パワフルで不思議なテータ関数

また、ひと月ほど間が空いてしまった。最近では、いまどき音楽好きおじさんの例に漏れず、夜好性のミュージシャンにはまっている。ぼくのはまった順は

ヨルシカ⇒YOASOBI⇒ずとまよ(←いまここ)

である。ヨルシカについては、

ネコの物語が、こよなく好きだ - hiroyukikojima’s blog

で熱烈に語っている。

夜好性はどのバンドも、斬新な歌詞と楽曲と、女性ボーカルの声質に特徴がある。今、集中的に聴いているユニット「ずっと真夜中でいいのに。」は、歌詞も楽曲も斬新で、直後の展開が予想できないような進行をする。楽器の演奏もバカテクだ(King Gnuに負けず劣らず)。また、独特な声質の女性ボーカルの、高音部と低音部の使い分けが絶品で、癖になって何度でもリピートしてしまう。いやあ、こういう斬新な音楽に出会えるのは、長生きしているご褒美だと思う。

 さて、今回は、「ヤコビのテータ関数」について語ろうと思う。

「ヤコビのテータ関数」は、ネピア定数eのべき乗を無限個足してつくられる関数。これを勉強したのは、二つのきっかけからだ。

第一は、今、素数についての啓蒙書を書いているから。ぼくは以前に、『世界は素数でできている』角川新書を上梓しているが、今書いている素数本は、横組みでもっと詳しい内容のものだ。

その本には、素数と言えばお決まりの「リーマン・ゼータ関数」が登場するが、テータ関数とリーマン・ゼータ関数には深い関係があるから、勉強をしたのだ。リーマン・ゼータ関数には「関数等式」という美しい等式があるのだが(あとで解説する)、その証明にテータ関数が利用されるからである。

一方、関数等式の勉強をしながら、「そういえば、テータ関数は、4平方定理の証明に使われたよな」と思い出したのが第二のきっかけである。「4平方定理」とは、「すべての自然数は、高々4個の平方数の和で表わされる」というフェルマーの発見した定理だ。0も平方数に含めれば、「すべての自然数は4個の平方数の和である」と言い換えてもいい。

 ぼくは、だいぶ前に出版した『世界は2乗でできている』講談社ブルーバックスの中で、「4平方定理」の証明方針を3通り紹介した。第一はラグランジュの証明で、「無限降下法」を使う初等的なものだ(初等的ではあるが、めっちゃアクロバットではある)。第二は、「p進数に関するハッセ原理」を使うもの。そして第三が、この「ヤコビのテータ関数」を使うものである。以下を参照のこと。

ステキな4平方数定理 - hiroyukikojima’s blog

しかし、この本を書いたときは、テータ関数を使う証明だけは、あまり深堀せずに、表面的になぞっただけだった。今回は、もうちょっと詳しくその証明を理解しようと思い立って、次の数論の本で勉強した次第である(とは言ってもまるまる厳密に理解したわけではない)。

数論II 岩澤理論と保型形式 (岩波オンデマンドブックス)

数論II 岩澤理論と保型形式 (岩波オンデマンドブックス)

 

 ぼくは、このように、一つの数学ツール(関数や公式)が、全く別分野に見える複数の分野に応用できるとき、とてもほれぼれしてしまう。例えば、メビウス変換は数論にもゲーム理論にも応用される。あるいは、母関数は数論にも統計学にも登場する。同じように、テータ関数も「関数等式」と「4平方定理」とに登場するから、感動してしまう。

 ヤコビのテータ関数とは、zを変数とする関数で、eの指数を、(整数の平方)×\pi iとして、それを全整数について足し合わせたものだ(\pi は円周率、i虚数単位)。すなわち、

\vartheta(z)=\cdots+e^{(-2)^2\pi i z}++e^{ (-1)^2\pi iz}+1+e^{1^2\pi i z}+e^{2^2\pi i z}+\cdots(=\Sigma_{n=-\infty}^{\infty}e^{n^2\pi i z})

