[第6講の練習問題]

Aさんは最初に、初音ミクの自作フィギャーを10体保有している。Bさんは最初に、自作ガンプラを6体保有している。(x, y)という座標はxがフィギャーの体数、yがガンプラの体数を表すものとする。

Aさんの選好順位は次にようになっている→(略)

Bさんの選好順位は次にようになっている→(略)

この2人が、フリーマーケットで出会い、物々交換の交渉をした状況を考えて、以下のカッコを適切に埋めよ。

(以下、略)

こうしてさらしてみると、自分のバカっぷりが露見して恥ずかしいが、この程度のことでも学生が興味を持って食いついてくれるのは、確認済みである。ぼくの思いは、とにかく、無味乾燥なミクロ経済学の講義をわかりやすく、楽しいものにしたい、ということなのだ。