新著『21世紀の新しい数学』が刊行されました!

 黒川信重先生との共著『21世紀の新しい数学』技術評論社が、そろそろ書店に並び始めた頃なので、満を持して宣伝をすることにしよう。これは、サブタイトル「絶対数学リーマン予想、そしてこれからの数学」からわかるように、リーマン予想、そして、それを攻略するべく考案されたF1理論の現在状況を解説した本だ。

内容は三部構成から成っている。
本体部分は、ぼくと黒川先生との対談で、ぼくが黒川先生からリーマン予想abc予想やF1理論についてあれやこれや、聞き出している。
それに、二つの付録がついてる。
第一の付録は、各章末や章の途中に、ぼくが書いた「図解で磨こう!数学センス」というやつ。これは、リーマン予想を理解するのに必要なさまざまな数学アイテムをできるだけ図解だけで(つまり、解説文や証明文を使わずに)解説したもの。こういう試みは、他にあまりないと思うので、けっこう野心的な試みになったと思う。とりわけ、「ホモロジーコホモロジー」という図解は、チャレンジングな仕事になったな、と自負している。
第二の付録は、黒川先生による「空間と環」という本格派の数学解説。これは、20世紀の数学の中心となった代数系である「環(かん)」について、総合的に解説したもの(環とは、加減乗ができる代数系)。とりわけ、最後に環とイデアルを利用して構築した超準モデルが圧巻だ。超準モデルとは、「無限小の数」と「無限大の数」を実数に添加して膨らませた空間で、これを使うと解析学を極限概念なしに展開することができる。これが環を極大イデアルで割った剰余体(体とは、四則演算ができる代数系)から作れることは、あまり知られていないので、専門家でさえびっくりするのではないか、と思う。(残念ながら、数学の訓練を受けたことのある人にしか読解できないかもしれないが)。
 まあ、全体の構成はこんな感じなんだけど、この本の真の売りは別の部分にあるように思う。それは、「普通の教科書や専門書や啓蒙書を読んでるだけでは知り得ないことを知ることができる」ということ。
 例えば、望月新一さんが今回、解決を宣言したabc予想(まだ、専門家の査読の段階)について、望月さんがこれまでどんなプロセスを経て、何を標的にこの証明を攻略してきたのかが語られる。攻略の道具となったタイヒミュラー理論とはどんなもので、望月さんがそれをどう見ているか。それは黒川先生の目にはどう映っているか。何より、望月さんとは、どんなタイプの数学者なのか。こんな話は、普通の数学書では読むことができない。(実は、ぼくがふと口にしたある定理が、望月さん本人が自分の理論の喩えに使っているものだと知って、あまりの奇遇にのけぞってしまったのだ。それについては読んでのお楽しみ)。
 あと、ポアンカレ予想を解決したペレルマンも、今回の望月さんも、査読前の論文をインターネットにアップしたわけだけど、そういう潮流は今後の数学にどんな影響を与えていくのか、とか。フィールズ賞は、本当に、適切な数学者に授与されているのか、本当はどんな数学者がもらうべきか、など。
 こういうのは、いわゆる「よもや話」なんだけど、よもや話ほど興味深く、好奇心をくすぐる話はないんじゃないかな、と思う。そういう意味では、なんつったって一番のよもや話は、黒川先生が映画『容疑者Xの献身』を監修された際の話だと思う。これも読んでのお楽しみだが。ぼく自身は、こういうよもや話を聞くと、この殺風景な現実を生きていくバイタリティが出てくるのだね(ちょっと大げさか)。
 うなわけで、いつものように今回も、まえがきをさらすことにしよう。

『21世紀の新しい数学』まえがき
  
                   楽しい数学「耳学問」をあなたに
   
 本書は、話題の未解決問題・リーマン予想と、つい最近、望月新一教授によって解決されたかも、と評判のabc予想を中心に、21世紀の新しい数学を展望する本です。
まず、ぼくと数学者・黒川信重先生との対談がメインです。対談の内容は、映画『容疑者Xの献身』のような柔らかい話題から、数学の最新のトピックスまで多岐にわたります。この対談は、とりあえず、ざーっと読み進むことをお勧めします。数学の専門用語が乱発されますが、細かいことはあまり気にせず、雰囲気で読んでしまってください。イメージとしては、フレンチレストランで、ソムリエからワインの説明を受けていることを思い浮かべていただけばいいです。ソムリエは、「このワインは、どこどこ地方の、なんとかいう品種のブドウを、どうとかいう製法で発酵させ、創り手はなんとかいう人で、土壌はどうのこうの・・・」と非常に熱心に解説してくれますが、多くの客はその説明をすべて理解できるわけではないし、覚えることもままならないです。でも、そういう説明を受けるのは苦痛どころか、むしろワクワクすることではないでしょうか。断片的にわかることから、そのワインに込められている創り手の想いみたいなものが伝わり、これから味わうワインに親しみが湧いてくるでしょう。本書の対談も、そういうソムリエのウンチクふうに楽しんでいただければと思うのです。 
 ぼく自身の経験で言えば、数学でも物理でも、専門家たちが飲み会でする「よもや話」に参加しているときが最も幸せです。彼らは口が軽くなって、シラフなら決して言わないような、大胆な解釈や夢や批判を口にします。そういうのを聴いていると、専門用語の意味はわからないものの、数学や物理の世界の「現在と未来」が浮かび上がり、ワクワクしてしまいます。こういうのを世の中では「耳学問」と呼びます。耳学問こそが真に豊かな時間なのです。本書の対談は、(シラフで話していますが、笑い)、そんな耳学問の楽しさをプレゼントします。
 次に、いくつかの重要な数学概念については、ぼくが「図解」としてお見せする試みをしました。これまで何冊読んでも理解に及ばなかった読者が、「なんだ、そーゆーことか」と膝を叩いてくださることを期待しています。
 さらに、多少数学に心得のある読者は、付録の黒川先生によるレクチャー「空間と環」をお読みください。これは、整数から超準解析までを「環」の理論で貫き、「環から空間を構成する」という、とても斬新な内容です。超準解析とは、無限大や無限小を実在の数として捉え、関数の連続性や微分積分を極限概念なしに展開する理論で、これが「環」と深く関わることは、専門家にさえあまり知られていない事実ではないか、と思われます。
 それでは、21世紀の新しい数学世界の旅をゆっくりご堪能ください。
                     本書のナビゲーター・小島寛之