 この関数は、q=e^{2\pi i z}と置いて、qの無限次の多項式として書くことが多い。それは、

\vartheta(z)=\cdots+q^{(-2)^2/2}+q^{(-1)^2/2}+1+q^{1^2/2}+q^{2^2/2}+\cdots(=\Sigma_{n=-\infty}^{\infty}q^{n^2/2})

 という形式だ。ヤコビはこの関数を使って、母関数の手法で「4平方定理」を証明したのである。やり方はこうだ。

 テータ関数の4乗、つまり、\vartheta(z)^4を考えよう。これは多項式としては、\vartheta(z)を4個掛け算し、それを展開したものだから、

q^{n_1^2/2}q^{n_2^2/2}q^{n_3^2/2}q^{n_4^2/2}=q^{(n_1^2+n_2^2+n_3^2+n_4^2)/2}

という項たちの和となっている。したがって、\vartheta(z)^4多項式表現に、q^{m/2}の項が現れるならば(係数が0でないならば)、mn_1^2+n_2^2+n_3^2+n_4^2というふうに、4個の平方数の和で表わされることがわかる。しかも、q^{m/2}の項の係数は、「4個の平方数の和として何通りに現されるか(ただし、n_jが負の場合もカウントする)」までわかることになる。

ヤコビが証明したのは、次のことだそうだ。

q^{m/2}の項の係数=8×(mの約数で4で割り切れないものの総和)」

mの約数で4で割り切れないものとして、少なくとも1が存在することから、

q^{m/2}の項の係数≧8

が得られ、4平方定理が証明される次第だ。

例えば、m=2については、(\pm1,\pm1,0, 0)で4通り、これの\pm1の位置を変えたものを考えれば、4×6=24通りの表現がある。一方、8×(2の約数で4で割り切れないものの総和)=8×(1+2)=24だから、確かに一致している。

このヤコビの公式を証明するために、上記の本では、(ヤコビの方法ではなく)、デデキントゼータ関数(有理数虚数単位iを付加した2次体のゼータ関数)とラマヌジャンが1916年に編み出した計算法を用いている。簡潔に書いているが、相当に複雑な計算となっている。さすがラマヌジャン

 もう一つの応用である「リーマン・ゼータ関数の関数等式」のほうに話を移そう。

リーマン・ゼータ関数とは、ご存知のように、自然数s乗の逆数を総和したものである。

\zeta(s)=\dfrac{1}{1^s}+\dfrac{1}{2^s}+\dfrac{1}{3^s}+\dots

 この関数は、オイラーが研究して、リーマンが複素数全体に拡張したものだ。この関数は、負の偶数全部を零点として持っているので、邪魔なそれらを消すために、\pi^{-s/2}\Gamma(s/2)を掛ける。すると、「完備ゼータ関数\hat{\zeta}(s)になる。これを使って、関数等式を表現すると、

\hat{\zeta}(s)=\hat{\zeta}(1-s)

となる。これは、完備ゼータ関数の値が、s1-sで一致することを述べている。例えば、\hat{\zeta}(2)=\hat{\zeta}(-1)のようになる。s1-sとは、1/2から反対側で等距離にあるから、「s=1/2に関する対称性」を表していると言える。未解決の難問「リーマン予想」は、\hat{\zeta}(s)=0となる零点sがすべて実部が1/2となる(\frac{1}{2}+b iという複素数)、という予想だ。もしも、実部が1/2でない零点があると、1/2に関する対称点も零点だから、2個ずつ零点が増える。関数等式は、「リーマン予想」の秘密の一端を担っている予感がある。

さて、関数等式の証明を次の2冊から要約しよう。

リーマンと数論 (リーマンの生きる数学)

リーマンと数論 (リーマンの生きる数学)

 
素数とゼータ関数 (共立講座 数学の輝き)

素数とゼータ関数 (共立講座 数学の輝き)

