弱いゴールドバッハ予想が解決されていたらしい

 素数の本を出した。『世界は素数でできている』角川新書という本だ。その本の販促は、前回(素数についての本が刊行されました! - hiroyukikojimaの日記)と前々回(もうすぐ、素数についての本が刊行されます! - hiroyukikojimaの日記)に行った。今回も、基本的には販促活動なのだけど(しつこい、って怒らんといて)、読者に新しい情報を提供しよう。
 素数に関する予想で有名なものの一つに「ゴールドバッハ予想」というのがある。それは「4以上のすべての偶数は、素数2個の和である」という予想だ。これは、実は、ゴールドバッハが予想したものではない。ゴールドバッハは、「6以上のすべての整数は、3個の素数の和である」と予想して、それを1742年にオイラーに送った。オイラーは、返事に、これと同値な予想「4以上のすべての偶数は、素数2個の和である」を返したので、本当はオイラー予想と呼ばれるべきなのだ(どうして同値かは簡単なエクササイズだけど、示せない人は拙著を読んでね)。
 それはともかく、ゴールドバッハ予想自体は、いまだに未解決である。そして、ここに「弱いゴールドバッハ予想」というのがある。それは、「7以上のすべての奇数は3個の素数の和である」という予想だ。なぜ「弱い」と命名されているか、というと、「ゴールドバッハ予想」から「弱いゴールドバッハ予想」は導かれるからである。つまり、「ゴールドバッハ予想」が解決されれば、「弱いゴールドバッハ」はおまけとして(系として)解決されることとなるからだ。このことの証明もとても初等的である(できない場合、拙著を読もう・・・笑)。
 さて、「弱いゴールドバッハ予想」に関して、拙著にはこう記述した。

弱いゴールドバッハ予想については、数学者ヴィノグラードフが1937年に、「十分大きい奇数は3個の奇素数の和である」ことを証明しました。さらに、1956年にボロシチンという人が、「十分大きい」を「3の(3の15乗)乗より大きい」と具体化することに成功しました。したがって、あとは、「3の(3の15乗)乗」以下の奇数について確認するだけなので、弱いゴールドバッハ予想のほうは本質的には解決していると考えられます。

これ自体は間違ってないのだけれど、拙著を献本した黒川信重先生から、「本質的には」という表現が不要になった、ということを教えていただいた(ありがとうございました!)。すなわち、「弱いゴールドバッハ予想」は、どうも完全解決したらしいのである
 その論文は、まだ査読は済んでいないようだけど、英語版のwikipediaから論文にリンクがはられているので、欲しい人はダウンロードできる。ぼくもそこからダウンロードした。
 解決論文を書いたのは、Helfgottという数学者だ。解決は、次の二つによって完成されている。第一は、10の27乗以上の奇数については、予想が正しいことを証明すること(こっちが重要な帰結である)。つまり、ヴィノグラードフとボロシチンの結果の改良である。第二は、8.875×(10の30乗)以下の奇数については、Helfgottともう一人Plattとで、コンピューター計算で確認済みであること。この二つによって、(論文が本当に正しいなら)、予想が完全解決されたことになる。
 では、第一のアプローチでは、いったいどういう方法論を使ったのか。
Helfgottは、フォン・マンゴルト関数Λ(n)を使っている。フォン・マンゴルト関数とは、素数を分析する上で非常に本質的な関数で、拙著『世界は素数でできている』にも何度も出て来る。拙著では、「x以下の素数の個数は、x÷log xで近似できる」という素数定理を、「チェビシェフ第2関数」を使って証明する概要を書いた。そのチェビシェフ第2関数も、フォン・マンゴルト関数で作られるのである。
フォン・マンゴルト関数とは、nが素数pのべき乗のときは、Λ(n)=log pを返し、そうでないときはΛ(n)=0を返す関数だ。Helfgottは、与えられた奇数Nに対し、足してNになる3整数x, y, zの全組み合わせに対して、Λ(x)Λ(y)Λ(z)を加え合わせた総和を評価する。実数の集合を整数の集合で割った商集合を台として、その総和を積分表現する。商集合は、0以上1以下の区間の始点と終点をつないで円のようにしたものなので、Circle Method(円理論)と呼んでいる。この円を二つの弧にわける。「大きな篩」という「篩法」を用いて、積分を評価し、第一の弧での積分値が正であることと、第二の弧でのそれも正であることと両方を示す。Λ(x)Λ(y)Λ(z)の総和が正であること示せれば、Nが「素数のべき乗」3つの和で表されることは明らかだが、たぶん、うまく評価すれば、その中に素数3個の和があることが示せるのだろう。
 しかし、本論の計算はすさまじくて、とても、片手間に追うことができない。だれか、「ざっくりした本質」の解説をしてくれないかなあ、と待望する。
さて、ダメ推しで申し訳ないが、フォン・マンゴルト関数(から作るチェビシェフ第2関数)の使い方のあれこれは、拙著

に、かなり簡明に解説してあるので、是非とも、この本で身近なものとして欲しいぞ。
これだけだと、息苦しいエントリーになってしまうので、少しだけ近況をば。
ここ数ヶ月は、ずっとアニメ「物語シリーズ」を観ておった。そして、つい先日に放映された「終わり物語」も含め、全部を見終えた。いやあ、面白かった(ときどきつまらんのもあったが)。とにかく、全キャラがよく描けている。キャラ萌えをしたのは(この年になって)初めてのことだ。始まった「打ち上げ花火」も非常に楽しみである。岩井俊二さんの元作品も観たしね(あの作品の奧菜恵が神そのもの)。なるべく早いうちに観に行くつもり。
それと、音楽では相変わらず、Aimerにはまり続けている。ベスト盤「blanc」Noirも、今までの全アルバムを持っているのに購入してもうた。しかし、損はしなかった。おまけ曲が4曲入ってるのだけど、それが全部すばらしいからだ。普通のミュージシャンは、最初に先鋭的な曲を作って、売れるにしたがって聴きやすいポップな(大衆受け狙いの)曲に変わっていく。でも、Aimerは、その逆を行っているように見える。デビューの頃は、(いい曲だけど)比較的聴きやすい曲を歌ってて、でもアルバムを経るごとにだんだん先鋭的な曲になってきてるように思う。いいぞいいぞ。
Aimerのライブをどうしても観たくて、応募したけど、第一抽選にも第二次抽選にもはずれた。でも、やけっぱちで、一般売り出しの日に電話でトライしたら、なんと、手には入ってしまった(最後列の立ち見だけどね)。あと、10日で、彼女の歌が生で聴ける。めっちゃ楽しみであ〜る。翌日に、茨城県の数学の先生方への講演があって、ライブ後にとことん飲めないのが残念だが。