  • 作者:小山 信也
  • 発売日: 2015/10/24
  • メディア: 単行本
 

 ガンマ関数\Gamma(s)は、e^{-x}x^{s-1}を変数xについて0から∞まで積分して得られる変数sの関数である。

\Gamma(s)=\int_{0}^{\infty}e^{-x}x^{s-1}dx

これは、確率論や統計学など多くの分野で頻出する関数で、そういう意味で、ほれぼれするパワフルツールの仲間だ。

 この関数は、複素数全体に拡張する(解析接続する)ことができ、sが負の自然数のとき、値が∞になる。つまり、負の自然数がぜんぶ極となる。したがって、\Gamma(s/2)は負の偶数を極とするから、\zeta(s)の零点と打ち消し合いが起きて、完備ゼータ関数\hat{\zeta}(s)では負の偶数が零点ではなくなるのだ。

この\Gamma(s/2)\pi^{-s/2}自然数s乗の逆数n^{-s}を掛け算した積分は、

\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(s/2)n^{-s}=\int_{0}^{\infty}\pi^{-\frac{s}{2}}e^{-x}x^{\frac{s}{2}-1}n^{-s}dx

 この式で、y=\pi^{-1}n^{-2}xと変数変換して、置換積分をすれば、

\int_{0}^{\infty}e^{-\pi n^2y}y^{\frac{s}{2}-1}dy

となる。ここで、e^{-\pi n^2y}e^{n^2\pi i z}z=i yを代入したもの。したがって、テータ関数の1つの値だと見なせる。そこで、全自然数n=1,2,3,\dotsについて足し上げれば、次の式が得られる。

\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(\frac{s}{2})(\dfrac{1}{1^s}+\dfrac{1}{2^s}+\dfrac{1}{3^s}+\dots)=\int_{0}^{\infty}(e^{-\pi 1^2y}+e^{-\pi 2^2y}+\dots)y^{\frac{s}{2}-1}dy

テータ関数を改めて、\vartheta(x)=e^{-\pi 1^2y}+e^{-\pi 2^2y}+\dotsと(面倒だから同じ記号で)定義し直せば(つまり対称な和の片方を同じ記号で書いている)、

\hat{\zeta}(s)=\pi^{-\frac{s}{2}}\Gamma(\frac{s}{2})\zeta(s)=\int_{0}^{\infty}\vartheta(x)x^{\frac{s}{2}-1}dx

という公式が得られる。これはリーマンの第二積分表示と呼ばれるものだ。この公式を使うと、ゼータ関数の関数等式が証明できる。上記の小山先生の本から引用しよう。

 この積分を0から1までの部分と1から∞の部分に分け、前者のx\frac{1}{x}に変数変換すれば、1から∞までの\vartheta(\frac{1}{x})に関する積分に変わり、それを、「テータ変換公式

1+2\vartheta(\frac{1}{x})=\sqrt{x}(1+2\vartheta(x))

を使って書き換えると、

\hat{\zeta}(s)=\int_{1}^{\infty}\vartheta(x)(x^{\frac{s}{2}}+x^{\frac{1-s}{2}})\frac{dx}{x}-\frac{1}{s(1-s)}

 が得られる。複雑で頭がくらくらするかもしれないが、欲しいのはs1-sとに関する対称性だから、ちょっと観察すれば、簡単にそれがわかる。s1-sに置き換えると、x^{\frac{s}{2}}x^{\frac{1-s}{2}}が入れ替わるが、x^{\frac{s}{2}}+x^{\frac{1-s}{2}}は不変。s1-sが入れ替わるが、\frac{1}{s(1-s)}は不変だ。したがって、

\hat{\zeta}(s)=\hat{\zeta}(1-s)

が示されることになる。詳細は小山先生の本で勉強してほしいが、テータ関数の不思議なパワーがここにも炸裂しているのだけは伝わるだろう。

いやあ、数学って、ほんとに奥が深く、不思議・深遠な森である。最後に最初のほうで登場したぼくの本を宣伝しておく。

世界は素数でできている (角川新書)

世界は素数でできている (角川新書)

 

 この二冊である。どちらも読者を数論にいざなう内容だ。黒川先生の本や小山先生の本にアタックする前に、この二冊でウォーミングアップしておくと良いと思う。